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2021.10.09

 

方法がよかったから成功したのか
 東大医学部に子どもが三人受かったという母親が、子どもの育て方とか、教育の方法とか、発信して、話題になっていた。やたらテレビに出てたと思ったら、雑誌にも取り上げられ、自らも本をだしたりで、売れっ子タレントのようである。世の中の子を持つ親たちが騒ぎ、方法に関心をもち、あやかろうとしているのであろうか。
 そういえば藤井聡太が幼い時に使っていた玩具が品切れになる騒ぎがあったのも同じ文脈かな。
 竹の会の親御さんにも、方法論信者がかなりいるのかもしれない。方法さえ良ければうまくいく、と考えるのだ。先の東大に合格させた母親の方法を知りさえすれば我が子も東大へ入れると考えたのだろうか。藤井聡太の使った知的玩具を使えば藤井聡太になれると思ったのだろうか。
 世の中は、方法だけが一人歩きして語られる。医者になるのは方法を知ればなれるのか。弁護士になるには方法を知ればなれるのか。方法といってもピンキリである。
 人はその方法が優れていれば目的が達成される蓋然性が高い、と考えるようである。これが日本の大多数の凡人のみなさんの頭の中身ではないか。
 方法がよかったのか、その方法を考え出した人の想像力が卓越していたのか。
 たいてい前者だと考えるから、人はすぐに「どうやったら」と聞きたがる。自分ができないのは方法が悪いからだと考える。だからもっといい方法はないかと画策する。司法試験の予備校なんかは、いい方法がありますよ、と誘うわけです。現代は巷に方法が溢れている。
 信頼できるエビデンスに基づく方法なら飛びついてもいいのか。
 いやいやどんな方法だって個人に当てはまるかは別です。たいていは外れである。
 情報過多の時代ではスカを摑むことは普通にある。
 なぜ世の中には方法が溢れているのか。
 それはだれもどれが良いか悪いかわかっていないからだ。方法がたくさんあるというほどそれは唯一の方法がわからないということを証明しているようなものだ。
 方法がたくさんあるというのは不幸なことかもしれない。
 かつて法律学の勉強は、唯一東大の先生の著した、難解な本しかなかったから、だれもがそれをやった。ここでは方法で迷うことはなかった。そうなると個々人の想像力勝負になった。一つしかないから集中もできた。少ないから考えることに集中するしかなかった。
 少し真理が見えてきた。方法なんかどうでもよかったのだ。個々人のもって生まれた想像力こそが実は方法の正体だったのだ。私たちは、方法に惑わされるのではなくて先人の想像力にこそ学ばなければならなかったのだ。藤井聡太さんは想像力が優れていたのだ。東大医学部に子ども3人を合格させたという母親は、子どもの想像力が優れていたことを飛ばしている。母親の想像力はどうなのでしょうか。
 勉強は方法ではない。君たちに真に必要なのは「想像力」である。それはもって生まれたDNAもさることながら、想像力とは、情熱であり、興味であり、好奇心であり、好きなことを追い求める、脳の本能である。親に言われてやる勉強では想像力の欠片もない。好きこそものの上手なれ!

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