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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

「こうしなければならない」という思い込みからの解放

2021.08.19

 

◎「こうしなければならない」という思い込みからの解放
わからないと丸投げしてくる子
出鱈目な式を書いて答えを書いてくる子
説明が頭を素通りする子

 馬の耳に念仏というのがピッタリです。説明してて。そのことを悟るとかなりの絶望感に沈みます。これはもう指導することが不可能でお断りしなければならないと思うのだが、親御さんは、懇願するから断れないままになっている。
 馬耳東風
 一を聞いて十を知るならいい。十を聞いて一を知るのもまだ「知る」だけいい。問題は、やはり馬耳東風だろうか。

 
 さて、合格ということを戦略的にとらえてみよう。これまでわたしは合格するためには、私の用意したレジュメ体系を順番にすべてこなさなければならない、と頑なに考えていた。だから早くに指導を始めなければ、「もう間に合わない」という考えにつながっていく。しかし、去年から始まった新型コロナが、わたしの考えを大きく転換した。私の入院、緊急事態、学校休校、夏休みは10日、何もかも、どうにもならない中で、時間がないということがまず前提にあった。背に腹は代えられぬ。わたしは、使えるレジュメを絞った。もうかつてのように、体系的な指導などできない。本当に必要なものは何か。わたしは、必要最低限のレジュメで戦うしかなかった。あの葛藤の中から、「合否判定レジュメ」は生まれた。わたしの思いをすべて注ぎ込んだ渾身の作品だった。全21問しかない。わたしはこのレジュメに全てかけた。何もかもという発想はもはやない。わたしには無心の合格への思いがあるだけであった。
 新型コロナが私の心の箍(たが)を外した。これまでこうしなければならない、こういう思いがわたしの自由な思考を縛りつけていた、そう思う。
 昨年は、新型コロナ、緊急事態、学校休業、私の入院など、子どもたちの指導をこれまでのように、時間を使ってやることができなかった。それでわたしはこれまで必須とされてきたレジュメをかなり集約し、断舎離し、本当に必須なもののみ絞ったのだ。これまでの「これだけはやらなければならない」という呪縛から解き放たれて、わたしは、合格するためには、何が必要か、とばかり考えていた。だから箍を外して、考えた。
※たが【箍】
桶や樽などの周囲にはめ、その胴が分解しないように押さえつけてある、金属や竹で作った輪。「風呂桶の━」

 中学で伸びるか?
 伸びる子は数学ができる。これは紛れもない成功の徴憑(ちょうひょう)である。数学ができるということは、知能の高さを保証するものだからである。
 生まれついて知能が高い。
 しかし、仮に知能はあっても、失敗する子も多い。
 原因は、ズバリ大手塾に行ったからである。
 これを言いかえれば、早くから思考開発訓練を受けて来なかったからである。
 これは、竹の会で、早くから思考訓練を受けて来た子は、たとえ受検には、届かない能力であったとしても、早くから施した思考訓練による思考力が、中学になって開花する例が多いからである。たとえ受検に失敗しても、高校受験では、七都立に合格できる、ということである。
 それなりに頭のいい子でも、思考訓練をしなければ開花することなく終わる。ましてや大手塾などに行っても、思考の成長は保証されない。知識ばかりを受け身の姿勢で、つまり授業を「受ける」、出来合いのテキストを「読まされる」、「受け身」の姿勢で、予習、復習する、では、思考は育たない。こういうことを二年も三年もやってきたなら、中学では、落ちていくしかない。それは自ら選んだ道である。なにしろ東京の親たちは、大手志向で迷いがないですからね。
 あなたたちは、竹の会という塾を知らない。知ろうとも思わないのでしょう。あなたたちが、塾に何を期待しているのか知りませんが、私は大手にいた子たちでまともな思考力を形成して来たという子を見たことがありません。また塾に行かないという子たちも同じで、何の訓練もないために、それなりの知能のある子が、中学で潰れるのを何度となく見て来ました。
 考えるべき問題を考えることによって解決できない子たちです。いつも教えてもらって来た子たちです。ある時期が来たら、もう8割の問題は自分で解けるようになっていなければ、ダメです。それが自立の意味です。何年経っても5割超の問題ができない、その時点で合格はないと考えてよいと思います。
 だから中3になって仕上がった子たちは、微調整しながら、合格ロードを私は道案内するだけです。検査をしながら、弱点の炙り出しをする。何が足りないか、検査して、補強する。例えば、英語の補強なら、高校用英語副読本で、文の構造を踏まえた訳ができているか、調べます。難関校タイプの模試で何ができないか、調べます。例えば、英作文が苦手としたら、わたしは、大学入試用の教材を使いますね。英文読解のためには、ここでも大学入試用から選びます。今は大学入試のための参考書や問題集がそれこそ洪水のように溢れている時代です。昔のように予備校が鎖国していた時代は終わって何でも公開されている。それからまた模試で調べる。社会が取れないなら、例えば難関模試で50%しか取れないというとき、これには、市販の問題集もいい。また模試で調べます。私のやり方は「調べる」と「手当て」です。「調べる」ために、今では、駿台模試やサピックス模試などなんでも手に入りますから、何も困りません。私は、何が、できないか、見抜き、そのための適切な手を打つ、だけです。
 そういう指導ができるのは、中1までに、中3履修事項を終わらせることができたからです。いいですか、高校受験は、前倒しに早く仕上げた者が勝ちなのです。
 昔、よく問い合わせの電話に、「学校の進度に合わせてやってもらえらのか」という母親がいましたが、無知も甚だしい。こういう母親を相手にする気にはなれない。竹の会にいてで、学校の授業に遅れているのなら、もう退塾するしかない。学校のやってるところを塾でやっているというのも「ない」。
 勉強量さえ確保できれば、竹の会のレジュメ体系なら、中3までの履修事項はあっと言う間に終わる。それを長々とやる理由がわからない。部活なんかやってるから、ちまちまやることになるのだ。

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