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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

日比谷、西、戸山の道/小石川の道/都立指導歴33年目に突入/失速の研究~失速しないために

2017.09.25

 おはようございます。すっかり秋の様相で、近くのスーパーに奈良産の種なし柿を見つけては買っています。富士(林檎)は子どもたちに買い求めることが多くなりました。これから本格的に秋に突入していくのだなぁとかなり感慨深い思いです。竹の会を開設したのは昭和60年の10月のことでした。今年の10月でもう33年目に入ります。元代々木教室は2012年の7月で事実上閉鎖されましたが、2011年はもう竹の会を廃塾するはずでした。あの年の10月で満27年を期に終わるはずでした。しかしこのまま終わるのはあまりにも寂しい、わたしには長い間渋谷駅のそばに竹の会を開きたかったという夢がありました。ひょんなことからその夢が現実となるかもしれない、2011年の5月だったでしょうか。2012年5月に渋谷教室移転。しかし、当時元代々木教室にいた子たちの多くは新教室への移転を嫌がりました。慣れ親しんだ元代々木教室から離れたがらなかったのです。それでしばらくは渋谷教室と元代々木教室を掛け持ちで運営していました。渋谷教室はわたしには正直おまけの期間でした。ですからこれまでと違ってわたしの想い描いた理想を実践したい、それでだめならそれでいいではないか、そういう信念でした。

 元代々木教室の子たちもようやく納得して渋谷教室に移ってくれましたが、中には新しい環境に順応できない子もいまして、竹の会を去った子もいました。移転当初はなかなか人が集まらずほんとうにガランとした時期が続きました。大手志向、大手信仰の強い時期でした。竹の会と聞いて頭から馬鹿にして相手にされなかったのです。竹の会の合格者というのはほんとうに少ない生徒たちの中から合格した子たちばかりで、合格率ということで言えば、それはありえない、驚異的な数字を残してきたのです。わたしが竹の会の存在を東京のみなさんに訴える手段はこのブログしかなかったのです。多くの親御さんが何の迷いもなく、竹の会など歯牙にもかけずに、大手に行く姿を見てきました。確かに、入会試験で排除してきた多数の人たちはいましたが、もしそういう人たちを無条件で入会させていれば竹の会は早晩廃塾に追い込まれたに違いないと思います。逸材の入会を気長に待つほかなかった。竹の会はいつも少ない子たちのなかから確実に合格させてきたのだからとただそのことを誇りに思うだけであった。わたしの欲しかったの小4早期に竹の会に来てくれる逸材であった。逸材とは、竹の会の定番の入会試験でA合格以上がとれる子のことである。いわゆる偏差値試験に慣れた子たちのことではない。竹の会の入会試験はそうした偏差値知識など無に等しい子たちが無垢の能力で解くことのできる問題である。わたしが発掘した質のいい問題が潜在的な高い能力の子を発掘してくれる。ただそれとしても小5では間に合わない。指導日程を詰めていくからやはり無理が出る。小4という「遊び」の期間がもつ力はあまりにも大きい。親御さんの事情というのもありますが、竹の会に入会を希望される方は是非小4の早期にと心より願っております。小4から指導してきた子たちは、それぞれに能力の差はありながらも、この「遊び」の期間を実に意味あるものとして過ごしております。小4からきた子たちの中には素晴らしい才能を開花させようとしている子たちも出始めて、小4が「遊び」の期間であるだけに小5からの指導がこれほど「ゆとり」のある見通しが立てられるということにわたしはほくそ笑むばかりです。

 竹の会というのは、今来ている親御さんも含めて中々信用されなかった、信頼してもらえなかった、ということがあります。入会するときも入会するかどうかかなり迷われた方が多いと理解しております。もう1年も前から竹の会は知っていたけれど入会には踏み切れず大手に行ったという方も少なからずいます。ただそういう方ばかりではなく、最初から竹の会一筋、竹の会しかないという方もいました。平成27年に桜修館に合格した女子がそうでした。彼女は小4の2月から竹の会にきたのですが、「もし入会試験に落ちたらきっぱりと受検はあきらめる」とその時にお母さんは申しておりました。わたしのブログを前々から読まれていてずっと竹の会に入ることを考えてきたとも申しておりました。こういう迷いのない親御さんも過去には必ずいました。不思議なのは、そういう信念を持たれている親御さんの子どもさんの受検というのは不思議に成功しました。そういう親御さんのお子さんというのはまたブレがない、信念の子が多かったと思います。

