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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

夏期指導終わり間近/都立日比谷、小石川、桜修館、九段、富士合格に全力を尽くす/雑感その他

2018.08.23

 おはようございます。8月23日、台風多発時期に突入して、思いもかけぬ涼しげな天気の後は、残暑がまた戻って参りました。夏期日程ももうすぐ終わり、いよいよ小6、中3は、受検・受験直前5か月に突入します。受検の場合、1月は勘定にいれませんので、勉強できる期間は後4か月と少しということになりましょうか。中3の場合、都立受験を念頭に置けば、1月はまだ勉強できる、重要な時期ですから、受験まで5か月と考えていいでしょう。

 9月からの勉強は、これまでとガラリと様相を転じます。これまでの勉強不足、要は、積み残しをしてきた者には、いくらがんばっても失速の宿命しかない、受検というのは、あなたたちの家庭の、個人の事情など関係ない、怜悧に勉強量を測るだけ、それで運命が決まるということです。習い事、稽古事などに割いてきた時間は、そのまま勉強-時間貸借対照表に計上される、それだけのことです。

 

◎渋谷B 小3受け入れ開始 小4以上の募集は中止しました。

 竹の会では、現小3の受け入れを開始します。渋谷Bでの受け入れです。ただし、来年2月に「渋谷A」へコース移動することはできます。

 入会希望の方は、HPの申込フォームからお申込ください。

 小3については、緩やかな入会基準を適用しています。

🔵竹の会のポリシー

 頭の悪い子は、視野が狭い。視界が狭い。だから全体が見えない。こういう時に先人の教えにしたがうのがいいのです。素直に先人の言にしたがうことが、視界の見えないときのもっとも賢い処し方なのです。 だがしかし、バカはバカです。狭い世界の中で、愚かな、自分の考えが、正しいと信じて、周りの言葉にら耳を貸さない、ほんとうに愚かな人間たちがいるのです。 わたしが、賢い、賢くなれ、と言うのは、先人の教えに素直に従え、ということなのです。 バカは決して先人の忠告には従わない。不快な顔を隠さず、反抗心が、行動のエネルギーなのだろう。人を信じない。それは臆病なのだろうか。それとも人見知りなのか。理由もなく怖がる、恐れる、疑う。幼いということなのだろう。知らないもの、見たこともない者を怖がる。だから自分の殻に閉じこもる。心が内に向いている。 だとしたら、賢くないとは、未熟、幼稚の言い換え、別表現ということになる。 ところが、世の中には、核に自分を置いて、絶対に他人には従わない、ただ他人が言っている、それだけで従わない、そういう人間がいる。人は、これを、野心家とか、進取の気性とか、ロマンチストとか、冒険家とか、自分のある人だとか、賞賛は後を絶たない。アイデンティティとか、自分探しとか、要は、先人の知見に学ばないということであり、自分らしさを演出するという演技にばかり心を奪われた人たちである。世間、特に、マスコミがこういった人間をまたもてはやす。政治家なる人種は、ほぼこの類であろう。

