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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

中学は勉強した者が勝ち残る仕組み

2021.05.03

中学は勉強した者が勝ち残る仕組み

 公立中学というのは、勉強しない生徒が、8割と見ておけばちょうどいい。勉強するのは2割だけ。だから普通に勉強していれば最低2割の中には入る。しかし、ことはそんなに単純ではない。怠け者でも知能の高い者がいるからである。だから飽くまでも一般論としての話しである。
 本当にできる奴は1割しかいない。知能が高くてかつ努力を惜しまない者がこれに当たる。
 周りを見て見ればいい。勉強しない奴はどんどん落ちていく。英語とか、理科とか社会は、知能が高くてもリカバリーは効かないから、怠けていたら挽回はない。特に、都立は内申が合否を左右するから、怠け者にはトップ都立の道はない。
 部活やってたら、特に、のめり込んで勉強しなければ落ちるところまで落ちる。

 中学の3年間を制する‼️
 高校入試に成功するには‼️
 前提条件
 小学の間に、計算力、算数力、したがって思考力を完成しておく。
 ※
 勉強と向き合うスタンスの形成
 小学6年の終わる2月から中学履修事項の訓練開始をする。
 中学入学までに最低でも一次方程式、できれば比例と関数まで終わらせておく。
 英語は、基本500語を書けるようにする。
 できれば単語を終えて、文法訓練を開始するのが望ましい。
 悪い例
 中途半端な勉強、やったりやらなかったり、斑がある勉強は愚者の常である。
 学校の進度より遅れたら、それで一巻の終わりと思ってよい。
 部活で全く勉強しない日がある、その日が次第に増えていく、いつしか勉強と言えば定期試験直前だけになる、これで終わっている。
 そもそも中1になって学校の授業に従いながら勉強するなどということをやっていたら終わっている。例えば、6月になっても「正負の数」の計算が不完全なままというのではもうお話しにならない。
 中学というのは、学校の遥か前を進むのは当然で、中1が終わる頃には、中2の数学、英語が終わっているのが普通でなければならない。最低でもである。竹の会の実際では、最速の生徒で、中3の英語と数学を終えている。これが、理想である。
 中学というのは、もう走り出したら止まらないで走り続ける。とにかく全力で走り抜けることである。休んではならない。もっと言えば、高校になっても、ずっと走り続ける。もう365日勉強である。実は、これは大学に入っても変わらない。最後まで勉強した人間が最後に勝ち残るレースなのだ。生存競争に終わりはない。人生は常に走り続けなければならない、死ぬまで。

