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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

新規募集/都立中高一貫校の勝ち方

2019.02.26

 2月26日(火)になりました。今日もなにかどんよりとしたはっきりとしない天気です。朝方は確実に花粉のせいかであろう。目と鼻、特に鼻はむずむずとしてすっきりとしない。目はぼやけてごろごろする。花粉症になって何年か経つけれど。耐性というのはなかなか獲得しないらしい。まあ、最初の頃よりは、ましにはなってきた。

 

◎竹の会新規募集のお知らせ

  募集時期 3月~

  入会の条件 ① 主として、小3対象 ② 通知表の「よくできる」が相対的に「多」であること。

        例外 小4 ②の「よくできる」が8割基準を満たすこと。

  入会の方法 ①まず、HPのお問い合わせページから入会試験の申込をしてください。

        ②スタッフから、受付完了メールと入会試験日の打診がありますので、ご相談の上、日時を決めてください。

        ③入会試験に合格しましたら、当日を含めて3日以内にお申込ください

 

◎都立中高一貫校の勝ち方
 小学生のみなさん、竹の会に入会するなら、小3後半〜小4前半が、ベストです。早い方が絶対有利です。小5では、遅い。これは、過去の実際例が、証明することです。さらに、竹の会に入会するには、所定の入会試験に合格しなければなりません。去年は、温情入会、つまり仮合格入会を認めましたが、今年は、仮合格は、なしです。 それから、これは以前から申し上げていたのですが、入会試験は、通知表の「よくできる」が、8割前後ある子を基準にしております。去年あたりから、5割にも満たない子たちの申し込みが、増えて、そのために去年は仮合格入会者が多かったのですが、そういう方は最初から来ない方が、よろしいのか、と考えております。わざわざ遠方から見えられて、不合格とするのは、申し訳ないからです。
 なお、去年の仮合格者については、入会時に、6か月を目処に、退塾の可能性のある、ということを予め承知していただいての入会ですが、わたしからは正直に見通しをふくめてお話ししましたが、わたしから退塾とすることはありません。仮合格者の個々の判断にお任せしています。
 ただ小3、小4早期の子については、「よくできる」が、相対的に「多」なら、可としています。さらに入会試験についても、比較的緩やかな基準で合格を認める方向です。 また、自分のお子さんが、今、どんな状況か、このまま続けて見込みはあるのか、お尋ねくだされば、忌憚のない、率直な意見をと考えております。
 近年の公立中高一貫校の受検は、私立難関校を狙う子たちとの戦いになっております。そういう子たちは、早い子で、小3から、普通は、小4から、大手の進学塾に通い、最初は、週2〜3、次第に時間を増やして、週4〜5と通い、春、夏、冬と講習にも出て、過酷とも思える勉強をしてきた子たちばかりです。小5の後半あたりから、受検を考えて勉強を始める子たちが、勝てるわけがないのです。
 そういう認識をもてば、何をいつすべきか、見えてくる、竹の会の主張も理解できるのではないか。
 竹の会は、磨けば光る逸材を発掘し、その潜在的に眠る能力を、訓練によって、引き出す、できるのはそれだけです。もともと能力がない子から能力を引き出すことはもちろんできない相談です。

 「よくできる」が、ぱらぱらしかない子、そういう子は、正直わざわざ竹の会まで来ていただいても無駄になる可能性が 高いと思います。例外はいました。しかし、これまで勉強ということをしてこなかった子、あるいは、勉強の訓練というものをしてこなかったために、勉強の習慣というものがない子、そういう子が、今、小4(まもなく小5)なら手遅れかもしれない。ましてや今、小5なら、言わずもがな、といことです。
 小3、小4期における、学習訓練ほど大切なものはない。訓練された子というものが、どれほどのものか、あなたたちは、竹の会の子を見てみれば、すぐ悟る。そして驚く。度肝を抜かれるかもしれない。これまで指導室の指導の光景を見学されてきた親御さんたちが、例外なく、驚異とため息をもって、その指導の光景と訓練された子どもたちの勉強への姿勢を驚愕と恐れさえも抱いて見てきたことをわたしはよく知っています。
 小3が、難関中学レベルの計算に取り組んでいるのを見て、唖然とされた親御さんも多い。早期の訓練というのは、親御さんたちが考えている想定をはるかに凌駕している、あなたたちは、なに小5からでも勉強すれば、塾に行けば、なんとかなる、と思ったかもしれない。しかし、考えても見てください。小5、小6になって、通分もたどたどしく、小数の剰余算もできない子に、これから割合を仕込んでまともに思考できる子に育つのか。わたしには、暗い見通ししかない。しかし、受検したいとやってくる、親子はあくまでも天真爛漫である。

