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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

最低でも都立戸山/小石川、桜修館、九段の攻め方/諸事雑感/その他

2018.05.11

 おはようございます。疲れからか毎年この時期に体調を崩します。受験が終わるとずっと悲鳴をあげていた身体がガタピシと再生を図るのかもしれません。今年は中耳炎という、わたしのいちばん弱いところから綻びてしまいました。日本というのは、四季の変化があるかわりに、季節の変わり目は用心が肝要です。身体が適応していく過程の油断は体調を崩す呼び水となります。しだいに自分がどこまでもつのか、不安が日々募ります。

 竹の会を始めたのが昭和60年秋のこと、9月には、ガリ版刷りのはがきに生徒募集と書いて代々木中学と上原中学の中2に出しました。たまたま中2の名簿が手に入ったからです。そしたら3人の代々木中の女子のお母さまたちがそろってやってきました。まだ長机1つしかなかった。そこでいろいろお話しして終わったのですが、翌日だったか、その仲良し3人組の女子を通わせたい、と電話申込がありました。それで10月から始めることになりました。最初は1回2時間の授業で週2回でした。テキストもなく、わたしは教科書を使って授業したのです。市販の数学の参考書をコピーしたりして、使ったものです。まだ真っ白だった竹の会のスタートでした。代々木中3人娘は、ひとりが都立駒場(芝浦工大進学)、もうひとりが都立目黒(東洋英和進学)、國學院久我山(国学院大進学)へ進みました。11月になると口コミというか、評判で生徒がたちまち増えていき、4クラスの授業を割り振りし忙しくなりました。中学受験や大学受験、高校補習、私立補習とどこからか竹の会の噂を聞いて、人がひっきりなしにやってきました。わたしは頼まれればどんな仕事でも精一杯やりました。不登校の生徒、自閉症の生徒、内申オール1の生徒、学校の不良、暴力事件を起こして退学になった生徒、とにかくどんなのが来ても対応しました。いつか書きましたが、わたしは竹の会の指導というものを超一流にするために、いつも臥薪嘗胆さながらに研究・勉強をしてまいりました。当時から大手でなければだめという親たちが多数派でしたから竹の会が認められるというのは至難のことでした。わたしはそれは必死にやってまいりました。若い頃は徹夜してでも勉強して、指導の方法を工夫してきたものです。たくさんのレジュメを執筆し、テキストを書き、過去問ならもうとてつもない量を解いてきました。そして自分のオリジナルの解答・解説を作ることにこだわってきたのです。子どもたちが「生き物」であることを常に感じてまいりました。心のありよう、もちようがみな違い、それは育った環境の違いでもありました。家庭環境が子どもたちの精神の細かいところまで規定しているのです。指導するというのは、そうした子どもたちの心の変化の機微をとらえての的確な対応の集積でした。わたしは「やりとり」の大切さというものを学んでいったのです。今の竹の会の指導の中核は、子どもとのレジュメを通してのやりとりから細やかな変化を感じとり、理解の深浅を推し量り、次の打つ手を考えるという、まさに指導という名にふさわしいものになりました。

 

◎諸事雑感

 ○退塾勧告についての一考

 退塾勧告がありましたら、すみやかに退塾を申出てくださればと思っています。退塾させられるのではなく、退塾してやるという形をとりたいのです。子どもさんにはそれがいい。 退塾勧告は、指導が、 前に進まない、停滞した状況にあるとき、指導継続困難として、するものです。指導が停滞する原因には様々な事由があるわけです。諸事由が複合していることも多い。 なによりも本人に勉強への気持ちが薄い、「ない」ということか、すべてです。理由のない欠席はまずその表れとみていい。家庭学習をほとんどやらないというのは、塾だけが勉強というのは、少なくとも受検ということであれは、成功するわけがない、だから、退塾勧告です。また、課題をほとんど出さないというのは、これも、受検成功からは、遠のく行為です。去年の小6には、最初真面目に出していたのに、特に、小6になってから、次第にさぼるようになった子たちがいましたが、そしてその中には知能の高い子もいた、模試でもいい成績をとることもあったのですが、ことごとく失敗しております。課題の規則的な実行は受検成功の前提条件にあることは間違いないのです。課題を全くやらないで合格しようというのは現実にはありえないことです。

