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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

平成26(2014)年竹の会卒業生の訪問

2020.03.12

第67章 平成26(2014)年竹の会卒業生の訪問

 コロナ、コロナと人々が、先の見えない状況にいらいらを募らせている、昨今です。政府、いや安倍総理の危機意識のなさがもたらした結果だとはいえ、私たちが、どういう人を選ぶかは、こういった危機管理能力までも考えて判断しなければならなかったということです。今の政治状況が孔子の教科書とは全く反するものとはいえわたしたちが、選んだツケはわたしたちが払うことになります。
 誠に、気の重くなる話しです。
 気概、信念に根拠を置く、ブレのない政治家はおそらくはいない。
 考えると気鬱になるが、昨日は、個人的に嬉しい報告、いや訪問がありました。
 平成26年の卒業生が、竹の会を訪ねてくれました。
 あの年は、実は合格者ゼロの年でした。
 受検生は3人いて、合格ゼロでした。
 うち2人は、早稲田進学会の模試の成績優秀者の常連でした。一人は桜修館を受け、一人は、白鷗を受けた。白鷗を受けた子は補欠10番だったか。結局、宝仙理数インターというところに行った。
 まず、三年後に、桜修館を落ちた子のお母さんから手紙が来た。日比谷高校と慶應志木合格したが、慶應志木に進学したという内容であった。お母さんは、竹の会での思考訓練、考える習慣、勉強姿勢のおかげでしたということをとうとうと述べておられた。
 そして6年後の昨日、もう一人の、つまり白鷗補欠で涙を飲んだ女子の訪問があった。六年間の沈黙の後、「阿部先生、お久しぶりです。」、「(竹の会)卒業の時、お話しできなかったので」と再会したいとのメールがあった。彼女が、初めて竹の会に来たのは、小2の春だったか、その時は、竹の会は、「小4から」ということで、一年後を約束して、帰っていただいた。実は、その時、勉強体験をしてもらったのだが、「もう少し」「もう少し」となかなか帰りたがらず粘ったことが強く印象にあった。一年後その子は約束通りやってきた。とにかく集中力のある子で何時間でも黙々と勉強した。長じて算数で苦労したが、国語はよくできて、小6のときに、漢検2級に合格した。白鷗は計算ミスに時間ギリギリに気がついて、補欠10番で涙を呑んだ。その後の手紙には、宝仙で楽しくやっていると書いてあって、少しホッとしたことを覚えている。だから、昨日は、6年ぶりの再会であった。トコトコと歩いている、小さな女の子のイメージが強く、すっかり大人になった姿に、面食らった。昨日のメールでは、「東北大学経済学部に合格しました」とありましたから、彼女らしく、持ち前の集中力で、努力をしたのだろう、と胸が熱くなりました。彼女は、私に会って報告したかったのでしょう。小2から竹の会で勉強することを夢見てきた子でしたから、本当に私に会って報告するのが彼女なりのけじめであったのだろうと思います。わたしに直接、東北大に受かったことを告げたかったのだろうと思います。
 平成26年生は、合格者ゼロという年でしたが、みなそれぞれにわたしの期待した子たちでした。その子たちがわたしの期待をそのままに負い目があったのでしょう。りっぱにわたしの期待に応えたことをわたしに報告したかったのだと思います。

 竹の会には、よく何年も前の卒業生たちが、竹の会をわたしを思い出して、やってきてくれます。あなたたちにとっては、竹の会はただの通過点に過ぎません。それなのに竹の会をわたしをいつまでも忘れないで思い出してくれてほんとうにありがたいことです。

 とにかく、東北大学合格おめでとうございます。

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