 親がブレていると子は陸なことにはならない、そう思います。その意味でどうでもいい受験情報に振り回される、特に、私立受験の、しかも大手進学塾に子を通わせる親に多い、ぶれまくりの親だけは相手にはしたくないと畏れております。

 小4ならまだしも小5に竹の会にやってきた子たちがどうしても小6の受験直前になって失速しがちなことは避けられない現実のようです。小5からという子たちの親御さんというのは、それでも早く始めたという意識があるようで、「まだ2年先」という漠然とした楽観をもたれている方が多いのかと思っています。だから習い事や稽古事も関係なく続けますし、スポーツも続ける、それでも受かると信じているわけです。また家族旅行などもそれほど深刻なものとしてとらえない。しかしです。小6になってわかるのは、積み残しが考えられないほどに積算されてくるという現実です。普段から先送りしているともう積み残しがどうにもならない量になり後からどうにかなることはまずないというところまできてしまうことです。ひとつ注意しておかねばならないのは、基本訓練段階で使う算数の数々のレジュメ集というのは、やはり時間をかけて一問一問解くから意味があるということです。遅れているというので、短期間に一気に終わらせた、終わらせたことにした子というのは、やはり所期の思考力が培われていない、ということがわかります。それからよく7回解き直しということを竹の会では指示しますが、例えば、渋谷Bの小5が、あるレジュメ集が終わって、20分ほどして「先生、7回解き直し、終わりました」と持ってきたのですが、ノートに同じ解答を7回書いているわけです。「違うでしょ」。似たようなことをやっている小6もいましたが、わたしが解き直しというのは、問題を読んでもう一度考えて式を立てて解に達する、そういうことです。2回目の解き直しにもかなりの時間を要するはずです。1枚のノートに解答を7回書いて出した子がいましたが、わたしの思いとは別のところにあると観念しました。

 1問を時間をかけて解いていく、そういうことをイメージしております。小5の後半に遅れているというので、1週間ほどで終わらせたという子が小6になってそれほど伸びていかない、というのもそういうところに原因があるのかと思っています。

 失速する子たちというのは、共通して、積み残しが常態化している子たちです。指導が順調にいっているかというとき、順調に前に進められないのは、積み残しをしているからです。Bの小4にはすでに割合指導に入った子たちもいますが、一進一退を繰り返すのは、計算の未熟ということが、つまり、計算の積み残しということが大きいと思います。いつまでたっても計算4題で合格はんこがとれないというのは順調な指導ができないということなのです。

 中学生が60点とか、70点などというひどい点をとるのも、積み残しのためです。本人たちは70点でいいと思っている節があるのですが、中学だと悪くて80点、まず90点以上があたりまえということです。みずからレベルを下げて満足してほしくありません。竹の会というのは、これまで中学生をとるときの基準がかなり高かったのです。これはれくらいないと中学では積み残しで自滅する子が出てくることがわかっているからです。

 竹の会のレジュメが前倒しでこなせないとしたら、早晩退塾するしかない時がくる。それは間違いなくきます。

 小6で失速する、中3で失速するのは、わたしの指導、具体的指示を軽視した報いです。勉強というのは、少しでも手を抜けば、回避すれば、先送りすれば、たちまち二進も三進もいかなくなる、そういうものなんです。勉強の取り扱いがわかっていないのです。やり出したらもう休むことはできないのが勉強です。どんな社会的に是認された、建前としての大義名分も、だから勉強しなくていい、という根拠にはなりえないのです。また中途半端にやってものになるものでもありません。やり出したら奥が深くてとても手など抜ける、休めるはずはないのです。

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