 さてみなさんが、退塾するときは、竹の会にお子さんから、あるいは親御さんがメールして、終わりです。とするならば、竹の会も勧告することで終わりにしたと思います。 それから、最近、退塾した中学生たちもそうでしたが、月の途中でやめるとき、その月の指導日の最後まで出る人が多いのですが、竹の会の指導というのは、将来の、いや次を見越して、今の指導をやることに意味があり、これからやめようという人に指導する意味はありえません。ただ月謝の分だけ出るという、発想だけで出て元を取ろうというのでしょうが、無駄なことです。それから中学生でやめることが決まっているのに、次のレジュメ集やテキストをもらうだけもらっていく人たちがいましたが、竹の会のレジュメやテキストはこれからの指導のために、無料でお渡ししているものです。入会時には、退塾の場合、テキスト等の返還をお約束いただいていますが、たいていは持ち逃げする人ばかりです。テキストは一年、二年の指導を長期的に見越してお渡しするものです。指導のためだから、お金を取っていないのです。指導を受けることがなくなったのなら、返してもらう、これはあたりまえなのです。 竹の会がテキスト代等を取らないのはそのためです。無事卒業した人たち、つまりは指導を終えた人たちが返す必要のないのもあたりまえです。将来の指導のためのテキストが指導という目的を完遂したからです。これから指導するために、先渡ししてある、テキスト等をそのまま持ち逃げするのはお止めください、と言っているだけです。

 ○難問と凡問の狭間 についての一考

 難問を解くことのリスクは、普通の問題が解けなくなることです。常識的な思考がとれなくなるからです。原則と例外が逆になってしまうのです。 凡問ばかりをやることのリスク、もたらすもの、これは脳の訓練になんにもなっていない、ということです。

 ○教科書も読めないという現状をそのままになにかをやろうとするの愚

 腑抜けた、締まりのない、生活に句読点のない、曖昧な思考の子にしてしまうことは間違いない。

 なにかと親が子を正当化するの愚というのもあります。これは過保護の正当化ということです。 

 ○何かとコスパを言う父親、母親

 こういう親は、まず竹の会には、絶対に来ない方がいい、と思います。コスパばかり追って本末転倒というのがその実体でしょ。 前提として子が天才でなければ成り立たないコスパ論理なのに、自分の子が並以下でもコスパを言う。もともと頭の悪い子はコスパなど最初からない。

 ○塾の先生を決して先生と呼ばない親のこと

 阿部先生と呼ぶ親が圧倒的に多い中で、メールとかで、「阿部塾長」とか、「阿部様」とか、呼ぶ親がたまにいる。阿部様はまだわかるが、わたしにはこの阿部塾長というのが何か収まりが悪い。こういう呼び方をした親というのは、過去には2人しかいないのだが、阿部塾長というのは、わたしには、何か、違うのではないかという響がつきまとう。何か違和感を感じてしまう。なぜだろう。わたしにはそう呼ぶ人が何か異質の価値体系の人に思えてしまう。

○「竹の会のことはだれにも教えない」という子らがいた

「先生、おれ、竹の会のこと、絶対人には教えないよ、だって、すぐ近くにこんないい塾があるなんて、わかったら、みんながおしよせるでしょ」。この言葉を言ったのは上原中の3年、平成5年前後のことだったか、はっきりしない。まあ、昔から、竹の会にはそういう子ばかりいた。しかし、やってくるのは口コミばかりでした。 奇しくもある卒業生のお母さまが、「渋谷まで明治通りを歩きました。久しぶりに竹の会の道でした。ライフも懐かしく、通りの店も変わって、何より、歩道橋を渡らず、改札にたどりつけました。あんなよい場所に竹の会があり、そこを知らずにいるなんて、本当、残念なことだと思いました。そして、…はほんと、恵まれていたなぁ〜と、思います」 「これも、小学生時代の思考訓練のたまものですね。竹の会の時間は、我が家に貴重な時間でした。」 とメールをくれました。卒業生、特に、受検に成功した親御さん、それから、現役の親御さん、特に、子どもさんが勉強にスタンスが向くようになった親御さん、の竹の会に対する気持ちは、 いやかつて受検に失敗した卒業生の親御さんにも、竹の会に感謝してやまない方たちがたくさんいました。 竹の会という塾は、よくても通われている方たちが人をつれてくるということはないのです。口コミはたいてい卒業生に限られますからね。