 世間には事実というものを知らないから、入会試験で選べば受かるのは当然だみたいなことをいう無知な人間もいますが、それが事実でないのは、当の受かった子たち、いや落ちた子たち、その親御さんが一番よくわかっていることだと思います。竹の会の入会試験は、決して最初から知能優れた子たちのみを選り分けているわけではない。そもそもそういう天才が竹の会にやってくることはほとんどない。さらに無知な大人は、「よくできる」が8割あるような学校の優等生なら、教えれば合格すると短絡するほど、粗いというか、事実を知らない。想像でものをいうのは簡単ですが、実際やってみたこともない人が「よく言うな」と思います。子どもを指導するというのは、これほど厄介で困難なことはない。優等生でも、大手では、潰される子も多い。ましてや普通の子たちがどうなるか考えるまでもない。そもそも子どもというのは、知能だけでは語れない。まじめにコツコツやれる子か、飽きやすく長続きしない子か、とにかくいろんな子がいるわけで、そういうことをまったく考えもしないで、概念としての子どもを机上で想像して、空論を撒き散らすのは、迷惑な話しです。
 塾をやるというのは、常に生の事実と対峙して、現場で、リアルタイムで、戦っていることなのです。実際に何の経験もない人たちが、事実を知らない人たちが、頭の中だけで、空想世界で、全く言葉だけの世界で、事実と関係なく、「あるべき」論をしたり顔で言うのは自らの愚かさを自ら証明しているの愚です。それにも気づかない。
 塾の先生というのは、とにかく想像力がなければ、無能と言われても仕方ない。子どもの何気ないひとつの所作から、可能性をそれはそれは多岐にわたって想像するものです。指導している子どものリアルな状態を常に掴みつつ、次の手を打つ、そういうことばかりを考えている。
 塾の先生は、現実の事実を常に前提に考えている。外部にいて、貧困な概念世界の中だけで、批判する人間には、事実の視点が、欠落している。それこそ偏見に満ちた想像だけで、言葉に囚われて、事実という基盤のない、空論、空想ばかり言って悦に入っているわけで、こういう人たちには真実などわかりようがない。 