 人間が、有史以来繰り返してきた思考回路なんて遠の昔に、出尽くしており、今更何が付け加えられるというのか。誰かが言っている誰かの意見は、別の誰かの受け売りであり、その別の誰かの意見もさらに別の誰かの受け売りであるのが、当たり前、だから世の中の多数は誰かが言っている、多数が言っているということに敏感に反応し体制翼賛なる行動をとる。 わたしたちが、学ぶということの、性質を悟っていれば、素直に先人の教えに従うことが、ベストなのだということを本能的に、いやもう直感的に悟る。 昨今、司法試験でも公認会計士試験でも、予備校の言うことを素直に勉強した者がすんなり受かっていく。大学の講義を素直に受けて受かるか。これはない。大学は教授の研究が、重点であり、学生を指導してはいないからである。だからそもそも素直に従う前提がない 。先人の教えは、古典にある。 が、そういう話ではなくて、例えば、職人が、親方に習う、そういう場面をイメージして、親方の言うことに素直に従えるか、という話しである。 弟子が専門の本を買ってきて研究する。具体的な指導をしない昔気質の親方よりもそういう本、あるいはインターネットを重視する、そういうことが、やり方としては、結局回り道をすることになる、という話しである。 竹の会でも、結局失敗するのは、勝手な、勉強する生徒です。レジュメをやらないで市販の参考書やってる、そういう子がかつていたりしましたが、ろくなことにはなっていない。レジュメをやらないでこっそりz会の通信の教材を塾で、やってた中学生が、中3になって模試でどうにもならない点を取り、逃げるように竹の会を去ったという事件もありました。 勉強というのは、独学よりも、習う、指導者につく方が絶対に速い。自分の無知、無能を虚心坦懐に認めて、素直に指導者に従う、これが結局は一番いい選択となる。 親が、いろいろ情報を漁り、ママ友連絡網かなんか知らないけど、眉唾の情報をわんさか仕入れて、何かとわたしなどに一家言申す母親、父親というのが、いましたが、たいていろくな結果にはなっていない。母親の判断、父親の判断は、わたしには、わたしの指導の妨害でしかなかった。母親が模試を受けさせて、わたしには、結果がいい時しか知らせてこない。悪ければこれはこの子の本当の実力じゃーない、といろいろ言い訳する。あの日は朝から体調が悪かったなどというわけである。わたしがこの模試を受けてほしいと思う、竹の会を通して受ければ、わたしが結果を確認できる、だからそう指示している、なのに母親が自分の裁量で受けさせて、何も知らせてこない。だいたい傾向がどうだとか、学校説明会で言われたことをなにか大切な情報のように言うが、傾向なんか、過去問解けばすぐわかることである。わたしが模試で知りたいのは、学力の高い子たちの中での位置である。模試が悪ければ受かる蓋然性は低いけど、高いから受かるということもない。真の力は、過去問とか、レジュメとか解かせて、判断するのが、一番確実である。傾向がわかったとして、類似問題で対策とったとして、本番で出た未知の問題が解けた試しはない。傾向を言う者は、新傾向だからできなかったと言う。バカか、新傾向もクソもない。実力がなかったからでしょ。試験というのは、未知、つまり傾向大好き母さんの言うところの新傾向が、出るのが当たり前なのである。知らない問題が、出た時に、その場で、なんとか糸口を探して正解に迫る、そういう勉強をするのが、受験対策なのではないか。傾向を言う母親は、過去問と同じ問題が出ると勘違いしている節がある。受験勉強というのは、知らない問題にどう対処するかを普段から訓練する、そういうものでなければならない。

 竹の会は、指導のプロフェッショナルと自負している。一度わたしの指導を受ければ、へっぽこ塾ばかりの東京の塾など、比較にならない、違い、を知ることになる。竹の会は、入会試験で、選別するけれど、正規の合格をしないで、入会を認める仮合格とか、小3に課す緩やかな入会認定基準とか、特に、小3では、入会試験が早すぎるという思いもあり、事実上入会試験を経ない入会とか、あって、そういう子たちの指導も別に手を抜くことはないから、それなりに成果が出てくる。ただこういう子らが、受検可能なまでに伸びるかは、かなり消極であり、そこまではいかなという子も当然出てくる。こういう子については、小5までの入会なら小5の1月を、小6高校入試入会なら、小6の1月を一つの区切りとしたいと考えたい。 受検ないし受験は無理との判断です。

 竹の会に入会するとして、最適の時期について 少なくとも 小4の4月から指導開始するのが、望ましいと思います。 それより遅ければ遅いほど、指導が円滑に進まない。ただこれは一般的な話しで、知能が高ければ、入会時期の遅れを補填できる場合もある。 竹の会に来て初めてわかる。これは確信をもって言えることです。だってこれまでに入会した親子が1人の例外もなく、竹の会に驚嘆してきたらです。わたしはそのことを知っている。あなたたちが、考えている、塾というものの見方が、まったく誤解ないし勘違いであるということを。竹の会に来て、本物の塾とはどういうものか、知ることになる。なぜなら竹の会にいろいろと迷いながらも、懐疑心の強い母親も、一度入会してわたしの指導を受けてみて、「わかる」からです。竹の会の指導を実際に受けて、本当の塾というものが、どんなものかを知ることになるのです。わたしはそう思っている。多くの皆さんは、世間に溢れるへっぽこ塾を崇拝しているとしか思えない。大手の、無料体験という餌で釣られてそのまま入塾する愚を相変わらずやるのは、まるで釣り堀の魚です。釣る方の側は、魂胆があるに決まっている、というか、そういうことで、結局自分の未来を棒に振ることになる、だから愚かと言っているのです。無料体験の間、何かを得られるか、ただただ時間を無駄にしただけということが、1年後2年後に「わかる」ということです。いや世間の塾に何を期待しているのか、バカな話しである。まあ、世の中の塾というものの中身を一年かけて知ることになる。

