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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

小石川・両国・白鷗/都立戸山・都立青山/高校入試 絶対成功の鉄則

2019.05.10

 

◯高校入試 絶対成功の鉄則
 まず、合格に必要な最低知識量というものを把握していただきたい。例えば、都立戸山に絶対合格したい、と思ったとき、どうか。素内申は、これまでの最低は38でした。都立では、内申がプラスアルファーにならないのは、本番できつい。素内申最低40は欲しいところです。これは9科目中、最低でも4、その中で5が、4科目ある場合の内申である。
 独自問題なので、主要3科で210点、理社で180点を目安に、考えて、どの程度の知識量をどの程度の時間をかけて習得しておかねばならないか、そこから逆算して、1日の勉強量も自ずと決まってきます。中3の夏には、日比谷レベルの英語長文を20分で読み下せる程度の読解力は最低でもつけていなければなるまい。というのは、例えば、慶應レベルの英語だと、日比谷の比ではないから、慶應を受ける人たちが、集まるトップ都立では、実は、さらに上の英語水準で、戦われることになるからである。
 数学にしても事情は同じで、中3の夏には、少なくとも日比谷レベルの数学なら、7割は解ける、状態にある、ことが、理想である。
 理科、社会にしても、8月のV模擬、W合格模擬で、90点を取れる、のが理想である。国語については、中1のときから、過去問を使った読解の訓練を始めて、中3の夏には、200字作文の練習とか、それまでににやった古文のまとめとかやることになります。
 そうすると、中2までに終わらせておかねばならない、ことも自ずと決まってくる。
 まず理科、社会は、中3で履修するところも含めて、「全体的に概説」を押さえる、というスタンスで、大まかに全体をとらえる勉強をする。竹の会では、中2の夏に、薄めのまとめ用の問題集を渡して、このテキストを核として、概観と核知識の習得に全力をかけるように指導しています。
 さて、数学と英語については、少しく詳しく言及しておこう。
 まず数学。目標は、中2が終わるまでに、中3までの履修事項を終わらせるだけでなく、受験数学の必須問題を終わらせておくことである。具体的に、まず中3履修事項として、平方根、多項式、因数分解、 2次方程式、2次関数、三平方の定理がある。これらは、今では、早い生徒で、中2の4月には終えている。さらに偏差値60〜65レベルの入試過去問を中3の夏までには、終わらせておきたい。実は、中2の夏までには終えているのが望ましいのだが。
 英語。日比谷の英文を20分で読みこなせることが、目標である。時期は、中2まで。中3 までに学ぶ文法は、できれば中2の夏前までには終わらせたい。中2の夏はもう英文読解に没頭する。1冊でいい。厚からず薄からずの英文書を辞書を片手に訳す。訳したら、声に出して毎日10回読む。これを朝の日課とする。訳した長文を毎日読む。凄いスピードで読む。頭から訳し下げていく。句、フレーズを区切りとして、スラッシュを入れる、つまり、斜めに線を入れる。フレーズで意味をとる。
 必須単語は、せいぜい2000語もあれば足りる。竹の会では、リストを渡している。おすすめは、中学用豆単であるが、何でもいい。大学受験用ではあるが、いいのが何冊かある。一つは私が手元に置いて読んでいる。書名が知りたければ教えます。
 文法は、竹の会なら、「新英語指導案」をやればそれで終わりである。受験に必要な英語の知識はすべて入っている。竹の会では、私が、使える、と判断したテキストを渡しています。「入試英文指導案」は私立英語の「これが出る」のみを整理した、テキストです。國學院久我山に合格した生徒が、「この中からすべて出ました」と言ったものですが、それは当たり前といえば当たり前の話しです。

