画像
都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

最低でも都立戸山/だれもが抜きん出る小石川中等、桜修館中等を受けられるのか/勉強しなければ止めるしかない、前に進められなければ止めるしかない

2017.07.08

 おはようございます。梅雨明け宣言はないままに夏日が続いておりますが、九州では記録的豪雨による猛威の爪痕が映像でもたらされております。それにしても政治家というのはどうしてあれほどバカが多いのか、あきれるばかりです。いずれも有名国立大出身、弁護士、官僚などの経歴の持ち主ということですが、いざ政治となるとどうしてあれほどカネに汚く、信義にもとる行動がとれるものなのか、国会答弁にしても、記者会見の受け答えにしてもアホの極致です。透けて見えるのは徹底した無責任体質であり、政治家と官僚は、常に税金をくすねることばかり考えて、政治家も高級官僚も責任回避の詭弁を弄するばかりとなれば、気概、気骨の欠片もない、腑抜け政治家ばかりが日本の政治の中枢を牛耳っている、と暗澹とするほかもない。そもそも国民は自民党にはいい加減飽き飽きしているのであり、全く政権担当能力など皆無の、ガキの集まりに過ぎない民進党など早く潰れてしまえばいいのに、いつも国民の意識とはかけ離れた勘違いをした民進党の上層部はそれが没落の本質的原因だとは悟ることもないのである。日本国民にとって不幸なのは自民党にとって代わる、信頼できる政党というものが「ない」ことなのです。

 原発は進めるが、ミサイルの飛来などまったく念頭にないほどの脳天気な人たちです。言い出せばキリがないので止めますが、良識ある国民にはまったく無定見な政治のつけを、やっぱり国民に転嫁する体質が許せないのです。

 いよいよ夏休みも近くなりました。1日7時間以上勉強に専念できる人はほんとうにいるのか。小学生には過酷な要求であろうか、もちろん中学生は当然、いや、10時間はしてほしい、というのが本音です。中学生については、竹の会では暗黙の前提があります。勉強しない中学生は入会はできませんが、勉強しなくなれば当然に退塾です。もし中学生の子どもが勉強しないのなら、「子どもが勉強しないのでどうしたらいいか」という相談ではなく、退塾届けをするのが筋です。勉強しない中学生が竹の会にいるということは、竹の会では「ない」ことになっています。当然に、勉強する意思のある子たちが、集まっている、そう考えております。もちろん、小学生でも変わらない。もう一つあります。指導が前に進められなくなったときには退塾するしかないということです。その虞のあるのは、仮合格の子たちです。ある段階までは進められても、あるところから途端にフリーズする、そうなると指導は頓挫するほかない。また元に戻ってやり直すということも当然やるとしても、未来の見通しは暗い。将来未知の問題について思考をめぐらし「合格はんこ」をとりながら前に進めるということができなければ指導の真の狙いは潰えてしまう。所期の目的は達せられることもないままに潰えることは目に見えている。竹の会の入会試験の意味がここにある。仮合格でもなんとか指導についてこれる子ももちろんいます。それどころか入会試験不合格者にもその類い稀な努力によって当初は否定的だったわたしの見通しを覆しつつある子も出ています。しかし、入会試験不合格者が壁に潰れる蓋然性はかなりに高いのも事実です。入会試験合格者だから安心ということもない。現に、渋谷Aの小6のほとんどが、課題をまともに出せない、指導レジュメに遅れがち、つまりは息切れの状態にあるのは、入会試験合格だけでは、安心できないということを物語っている。能力もさることながら、こつこつと努力する姿勢そのものがなければ結局脱落していくいうことである。

 もちろん原因はいろいろあります。入会時期の遅れも一つの原因でしょう。ただし、小5の夏以降に来た子でも伸びている子はいますから絶対ではない。ただそういう子が伸びているのは塾の課題を最優先してきたということがかなり大きい。つまり、習い事、稽古事、スポーツで取りあえずとしても勉強を犠牲にするようなことはしてこなかったことが大きいように思います。竹の会の入ったら必死で勉強しなければとても成就などできないということは前提でした。