 都立中高一貫校の勝ち方と題して、持論を展開するというほどのものもないのですが、要は、それなりの内申がなければ受検など考えないことです。それから「よくできる」が8割前後ある子なら、小3(後半)〜小4(ただし早期)から訓練を始めるのがベストだということです。さらにいったん始めたら勉強を優先させた生活に徹すること、これだけです。
 都立中受検に成功する条件みたいなものは、あります。算数に卓越していること、まず、これが、唯一と言ってもいい。絶対条件ですね。算数というのは、知能のバロメーターですね。算数ができないというのは、知能的には、受検は無理と思います。よくこういう時に、高校受験で成功すればいい、という人もいます。特に、塾は、そういうことを言って生徒を繋ぐ。しかし、算数のできなかった子に数学ができるのか、努力すればできるようになるのか、です。これはわたしは否定的です。ただ、中学というのは、努力が身を結ぶという側面はある。それは確かです。努力である程度までは行ける、そういうことは確かにあります。特に、中学というところは、8割が、怠けるところですから、そういう面からは救われるところがある。しかし、努力だけでは、どうにもならない、知能の壁というのは、依然としてあるわけです。先天的な頭の閃きというのは、努力ではどうにもならない。遺伝子的に規定される知能というのは、思春期以後に重きをなす、と言われています。高校入試は、知能勝負になるということです。トップ都立、私の言う都立トップ8校(日比谷・西・国立・戸山・青山・新宿・小山台・駒場)に合格するには、究極的には、知能勝負ということです。数学ができない者に無理ということです。老婆心ながら、数学は才能ですが、英語は努力の科目です。国語はどうか。よく読書好きは国語ができる、と言われますが、必ずしもそうではありません。バカが、「わたし、読書好き」ということがあるからです。かつて読書好きな女子生徒がいまして、都立青山から慶應文に進みましたが、高3のときの駿台模試で全国20番台でした。かつて国語のよくできる生徒がいました。できるというのは、定期テストで、常に90点台をとっていたからです。ある時訊いてみました。「もしかして読書好き?」「はい、毎日読んでます」。
 「うちの子は読書が好きなのに国語が全然できない」という母親がいました。この子は、国語だけではない。すべての科目がダメ。先の国語のできる子はすべての科目ができました。ここでも知能ですね。もっと言えば、思索です。読書というのは、思索が、深い思索が、伴わなければ、意味がない。ただ読むだけは、読書とは言わない。一行一行考える、思索する。読書というのは、思索のきっかけです。ただ文字を読む、形式的に、表面的に、読む、これは読書とは言わない。知能がなければ読書も実はできない、ということです。
さて、それでは、国語はどうか、やはり思索的読書です、端的には、哲学ですね。いい方法はあります。高校の倫理の教科書を読むといい。あるいは高校の日本史の教科書が、すらすらと読めれば、国語はマスターできますよ。
 話しが、逸れてしまいました。、都立中高一貫校の勝ち方でしたね。
 習い事、稽古事、スポーツなどやりながら、竹の会に、通うというのは、受検成功が、目的なら、ないですね。もちろん通常の話しです。一般論です。小6の7月頃まで習い事を続けていたという子もいたようです。親御さんは、わたしには言わないので、わからない。どうもそのようだ、という推測です。やはり習い事やってた子というのは、受からない。必ず勉強に影響が出る。普通の能力の子ならあたりまえです。課題を出さなくなる、指導レジュメが溜まる、いわゆる積み残しです。この積み残しというのは、ほぼ100%落ちます。
 普通の子は、何かをやりながら、積み残さずにやる、ということが、できない。だから、もう夢中で勉強にかかりきりにならなけれはとても合格はない。勉強をセーブしながら、合格なんてない。そもそも習い事をやる、なんでもいい、とにかく勉強をセーブする、8倍という難関を突破するのに、勉強をセーブする、そんなことがあるのか。
 世の中には竹の会の期待する勉強姿勢を批判する人もいますが、試験の現実を知らないか、事実を見ないで「あるべき」論を言う人ばかりなのが社会の大多数ですから、わたしは、竹の会の思想を受け入れる方にだけ来ていただければいいので、批判的な人は来ないでいいわけで、話しはそれで終わりと思うのに、終わらないようです。
 さて、再論です。都立中高一貫校を受けると言うのは簡単ですが、受かるかどうか、で判断してほしい。もちろん受からなくても勉強したことに価値があるというなら受けるのは自由です。しかし、塾にカネ出して受かろうというのなら、やるだけ無駄という人はいます。まず算数的才能のない人、つまり知能的に並な人は受かるのは無理です。次に、勉強に専念できない人、つまり習い事なんかやりながらという人も無理です。あくまで普通の人の話しです。これと同類なのが、何かと家族や地域の諸事雑事で、頻繁に勉強が中断する人です。最後に、極端に内申が悪い人は、こういう人はも無理です。内申は、点数化するのが小5と小6というところだと、「よくできる」が、25点、「できる」は、20点とか、10点のところもある。「もう少し」は5点ですすから、例えば、小石川で、「もう少し」があれば致命的です。極端に内申が悪ければ、どんなにできても受からないでしょ。

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