○欲深いものほど、人の心を、素直に見れなくなる、という言

 かつてカンニングをする子がいた。これは実はよくあったことです。そういうときは、その子にカンニングさせにくい環境を整える、そういうことをします。カンニングしても本人に意味がない、害なのだ、ということを、悟らせなければならない。ところが母親の中には、自分の子がカンニングしたということで、それはないとの前提で竹の会をたちまち敵視してしまうという特異な人格もありました。子の言い募ることを鵜呑みにするのです。それで竹の会憎しとなる。ここでは、二手に分かれる。 母親の支配が強いと、子は自分のいいように繕う、親はバカだから、塾の苦労も知らないで、塾を逆恨みする。 もうひとつは、母がしっかりとした信念を、持っている場合、こういう場合は、子は立ち直る。母が子のいい繕いを受けつけないからだ。いやその前に母が知らないことがほとんどで、子もそういことはだめだという罪の意識と向上心があるから、 こういう子は更生する。 要は、親が子と同じ土俵でしか相撲が取れない、そういう親が多いわけです。子を教育する、という位置にない。過保護というのも、子と同じレベルで子とつきあっているわけです。教育的なものは全くない。これは子を疎外する。親の節度のない、自己満足である。

⭕️禍根とならぬことを祈るばかり

 発表会だけは、実家帰省だけは絶対、ピアノだけは続けたい、そういう論理を「だけは」論理と呼びましょう。しかし、受かりたい、 とは思うようです。これに対する処方箋などないのだが、どうぞ、ご自分で思うようにやってください、 というしかない、でしょ。 とにかく合格するには、最低限、これだけは、という勉強時間というものがある。 小5の2月から365日あるとして、理想は平日5時間×250日=1250時間、土日100日として、7時間×100日=700時間、計1950時間、最大できてこれだけの勉強時間です。さてこれを様々な「だけ」論理で削るとして、どれだけの勉強時間を確保できたか、です。前にも申しましたが、試験というのは、難関になるほど、この勉強時間で決まる。普段の勉強は、本番で力を発揮する準備ための勉強です。特に、小学生の場合は、計算とか、割合とか、単位あたりの考え方とかの基本的なことに通暁しておくことが大切です。また試験というのは未知の、わからない問題が出るのが、通常の事態であり、そういう場合に、どう対応するか、これが思考力を培う、理由です。さらに、直前期の勉強は、これまで勉強したことを忘れないように反復するために必要です。勉強というのは、試験との距離に応じて、質も意味も異なるのです。試験直前に、ぎりぎりまで本番で何が出たら困るという発想で、臨床対応的な勉強をするのが、大手ですが、それは一般の人たちも同じです。違うでしょ。

 ⭕️竹の会に遅くに来て、受検に失敗、あるいは中学で伸びない。そういうお母様がたが、必ず言った言葉。「 もっと早く竹の会に来て、指導受けていたなら、 ・・・」、そう言って、竹の会を失意に包まれて去っていった。

 確かに、竹の会というのは、小4前後が、入会にはベストです。遅くとも、小4の9月が限度か。 これより遅いと、成功の確率は、一気に低くなる。 例外があるのは、天分に恵まれた場合のみである。 天分とは、知能及び実行力を言います。この2つを備えた子ならかなり遅くても合格することがあります。

 小4から来た子は育ちます。じっくりと時間をかけて指導することができるのです。小5では完全に遅いと思います。小4でも2月、3月はやはり遅い。さきほども申しましたが、これは竹の会の入会試験で合格したことが前提です。仮合格というのがありますが、仮合格でも小4早期なら伸びる蓋然性が高いのです。ただし、きちんと勉強するしつけのできた家庭でなければだめです。小4から導くというとき、じっくりと思考を鍛えていくというのは、勉強に対する付き合い方というものを訓練しているし、課題などはそのやりとりを通じて勉強の方法というもの、やりかたというものを学ばせてもいるのです。また時間をかけるというのは、自信をつけていく過程でもあります。小5に来た場合、そうしたことがほとんどできないままに、終わります。家庭が「だけ」論理の多い家庭だとさらに指導が停滞していくことになります。

 ⭕️本番には魔物がいるのか

  本番には本当に魔物がいるのか 。魔物とは、実力を発揮できなかったときに、そういう言い方をするだけで、 要は、実力がないということなのである。魔物とは、受験勉強を何かとサボってきた、そういう心の作った虚像にすぎない。魔物はあなたたち自身ではなかったのか。

 ◎7月の早稲田進学会の模試の意味

  要は、「できる」連中に混じっての力試しです。過去の合格者のパターンとして、特に、小石川、桜修館は、早稲田の模試で、常に、成績優秀者として名前をのせていたことが、例外のないデータです。5月、6月の勉強が勝負です。この時期に勉強しなくていつするのか。前にも申しましたが、9月以降の勉強は、勉強の性質が違います。いわゆる準備となる勉強ができるのは、8月までです。課題も10月には終わりです。のんびりと過ごさないで下さい。

 

 

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