 さて夏はさまざまな意味での勉強適合性が問われるます。課題をまともにやってこなかった小6は勉強適合性がなかったのです。地道な努力を惜しむ子はやはり勉強には向いていないのだと思います。中学生になって、勉強しないというのはかなり絶望的な状態です。そもそも勉強というのは、生活の一部として組み込まれてこなければならなかったのです。勉強するかどうか、ではなくて、当然することが前提です。勉強の習慣というのは、小4前後からしつけてこなければならなかったのです。竹の会の課題というのは、さまざまな意味があります。家庭学習を当然に習慣づける意味は当然にあります。「教養のための理科」を読み取る力、要点をまとめる力、問いに即して書く力、字を書く訓練、そうしたものを意図しております。四字熟語では、意味と四字の由来を簡略にまとめる力の寛容を意図しております。「教養」は、さまざまな一般的な問題について学び、資料をまとめる訓練を意図しております。作文シリーズはもちろん作文の訓練が目的ですが、ここでも「問いに答える」という基本の姿勢が訓練されております。資料の読み取りに慣れるためには資料の読み取りシリーズを用意しました。読解訓練のためには、「読解の素」、「読解の素の素」、「天声人語質問集」など多種多様なレジュメを用意しました。

 竹の会ではレジュメの書き直し、解き直しは当然のこととされております。

 ※課題レジュメの提出方法 

  原則として、原稿用紙に書いてください。四百字詰めA4版が竹の会のお薦めです。竹の会でも100枚単位市販価格以下でお分けしています。提出するときは、問題も解説もすべて一緒に出してください。問題は添削の際に、どんな問いに対してそのような答えを書いたのか、などチェックするために必要ですが、もっとも必要な理由は、パソコンに内藏されているデータの検索に必要だからです。参考答案や解説も、その都度添削の際にチェックのために使います。問題もつけないで、答案のみ出すのはダメです。またレジュメに未だに名前を書かない人がいますが、返却の際に、自分の答案も「わからない」という人が必ずいまして、迷惑しております。

 ※手立てをすべて尽くして最後はその子の脳に託すことしかできない

 できるということを本人に実感させること、これは指導の基本です。そうすることによって子どもは面白いと感じる、いやできる喜びを知る、そこからやる気も芽生えてくる、こういういい循環をつくっていくことが、初期の指導の要点です。竹の会ではまず計算を神の領域にまでもっていく、これが最初の指導です。計算を神領域までもっていったら、第2段階は割合の概念を子どもの頭の中に組み込んでいくことに全力をかけます。この過程は思考養成の過程でもあります。仮合格の子がこの過程を切り抜けレらルカ、ひとつの試金石になります。わたしはこの割合過程を子どもたちが迷うことなく理解できるようにと様々な工夫を凝らしたレジュメを製作、準備しました。この過程を通して、子どもたちが、いわゆる割合レジュメ過程における5冊のレジュメ集を合格はんこをとりながら進めていくことができるか、ここが分かれ目です。不合格しかとれないとなると、これは正直有意な指導は不可能であるというこというしかないのです。割合5大レジュメとは、算数の魁、思考の鍵、小学思考の素割合問題編、新小学思考の素、小学思考の素その他の問題編、の5冊です。この過程を合格はんこをとりながら進められない場合、残念ながら竹の会で成功する可能性はほとんどないと思います。そういう子が適性問題が解けるようになることはないと思います。