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大学入試と違って、高校入試では、大学入試で重要とされる、基本の知識のみが、問われるしかないからです。その証拠に、早稲田や開成の英語の問題を過去30年まで遡って、データを取ると、すぐわかることですが、同じ構文とか、文法が、これでもかというくらい何度も出てきます。つまり重要なことは決まっているのです。私が書いた「入試英語指導案」は、実はこういうデータを取っただけのものです。この中から出るのではなく、高校入試の重要範囲から出ているだけなんです。私のテキストは、100ページもありませんよ。中学三年間の文法のエッセンスが詰まった「新英語指導案」だって、90ページほどです。竹の会の子たちは、かなり効率よく受験の英語をマスターしてきたと思いますよ。あと、英文解釈ですよね。竹の会では、昭和60年の指導開始の時から、使ってきた教材があります。日栄社というところが出している、高校用の英文解釈テキストなんですが、昭和62年頃使っていた旧版は、平成9年に「新訂版」として、発行され、手元にある平成28年版はもう45刷です。かなりのロングセラーです。未だ、これに変わるいいのがない、というか見つからない。いろいろ試してみたが、やりきった生徒がいない。平成10年に鈴木君が早稲田に受かったとき、彼はお兄さんが、使っていた英語の教材1冊なんですが、これやったらいいよ、譲られて、やったらしいのですけど、それで英文を訳すこつみたいなものがわかった、と言ってました。彼は慶應の過去問解かせると、いいときは、70%取った。それで、私が「今日は調子いいですね」と声をかけると、笑いながら「今日は、ストーリーがつかめましたので」と言葉少なに答えていました。いつか鈴木君に、どんなテキスト使ってたのか、聞いたことがありましたが、「忘れた」と笑いながら答えてくれました。それから私もいろいろと探してみたのですが、なかなかいいのが見つからない。高校用のものから、見つけるとなると、どうしても大学入試を前提とするので、難しくなる。 実は、何かを真っ白な状態から学ぶとするとき、易しく書かれた本が、絶対にいい。どんなにいい本でも理解できない本は役に立たない。これなんかは、法律学を、初めて学ぶとき、厚手の、網羅性のある体系書を読むか、薄手の概説書や平易な入門書を、読むか、という形で、議論される。概説書というのは、概観を得るのには、適しているが、どうしても大雑把になる。国家試験の場合、どちらでいくか、がよく議論されるし、サブノートを作るかどうか、でまた分かれる。
 これは、英文解釈を学ぶときの方法にもつながるわけである。かなり古いが小野圭一郎のように構文を網羅的に説明するもの、原仙作のように、古典の名作を切り取って説明するもの、いずれも古典的英文の故に現代の入試には合わないという批判があり、現代は、名著と言われる参考書が、そのほとんどは予備校の先生のものであるが、とにかくいいものが多くある。
 私は、塾の先生ですから、やはりどうしても、指導に使えるものを探す。予備校などの講師の書いたものは、自分が読むにはいいが、指導には使えない 。だからかつて慶應大学受験生の英語指導では、訳書のない、東大教養学部の教科書を利用した。数学を自分で解かないと気が済まないのと同じで、英文も自分で訳さないと気がすまないのだ。数学で他人の書いた解説を読むのはかなり面倒くさいものだが、他人の訳した訳は、名訳過ぎて、使えないのです。直訳でないと、生徒には、基準として使えない。構文だと客観的にいつも同じ訳となるので、基準として明確なわけである。教える側としては、文法、特に五文型の基準からは、こう訳さざるを得ない、というもっていきかたが、いいのである。明確な基準、それは論理的に演繹できるという意味でなのだが。
 大学入試の参考書だと、流石に高校入試では、まあ、覚えなくてもいい構文なんかもやたら入ってくる。それで、高校一年生を対象にしたものから、何かないかといろいろ探してきました。こうして結論に達したのは、◯◯(機密です)ということになりました。
 都立の入試では、理科社会は、すべての都立高校で共通なわけです。つまり偏差値が高い高校でも共通問題なわけです。だからどうしても高得点を取って当たり前ということになる。戸山、青山でも、安心できるのは、やはり90点以上取った場合です。今年の青山合格者は理科95点社会社90点を取っています。つまり、塾としては、理社は90点以上を取れるように、早くから準備します。前にも書きましたが、理社というのは、勉強量勝負の科目です。かつ何をどれだけやるかという、選球眼が求められる。私は、これまでに理科や社会の点が取れない、という子たちをギリギリの攻防でなんとか合格ラインに持ち込む、という離れ業を演じてきた。これに関しては、やはりプロの技術としか言いようがないのだが、受験直前のギリギリの鬩ぎ合いが可能なのはやはりそれまでに指導してきたゆえの、その生徒の力を知り尽くした前提があるからである。
 それからよく質問されるのですが、私は理科や社会の教科を教えているわけではありません。もちろん、オームの法則絡みの問題とか、イオンの化学式とか、質問してくれば、説明しますし、レジュメも渡します。ただ私は、理科や社会、それに国語についても、合格に必要なアルゴリズムを提供するのが仕事だと思っています。中2の夏には、これという教材を選んで、いつまでという期限をつけて、終わらせるようにディレクトする。次は、これ、その次は、これ、という、私の中では、予め想定されたプログラムがある。そのプログラムどおりに実行してくれれば、模擬で90は当たり前、100点でも取れる。そういう指導をしています。私はこれを持ってプロの指導、仕事と考えております。
 そもそも都立のトップレベルにある高校を受けようというのなら、実行する生徒でなければダメです。部活やって それをやらなかったことの言い訳にするような生徒は都立など最初から関係ない人たちです。部活を口実にする人間は、今度は何でも言い訳に使います。スマホばかりいじって、勉強はやってないのも、こういう人たちです。とにかく部活を口実にするような人は、勉強なんかしない人で、言い訳として利用しているだけです。
 実行しない人は、言い訳が、その人が決して実行しない人だということの証明をしています。たとえ、なるほどという、論理的な言い訳があったとしても、言い訳をした、そのこと、その一事をもって、その人は、実行しない人だと、いって、間違いない、とわたしは思います。
言い訳は、先送りの正当化ですが、如何なる正当化事由も、勉強していない事実を、打ち消すことはできないのです。言い訳をしてはならない。それは実行の対義語です。

 

 

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