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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

夏期申込終了/指導家とは何か

2017.06.29

 おはようございます。本日は曇り空なるも涼風流れて心地よい気候です。6月も残すところ2日、29、30と渋谷Bの指導日が続きます。6月と7月は、規定回数を合算して組んでいますので、必ずしも月と日程が符合しているわけではありません。なお、毎月の月謝につきましては、入会時に前月の末日までにお支払いいただくようにお約束いただいていますが、毎月必ず備忘などのためにお支払いいただけないケースがありまして、竹の会では末日の2日ほど前にスタッフよりメールするようにしております。お支払いがない場合、すぐにご連絡いただければ問題ないのですが、連絡が一切ない場合、退塾として扱う場合がありますので、どうかご注意ください。

◎指導家とは何か

 竹の会では「指導」という言葉に様々な意味と思いがこめられています。世間一般の塾を経験されてきた方には漠然と指導という国語的理解しかないのはしかたありません。唐突に、「授業はないのですか」と問われる方もいますが、「体験希望」などというのも竹の会のシステムを知らないから出てくる発想です。いや大手の授業・テキスト・講師で回る形態を塾のありようと考えて疑わない方には「体験」というのも自然な発想なのかと思います。特に、大手のように「無料体験講座」などというまやかしをやって、なんとか生徒を取り込もうとする魂胆に食いついてくる親には、だったら竹の会もということになるのでしょう。竹の会には振替というものもありません。それは授業を前提にした時間のコマ数を売っている大手とは大いに違うところです。竹の会の「指導」という概念には、ひとりの子どもをある期間を見て仕上げていく、そのための大まかな期間というものが想定されており、指導とはそうした総体の、ある意味請負的な意味あいも込められた、連続性・継続性を当然の前提とした、意味内容が想定されています。機械的に振替るのは意味のないことです。ただ多くの竹の会を経験されたみなさんは竹の会の指導の効果に驚嘆されて、できるだけ指導を受けたほうがいいということを直感的に悟られ、振替というのもその意味では意味のあることと思われているのかと思います。ただ竹の会のシステム上、振替は無理なのですけれど。特に、Aの方が安易にBを利用するというのは、Bに迷惑な話です。竹の会では、AとBは全く独立した、別体系のコースとして、構築されております。これを便宜的に利用するなどということはできないことです。

 それでは、竹の会の指導の実際とはどういうものなのか、です。見学にきたある母親は「生徒はプリントやるだけですか」と言いましたが、そう言ってしまえば身も蓋もないでしょ。頭に塾とは先生がテキスト使って授業する、教えるものという固い先入観を持っての質問です。「授業はないのですか」というのも同じです。まず「教える」というところから疑ってみたほうがいい。そもそも子どもが「読んでわかる」という前提がなければ授業など無意味です。読んで理解できない子たちはそもそも塾など行く意味がないのです。竹の会の入会試験は、この読んでわかるか、を問題にしているだけなのです。読んでもわからない子を入れてみても指導などできないということです。読んでわかる子なら授業というのも意味があるかもしれない。しかし、それでもテキスト中心に講師が授業を進めるという形式は、子どもの思考力を奪うという点において、やはりダメというしかないのです。いやなんでも教えられる必要もない天才なら進学塾が与えてくれるテキストをすいすいとやっていくだろうから問題ないのですが、一般の、普通の子たちにはダメです。わたしはどうしたら「考える」子にできるか、ということを研究してきました。最終的に、今のような「レジュメ指導」という形式に到達したのは、様々な子、生徒を指導してきた体験から来ています。まず読み取りのできない子はダメです。だからレジュメを読んで理解する訓練をしています。その上でまず自分で答案を書くということが大切です。その上でわたしが答案を見てダメ出しする、また考える、またダメ出しする、という過程が大切です。最後の最後に詳細な解説レジュメを読んで「わかった」という域にもっていく、これがミクロの指導の実際の過程です。マクロの指導というのは、指導の目標を具体的に決めて、訓練していく過程です。ひとつの目標を達成すれば次の目標を決めます。手順よく訓練を積み上げていく、ここに指導者の真骨頂があります。さらに指導者はより大まかに目標を設定しています。たとえば、「英文読解」のために具体的にいろいろと手を打っていく、その手順というものも予め想定しているわけで、このとき大まかな高い読解力をつけるという目標の達成に向けてさまざまな手を打っていくわけです。つまり指導家というのは、目標を設定しそのための手順を組んでいく、構築していく、技術者なのです。竹の会のレジュメというのは、そういう目標を効率よく達成していくために組まれた、作られた、最高傑作、芸術品です。解説は簡にして要を得て、かつ、詳細で、かつ色彩的、視覚的です。みなわたしが骨身を削って製作した、執筆してきた、過去30年のさまざまなノウハウを駆使した作品です。

 竹の会に入会したらわかることです。いかに他の塾が無意味だったか、すぐに悟ります。子どもに何がいちばん必要だったのか、大切だったのか、そういうことを悟ることになる。親御さんは竹の会の凄さに沈黙してしまいます。そして感嘆し、驚嘆します。これには嘘はない。

 指導家は指導できない子の指導はしません。指導家はプロの仕事人です。決して人徳溢れた、篤志家などではありません。きちんと報酬をいただいての仕事です。しかし、詐欺はしません。報酬をいただくからには報酬に見合った仕事で対応するだけです。中途半端な仕事しいません。請け負った仕事は生命を賭しても完遂する、これがプロの仕事人と心得ております。

 半信半疑で入会した方もいるでしょう。しかし、それでも竹の会に巡り会い、入会して、指導というものを経験した方は、わたしは幸運であった、と思っています。竹の会のような塾は東京にはまずないでしょう。いつか竹の会を退塾した人だと思いますが、グーグルの検索で「竹の会のような塾」と探した人がいましたが、竹の会のような塾はないでしょ。わたしの竹の会が渋谷の地であと何年続けられるのか、今のわたしには先が読めません。だからこそ、今竹の会に出会えることの幸運をわたしは23区のみなさんに知ってほしいのです。竹の会はいつまでもあるわけではありません。

 

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