 わたしにできるのは、様々な目標への手順を効率的に示すことであり、その過程でもちろん様々な指示、指導をやるとしても、わたしが指導の限りを尽くした後は、その子の能力に預けるほかない。その子がどのような反応を示すか、予想外に、より高いステージでの理解を示すこともあり、全く無理解をさらけ出すこともある。これは全くのその子の能力にかかわることであり、わたしにはどうにもならない問題であり、教えてどうにかなる問題ではない。わたしは、手を尽くして、後は、その子の脳のはたらきに待つほかないのである。医者が患者の病気を治すのではない、医者は手を尽くして、患者の自己治癒力に預けることしかできないのと同じである。昨今のバカ医者は、患者の求めるままにということもあるけれど、やたらと薬を出して、患者を殺す未必の故意があるのではないか、と疑う。自然治癒力ということを医者は意に関しないのではないか。確かに、細菌を殺す薬はなければ困る。しかし、熱を下げるだけの薬、痛みを鈍麻させるだけの薬、といった対症療法のための薬などは本来不要なのである。副作用を考えれば毒といっていい。大手塾というのは、この対症療法の思考をしているとしか思えない。「わからない」と言うので、わかるまで教える、勉強しないというので、自習室を用意して半強制して勉強させる、自分ではまとめられないというので、最初から整理した知識をテキストにして与える、講師の教え方、人柄がよくないというので取り換える、生徒に迎合し、親に阿る、商売本位の大手塾を礼賛するバカ親ばかりである。バカな母親は妙に大手の塾通であり、自分の子はそっちのけで本質を見失い、見誤ること甚だしい。

 自分の子に期待する、期待をかけるのはいいが、過大な期待は子を追い込むだけである。ただ子どもというのはしつけが必要である。しつけのできるのは小5までである。ましてや中学になってしまえば、しつけなどできるはずもない。思春期と反抗期という本人にも抑制できない、内から湧き起こる精神の成長の波が怒濤のように荒れ狂う。だからこそ小4期前後に徹底して勉強というものを訓練しておかなければならない。子どもを怠惰にするかどうかの分岐点である。楽しいことを与えれば子どもが喜ぶ、だからそれだけの理由で子どもを甘やかす、過度なる娯楽を与える、これこそ親の大きな過失であろう。受験ないし受検に失敗したら勉強しなくなる、というのは、勉強をなんのためにするのか、教育してこなかったからである。

 小学時代、中学時代、高校時代の時間の価値は、人生において、もっとも高い。これからの自分の未来を決めることになる時間だからである。この時期に無為に時間を過ごすこと、無駄に時間を潰すことのいかに愚かなことか。塾に行っていれば有意義などとは言わない。そのことが未来の自分を正しい方向に導くことになるのか、である。まず、小1期に丁寧で正確な字がかけるのか、決まる。親が徹底して厳しくしつけるべきことである。小3期に勉強に適合的かどうかの見分けはつく。集中できない子は見込みはない。小4期からは徹底して勉強の訓練をしなければならない。勉強することが「あたりまえ」ということを厳しくしつけなければならない。しつけることができるのは、小5までである。そのうち自我が芽生えてくればもう親の言うことは聞かなくなる。何が何でも勉強することの大切さだけは教えこまなければならない。勉強のスタンスをもたせてやるのである。夏休みは小4、小5には、訓練の絶好の機会となる。

 ◎高校受験と夏休み

  竹の会の中2のみなさんは、正直竹の会の想定する勉強の進度からかなり遅れていると考えてください。本来中2の夏には中3数学に入るはずべきなのに、そういう状況にはなっていないのです。英文解釈にも入れない。もちろんみなさん定期試験の成績はそれなりにいい。もっとも平均90点以上組と80点以上組には分かれるようです。平均が80点行かないとすれば退塾が視野に入ってくる。中1の中には、竹の会のレジュメ進度が学校の進度より遅れている生徒が、出ていますが、これはいけません。竹の会では過去にそのような生徒はいない。渋谷Bの中1が初めてです。小6の3月には、たいていは方程式まで終わらせるのが普通でありましたので、なかなか前に進まない中1に正直愕然としています。最初の定期試験は易しいものです。ここで90点がとれないのはまずいですね。まず中学での勉強のスタンスを確立させてください。勉強しない中学生は竹の会にはいりません。

  中3は遅れています。夏が過ぎたら、もうやれることは少ない。少なくとも、この夏は、数学と英文読解の2つは極めなければならない。もちろん理科、社会も当然仕上げていなければならない。1日の勉強時間は10時間希望です。未来の道を決めることになる大切な時間です。後からではどうにもならない、かけがえのない時間です。

ページトップへ