 誤解する親、勘違いした親
 できないのは、自分の子どもが、勉強していないからだ。
 もっと言えば、勉強するタイミングを外したからとも言える。もっともやるべきときに、やってない、やってこなかったからだ。
 この勉強のタイミングを外すという意味は深い。要するに、逸することだ。竹の会で言えば、小6の2月、3月に勉強不十分、つまり正負の数も終われないで中学入学とか、初動の躓きは、中学3年間の失敗を意味する。家族との行動が優先とか、部活が優先とか、とにかくなんでもかんでも勉強を犠牲にしていればタイミングは外し続けである。
 運動系の部活やってて、成績が悪いと嘆くな
 吹奏楽部のような全時間搾取の部活に入って、できないと言うな
 小学で全く勉強しないで、中学で勉強するようになるなんて思うな
 中学の授業についていけないなら、何をやってもだめだ
 中学は、一日5時間勉強して、初めてまともに成績が取れる。3時間なら現状維持か、微妙に下がる。勉強しない日も多々あるのに、できないと悩むのは何か勘違いしているのではないか。
 中学というのは、もう暇さえあれは勉強する、そういうところである。
 私の経験では、毎日7時間やるのが、限界であったように思う。中3の時は、1日7時間やった。
 夜8時頃から始めて午前3時過ぎまで。学校から帰るとすぐ寝た。当時2学期には補習が2コマ(1コマ50分)ほどあったと思う。通常の授業のあと、若干の費用を払って高校受験のための補習があった。だから家に帰り着くのはたいてい夕方の6時前、冬なのでもう真っ暗になっていた。近くの温泉に行ってから飯食って寝たのかな。朝の3時は眠い。いつも睡魔と戦った。3時を過ぎると不思議と目が冴えた。調子のいいときは、4時過ぎまで頑張って寝た。朝6時にはもう台所の方で母がまな板をトントンする音が聞こえた。味噌汁の匂いがぷーんとしてきてお腹がグーっとなった。朝は、納豆と味噌汁が基本だった。学校は家から徒歩で10分かな。学校ではよく居眠りをした。先生はあまり叱らなかった。多分勉強してて眠いのを知っていたのだと思う。学校休むと必ず「阿部、勉強してたのか」と翌日担任が皆んなの前で聞いてきた。返事に困った。本当のことだから。
 いつも眠かった。夢をよく見た。いつも誰かに追いかけられていた。鬼なのか、鬼婆なのか、必死で逃げた。あの頃、ライバルに追い越されるのが怖かったせいなのだろう、と後で分析した。
 中学とは、勉強するところのことだ。親も子もわかっていない。新型コロナウィルスを舐めている政府と同じくらい、親たちも中学を舐めている。親の中には、勉強だけが人生ではない、自分の経験を振り返っても中学時代スポーツをやっていたことの意義は大きい、子どもにもそういう中身のある人生を送ってほしい、ということを言う人もいた。なるほど、主張はいろいろあっていい。人がどういう生き方をするかは自由だ。
 わたしは、勉強で身を立てるという人たちの話しをしている。その上で、中学というものを規定するなら、それは勉強だ、と言っているだけだ。そして、勉強するというのは、あなたたちが考えているような、甘い認識のものではない、と言っているのだ。
 毎日部活をやって遅くなり、体育会系の部活だとそれこそヘトヘトになり、帰ると飯食って寝るだけ、それで定期試験の前だけ、勉強する、そんなんで成績なんかよくなるわけもない。よく試験前に塾を休んで試験勉強というのがいましたが、これやる生徒で成績の良かった試しがない。そして入試で成功した例は皆無である。これやるようになったらもう終わりだ。親もそれを認める、が問題の本質がわかってない。
 試験勉強するために休む? バカ言っちゃーいけない。中学は勉強だと知っている、つまり勉強を実行してきた人間は、そんな生温いところにはいない。
 部活で勉強怠けている間に、勉強道を突き進み、中1で英語も数学も3年間分を終わらせて、ずっと先を歩んでいる、そういう人間がいるのだ。定期テストの勉強は当然試験一か月前から各科目7回回しを目標に黙々と進める。部活が休みに入る試験一週間前から勉強始めるなんて、何を言っているのやら。それで試験勉強のため塾休みますなんて、どこまでお花畑なんだ。
 いいですか。中学でこれですよ。高校だって変わらない。勉強です。高校とは、勉強道です。高校は、勉強の道です。そうです。道に過ぎない。この道を外したらもうなかなか元には戻れない。だからもう夢中で勉強するしかない。高校の勉強は、中学より数段難しい。それは細分化されて専門化されているからだ。理科だって、物理、化学、生物、地学に別れて、それぞれの専門度は高い。かつて大分の国立病院を受診したとき、医師の机に、私が高校で使っていた化学の教科書が置かれていたのには驚いた。そうなのだ。それほどまで専門性が高いのだ。医師の国家試験の問題を見たらわかる。問題はほとんど客観テスト、つまり知識テストで、内容は高校生物の教科書程度だ。かつて大学時代に、同じ寮にいた医学部生に問題を見せてもらって、えっ、こんなに易しいの、と驚いたことがある。私は九大の仏教青年会の教理部長をしていた。この団体は、九大が実質オーナーの財団法人だ。ちなみに仏教青年会があるのは、九大のほかにあと東大だけだ。
 話しは逸れたが、つまり、高校の教科書こそ最高峰なのだ。だったらそのつもりでやらなければとても太刀打ちできない。高校の勉強には、中学を遥かに超えた覚悟が必要だ。
 過酷ですか? 辛いですか? 自分にはとてもできないことですか? もっと気楽に人生を楽しみながら、つまりは楽をしながら生きたいですか?
 いいですか。それが「生きる」ということなのです。私たちは好むと好まざるとこの過酷な生存競争の真っ只中にいるのです。よく他人のために尽くすとか、ボランティア精神だとか、救貧思想だとか、宗教の心だとか、理想、博愛、平等などと説かれますが、すべての人間が全く平等に満たされるなどという現実はないのです。世界の食糧がすべての人間を潤すだけの量はない。富の偏在は決してこの世からなくならない。そして私たちは、偏在する富の世界での生存競争の中にいる。私たちにできるのは、勉強することしか見当たらないのです。私たちは生きるために必死に勉強するしかないのです。
 誤解と勘違いした親たちに、竹の会が、交差することはない。 
 要は、中学を誤解している、勉強というものがわかっていない。誰かに教わるものと思って疑わない。勉強とは、実行だということ、万難を排した実行だということがわかっていない。
 目的に対する勉強の量が過小評価なのが、勘違い親の特徴である。家族で旅行しても、目的は達成できると軽いものである。部活やってもそれなりの都立には入れるとなんとも軽い。その根拠なんかない。ただ思っているだけである。だから舐めていると言っているのだ。竹の会で戸山に入った子たちが、部活もやらないで、3年間どれだけ勉強してきたと思っているのだ。毎日部活で塾にくるのが遅くて、指示消化率10%以下、そんなんで受かるわけがない。塾を舐めている。塾は、勉強をまともにしない人間を相手にやることはない。前回の指導日にやり途中のレジュメの続きからとか、中学生ではありえない。レジュメを失くしたということを言うようになったらもはや末期です。もらったレジュメもいつまでもやらないで放っておくから、もらってません、などと言う。指導が成り立たないわけだ。かつてはそういう中学生がいた。しかし、長くはいない、持たない。そんなことやってたらテストでまともな点なんか取るはずがないからだ。一過性の風邪みたいなものだ。竹の会に一回クシャミさせて消えていった。
 まともな点数とは何か。
 80点以上。トップ都立なら90点以上。
 トップ都立なら、不得意科目なんて言ってたら無理。
 たかが中学の科目で不得意とかない。
 学校から配られたワーク類は完全にしておく。教科書は最低3回は読む。場合により、整理する、まとめる。このまとめたノートのことをサブノートと呼びます。サブノート勉強法は、有効ですが、定期テスト対策に限ります。高校入試は範囲が広いからサブノートは無理です。7回読み法が有効です。色鉛筆は赤はだめ。色は橙色(柿色)がベストです。最初は黄色がいい、覚えていないところ、理解していないところに黄色の線を引く。5回目あたりから柿色を使う。黄色の、上からなぞる。私は17回読んだ、回した。定期試験の場合、板書は大切です。何が出るかを教えてくれているからです。先生の言っていることを聞き逃すな!ということです。
 

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