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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

子どもを導く技術について

2019.02.15

 この寒さで体調を崩す子たちが出ております。この低温がいつまで続くのか、気象庁は来週あたりから「暖」の予報を出したようですが、この季節は、寒寒寒暖暖暖暖の繰り返し、そしてある日突然春が来て、あっという間に桜の季節。その桜の季節ももうすぐそこです。この3月こそは春を感じたい、いつも指導に明け暮れて、心から春を見たことがない。今年の厳寒も夢中で突き抜けてきた。ほんとうの春はまだわたしの心には来ない。3月になって、わたしの心にほんとうの春が来たときは、心安らかに故郷に帰ろう。

⚫️子どもを導く技術
 「自分の上達が目の前の事実として感じられること」、わたしの指導のセンサーは、常に、子どもの発する信号から、脳の中の回路を心配し、まず一つのことを回路に流すことに注意を集中させる。この時、子どもの表情が、回路の流れの状態を語る。子どもの脳というのは、同時に2つの情報を流すようには、普通は、できていない。つまり、回路は、一つしかないと前提して、かからねばならない。だから、指導するときは、とにかく一つのことをまず訓練する。子どもの場合、理解させるということが、実は、あまり期待できない。回路そのものが、日常に使われるものしかないから。日常、家族や友だちと話す回路で、勉強の知識を取り入れる、これはなかなか通りにくい。言葉が回路を規定するから。小数とか、分数とか、日常用語でない言葉を流す回路を作らねばならないから。回路というのは、例えば、分数の回路を構築するとき、その日常の回路を借りてやりとりする。そこから、子どもの脳に別の回路を作り出す。それは当面は、分数だけを理解する回路であるが、この回路創出には、とにかく訓練する。訓練が新しい回路を作ることになるからである。畢竟子どもを学問の世界へ導くとは、実に、いかにして新しい回路を創出し、使えるようにするか、また複数の回路を開設し、理解を立体的に、構築するか、を常に全体を見ながら腐心することである。小3、小4早期に、かかる指導を施すのが、理想というのは、小4晩期、小5では、この回路の設定が、困難だからである。
 特に、大手で、この幼い時期に、訓練という習得過程なしに、知識を、詰め込まれたら、脳は、むしろ荒廃する。わからないという経験を積み重ねることほど脳を蝕む作用はない。
 「自分の腕や技量が上がっていることを実感できたときほど楽しいものはない」
 脳を働かせるには、常に、このことを考えながら、指導しなければならない。
 だから、呑み込みの悪い子だと、細かく、分けて、訓練していく。その度に、自分の腕や技量が上がっていることを実感できる手立てを考えるのである。わたしは、よくミリ単位の指導という言葉を使うことがあるが、畢竟こういうことを念頭に置いてのことだった。
 分数なんかも、かなり細かく訓練項目を分けて、やる。通分の過程も、最小公倍数、約分だけでは、ダメで、繰り上がり、繰り下がり、小数を分数へ、分数を小数へと、とにかく細分化して訓練するというのは、できない子の脳を想定しての対応なのだ。できない子というのは、理解の回路を持たない。新しい回路を作るしかないが、それはかなり困難な仕事になる。もちろん訓練によってもたらされるが、この訓練にも、限界はある。わたしが、知能の際を越えられない、というのは、このことである。

 具体的に述べてみる。如何にも最小公倍数の定義を回路に流す、そこから、通分の考え方を流すとたいていは回路がショートする。分数というものの性質を慣れさせておかねばならなかったのだ。分子と分母の関係さえ、維持していれば、いくらでも大きくも小さくもできる、そういうものとして、分数を脳にイメージさせておく訓練過程が、先決条件であったのである。わたしは、子どもの脳に、新概念を植え付けるときは、常に、その事前準備のための、環境設定、環境作りから、取り組む。わたしのレジュメは、そういう環境作りを可能にするように工夫されている。訓練が理解の回路を作るという発想である。
 こうして、子どもの脳を開発するというのは、理解の前提となる環境を作り上げる、ということに行き着く。
 子どもを指導するというのは、理解のステージをつくる、それが環境設定である。
 例えば、分数という理解のステージをつくるには、その前に、小数という理解のステージ、環境設定を終えていなければなるまい。手順的にはそうである。小数というのは、分数と重なる部分がある。そうなのである。子どもというのは、別々の知識として、完結したがる。が、実際の学問というのは、「関係学」である。概念と概念の「関係」を理解するのが学問である。関係というのは、「意味」である。ところが、子どもたちには、この「もの」と「もの」との「意味」、「関係」を理解することが、厄介なのである。わたしは、この関係をなんとか理解させるために、さまざまな関係の理解モデルを開発し、それを訓練によって、頭の中に植えつけるという指導をしてきた。

 子どもたちに、「関係」というもの、すなわち「意味」というものを、理解する能力をなんとか身につけてらいたい。

 これは、実は、具体的なものしか理解できない頭に、「関係」「意味」という抽象概念を脳の中に生成して、枠組みを与えることなのである。

 わたしのレジュメの思想はそういうところにある。

 竹の会が23区のみなさんの目に止まるのもあと何年もない、と思います。ある日突然消えていると思います。わたしはいつも一年勝負で全力を尽くしてきましたから、それで終わる覚悟で臨んできました。だからあと今年一年だけはがんばろう、そうとしか言えないのです。

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