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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

日比谷・西・戸山にしぼる/小石川中等は添付の才、両国・桜修館は秀才、九段は几帳面な努力家、富士は飛んでる才/指導は経験に裏打ちされた高い技能

2017.04.21

 おはようございます。今日は終日くもりのようです。まことに人間というのはその日の天気に一喜一憂するのは江戸の昔百姓がときにはお天道様に頭を垂れ、またときには恵みの雨を待ち焦がれる如くに変わらない。朝目覚めるとその日の体調に思いを致しとにかくも持病の膝痛の具合に一喜一憂、とにかくも一歩を踏むことで細やかな安堵を覚えております。

 竹の会という塾は常に指導の限界線というものを見据えておりますから、これは指導は無理だと思えば退塾ということをいつも考えております。安閑と惰性で通うことには敏感にわたしの感覚が反応する習性が身についてしまいました。中2の中にこのところ居眠りを決め込んで憚らない生徒がいまして、いわゆる中弛みなのか危惧しておりますが、今のところ一過性のものか静観しておりますが、中2全般に進捗が緩やかなのも気になります。最低でも駒場、新宿という生徒たちであってみれば、一抹の不安も拭い去れない。渋谷Bの中2が中3数学に入ったことはひとつの目安であり、他の中2の刺激になればいいのですが、反応は鈍い。中2というのは、なかなか中弛みの学年で、勉強をしなければしないですぐにどうなるというものでもなく、そのため無為に流されることがいちばん恐い。もともと中学生を預かって入試まで竹の会に残るかは甚だ不安定でたいていは中2あたりに崩れる生徒が出るものです。中1の頃の情熱と志しがどこまで持ち続けられるか、消極的な見方は常識であり、わたしも最初から想定内です。かつて平成20年に都立西に合格した女子が中1から都立西しかないと思いを焦がして一心に勉強した、そういう生徒はやはり稀有な例なのかと思います。

 新中1にしても勉強というものにどこまで真剣に向かい合えるのか、はなはだ懐疑的であり、現在は、その勉強姿勢をじっと静観している、というのが正直な気持ちです。純粋に「勉強したい」という生徒のみを指導したいからです。なかなかのスロースタートで気をもんでいますが、わたしは気が短いほうで自分の指導哲学が竹の会の根幹と考えることには揺るぎない信念をもっております。

 小学生にしても勉強するために竹の会に来ているのだという、この一線だけは譲れない。幸いにして小学生の子どもたちは勉強する姿勢というのは今のところ問題ない。が、いつそれが崩れてもおかしくないのが小学生です。明日に突如として「勉強は嫌だ」という子が出てきても不思議がないのが小学生です。それは日々の勉強というものが能力の限界線上での鬩ぎ合いであってみれば明日に挫折することも当然想定されそのときに弾けることもよくあることだからです。もっともいわゆるプライドが高くて自分は特別だという意識を周りが助長させてきたような子が突如として勉強放棄、受検放棄するのは、傷つきたくないという心の為せる業であり、過保護が作り出した、もてあますほかない子の例です。最近はこの手の子が増殖しています。特に、私立受験の子に多いとは思いますが、必ずしもそうではなくわたしも都立中高一貫志望の子たちの中にこの手の子をよく散見してきました。

 小学生と中学生では当然に指導の質もレベルも違います。竹の会の中学生は小学生の段階で勉強のスタンスというものを確立させていることがひとつの前提となっております。つまり勉強するということに迷いはない。もしこのところで迷い、懈怠があるのなら竹の会にはきてはならないのであり、向上心は前提です。小学生の場合、まず入会試験で選別していますから、それほど狂いはないと思いたいのですが、やはり文句なしの合格、すなわち小4期にA合格ないしS合格をとった子以外は信用できないところがあります。現在小3にのみ認めている仮合格の場合は、かなり当たり外れがあることは想定内です。

 竹の会の小学生指導というのは、すべてわたしの創案した指導プロセスにしたがって進めております。小4に入会するとまず小数の概念、そして計算からポンポンと小気味よく進めていくことになります。機微をとらえた指導と時宜を得たレジュメが秀逸です。無駄を一切排除して、効率よく導いていく、というポリシーです。小数をマスターすれば、分数です。これもポンポンと効率よく進める。入会試験に合格している子であれば、ここで挫折する子はいない。分数では逆算がヤマとなる。逆算をレジュメでマスターしたら、計算一般をとにかく鍛えていく。もう心配ないと見計らったところでいよいよ竹の会のメイン指導となる「割合」の開始となる。今では、この導入のためのレジュメが卓越しておりトントン拍子に割合を修めていくことは請け合いである。特に、A合格者以上なら指導はまず成功裏に進められることはまちがいない。

 竹の会の入会してからの指導というのは学年で異なることはない。今はないけれどかつては大手にいた小6がきたことがあるけれど、小6なのに計算も未熟、竹の会の小4よりできない、割合なんかなにも理解してないに等しい、そのくせ適性問題のテキストなんか1年も2年もやっているというメチャクチャな小6であるが、入会すれば計算からやり直すしかない。もちろん小5の4月に来てもこれは変わらない。そうなると小4の4月にきたほうがいいに決まっている。実は小4と小5の区別というか、区切りは意味がない。竹の会に来てみればわかることであり、わたしの指導を3か月も受けて見れば、大手が1年かけてやることを神の域に達するほどに仕上げているのがわかるはずである。だから竹の会に遅れて入れば入るほど自分より学年が下の子たちが自分よりはるか上の内容をこなしているのを知り、愕然とするのである。竹の会の募集時期は小4の2月からというのがこれまでだったけれど、それは竹の会のような小塾にはそうしないと来てくれないからそう言ったまでである。世の親には小5の2月でもいいとか、小6でもという人もけっこういる。これは高校入試だと中3から対策だなどという親がいてお話しにならないのだけれど、小学生にも同根の親はいるわけである。わたしの本音は小4の4月前後が最適であり、遅くとも小4の7月までと思っています。以後遅れれば遅れるほど最後の帳尻が合わなくなることになっています。A合格した子にはたまに天賦の才に恵まれた子もいて小5後半の入会でも合格したという例はもちろんあります。

 理想は小4の前半までに入会することです。早い子だと小4までに、通常小5にきた子たちがなんとか終える割合課程を、終わらせてしまう。そうすると小5の1年間がどれほど意味のある、余裕のある指導になることか。小5にきた子たちが結局あれこれとやりきれないままに終わってしまうことが多いのは、当然能力の壁があるからですが、小4にきていれば、能力限界線上にある子でもじっくりと時間をかけて指導できるから小4が終わることには帳尻があっていることになる。もし小4期に大手で過ごせばもはや取り返しのつかないことになっていた、そういうことです。じっくりと勉強に取り組む姿勢、考える姿勢、家庭で課題をこなす習慣、そういうものを身につけていくこと、これがベストの小学生の生活です。

 勉強に対する子どもの違和感、これは小学生に限らない、中学生だって変わらない、わたしのセンサーは敏感ですぐに反応する。竹の会というのは、勉強しないという兆候が少しでも感知されれば見逃すことはない。そこまでして竹の会にいることはない、という判断がある。即刻切る。それが竹の会の良心であり、意志である。

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