 ふと思う、この何年か、大手に一年ほど通って、竹の会を、知り、疑心暗鬼で、 竹の会に懐疑的なままに、迷う、こうして、やってきて、入会した途端に、竹の会に驚嘆し感動する。 しかし、もういいのではないか、と思う。大手に行った人たちが、竹の会に来ても、なかなかうまくいかない。大手にいた間に身につけた勉強の癖というものが最後まで尾をひく。これまでやってきたことが、ただの時間潰しであったことは置いておいても、大手で身につけた、バイアスに満ちた勉強のスタンスが、竹の会での指導の枷になる。 大手経験者を排除する意味でも、わたしは、小4から来てくれる子のみを取りたいという思いが強い。 大手で過ごした子というのは、指導するには、言葉は悪いが、あまりにも大手の汚染が浸透していて、指導が、空回りするのである。つまり機能しない。 だから竹の会は、大手塾の挫折者には、来て欲しくない。また、他塾の挫折者もお断りである。純粋にまだ汚染されていない子を、育てる、導く、ここに今のわたしは喜びを感じている。大手経験者で、竹の会でうまくいって例は、ほとんどない。 日能研、四谷大塚などの進学塾にいた子というのは、親も含めて、根本の勉強観に、バイアスがかかり過ぎていて、竹の会の指導との間には大きな溝がある。 また公立中高一貫校専門の大手は、子どもたちに真に必要な基本を全くといって教えておらず、こういうところにいた子というのは、まったく使いものにならない。竹の会に来ても、結局、小5小6というのに、基本からやり直すことがほとんどであり、大手に通っていた1年間ないし2年間というものがいったい何であったのか、親はそのことを理解していないのがほとんどである。小5に来ても、小4から来た子と同じ指導をするしかなく、となれば、小4から来た子が、小5の期間をさらなる飛躍の基礎がたためをすることになるが、小5から来た子には、これがない、だから小6になって失速する。 今後、竹の会では、小5は取らない、ということです。また 今後は、大手経験者は取りません❗️ また、小5以降の入会についてもなしとします。 もちろん小6の入会もありません。高校入試も小4からです。

 さて、こうして竹の会では、今後、小3及び小4早期、少なくとも小4の7月までを竹の会入会の必須要件とすることにしました。 小3は、夏から入会の受け入れをします。これは、小3の指導が可能となったからです。これは、レジュメなどの指導体制が整ったという意味もありますが、それよりも、実際に小3を指導してみて、可能と判断したことが大きいと思います。 小5以上は「取らない」という判断は、これまで、小5前後から指導を始めた子の経験から、指導が円滑に進まないという場合が通常であること、さらには、大手から来た子、いや大手に限らず他塾の経験者は、バイアスがかかり過ぎて、指導が不発に終わりがちという経験値が、あるからです。 こういう決断をしたのは、わたしに残された時間が、もうそれほどないのではないか、最近特にその思いが強いこともあります。 高校入試希望の小6については、わたしの想定する水準に達してなければ、つまり、これも小6の1月までに、見通しが立たなければ、打ち切りということにしたい、と考えております。どうかご理解ください。 これは、中途半端な学力のままに、中学での指導を引き受けても、いつものお決まりのパターンになることが、わかっているからです。 つまり、中学に入った途端、部活にまみれ、勉強をおざなりにする中学生が、中学生の平均像だからです。 さらには、今後、中学からの入会募集も打ち切りとします。 一重に、私の体力からくる一身上の理由です。

 わたしの指導とは 子どもになにを理解させるか、そこから構成する。ただ指導とは、生身の子どもの脳が相手である、脳には質のいいものもあれば、悪いものもある。脳段階は、さまざまだ。わたしの指導は、子どもの脳を測って、指導を構築する、レジュメを指導しやすいように作る、子どもたちを見て、何をどう指導するか、決める。さまざまなレジュメを作っている。だから子の脳段階に合わせたレジュメを処方する。帯に短ければ帯の長さにする。タスキに、短ければタスキの長さにする。わたしの指導とは、教えたいテーマを子どもに理解させることをまず想定して、そのための指導の手順を計画し、指導のための道具としてのレジュメを製作し、予めの手順に従い、脳への働きかけをする、ことにほかならない。脳は定型化した反応を示すものだが、想定外の理解困難に遭遇することも多い。だから千変万化の指導が求められる。子どもの感情の変化、気持ちのありよう、そういうことも配慮しながら、経験と勘の指導が求められる。子どもの困難をいかに切り拓くか、そのとめのレジュメを処方することも度々である。 ただしかし、そういう指導はわたしの本意ではない。そういう子の指導は、それこそどこかの塾にお任せしたい、竹の会の仕事とは思っていない。

 

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