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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

最低でも都立戸山/小石川中等、両国と逸材との出会い/だれでも行けると思うな/訓練しなければ、取り返しのつかないことになる

2017.07.22

 今日も暑かったですね。明日から厳しい日程が続きます。今日は少しずつですが、無理をしないように仕事を進めました。これから無理をして倒れるようなことがあればとそればかり心配しております。子どもたちに迷惑をかけるようなことになっては正直思い詰めることもありました。

 竹の会からわたしの著書「魔法の算数」が出ると言ってもう2年近くが経とうとしています。一気に書き上げた原稿をスタッフに渡したら、ダメ出しが多くて、とうとうわたしの原稿ではないほどに修正された原稿になってしまったのです。読んで見ると、書いた私でさえわからないところがある。そんなばかな、と怒って止めました。それから手直しも進まないままにここまできてしまったのです。「慶應大学理工の人たちに読んでもらったから問題ない」と言いますが、そういう天才たちに読んでもらってもしかたないのです。割合で苦しむ小学生が読むのですよ。出版社にはお金を払ってしまって、後には引き返せない。ようやくわたしの当初の原稿のままに出すことになって、この8月の最後の週の休みを利用して、仕上げることに決まったのです。あれからわたしの算数観もさらに進化してしまい、内容的には古い、むしろ今竹の会で使っているレジュメ集のほうがずっといいような気がします。しかし、とにかく書き上げてしまい、もう終わりにしたいと思います。今度こそは、出版社に渡したい、そう誓っております。

 1日7時間ということをこのブログで書いたせいか、小4の親御さんから、できるだけ7時間やらせたいから、何をしたらいいのか、という質問がありました。正直小4の7時間は想定してはおりませんでしたから、少し慌てました。割合がある程度進めばいろいろとレジュメを課すこともできると思うのですが、まだ初歩の段階では、かなり制約があると思うからです。それで考えたのは、漢検、文検、それから論理エンジンですね。国語をしっかりやるのはいいと思うのです。それから夏休みは課題をお休みにしていますが、7時間やるのであれば、課題を出してもいい、と思いました。そんな熱心な小4ならわたしも応えなければならないと思ったのです。

 竹の会では、伝統的に7回解き直しということをやってきました。これをやりきるには、10月までには規定のレジュメを終わらせ、11月以降は解き直しに専念できるようにしなければならない。今夏は小6には、竹の会のエース級のレジュメを投入するつもりです。さて何人が落ちこぼれることなくついてこれるのか、わかりませんが、一日7時間やらない子から落ちていくと見ています。

 7回解き直しということのほかに、竹の会では、7回まわす、ということを指導してきました。特に、中3受験生にですが、7回読むとして、1回に時間をかけてはならない、のです。読み方のこつは、まず1回目は、ざっと読むことです。細かいことはすべて読み飛ばしてけっこうです。目次とか、大きな字で書かれた言葉とか、見出しとかを読んでいくのです。こつは2回目と回数を追うごとに細かいところを読むようにすることです。1回目にあまりにも時間をかけて、何か月もかけては、だめです。一気に読むのです。飛ばし読みでけっこうです。

 中3には、大学入試では定番の参考書を渡しました。夏休みに7回回すことを厳命しております。実は、とっておきのいい英語の参考書があるのです。夏が終わる頃もしわたしの課したノルマを果たしたなら、とっておきの本を教えます。それから「入試英語指導案」も7回です。竹の会のこのテキストは27年戸山合格者が国学院久我山を受けたときに、英語で9割以上とりましたが、彼曰く「先生、このテキストからほとんど出ましたよ」です。そうなんです。わたしの英語テキストはそうなんです。28年戸山合格者がほとんどやらずに久我山を落ちたことは記憶に新しい。どうか、わたしの指示を確実にこなしていってほしい。

 ◎仮合格者や不合格者で入会仮許可した子たち、そして合格したけれど勉強に身が入らない子たちへ

 わたしはあなたたちが勉強する限り見捨てることはありません。もし7時間の勉強を実行してくれたら、どんなにうれしいことでしょうか。わたしは必死に努力する子を見捨てたりすることはありません。見捨てるのは勉強しない子です。あなたたちがまじめな子たちであることはわかっています。でもまじめだけではダメなんです。勉強しなければ竹の会にいることはできないのです。正直「勉強してないな」という子がいることは実感しております。そういう子については、夏の終わる頃、お断りすることになると思っています。見捨てるということです。そうとられてもいい。竹の会にくる人は勉強する人でなければならない、それだけは譲れないのです。

 ◎塾に行かないということのもたらす結果

 竹の会には、小6とか、中3、中2などの問い合わせがよくきます。そのほとんどはスタッフ対応でお断りすることになっています。わたしは常々言ってきましたが、竹の会に来るタイムリミットは、小4の夏前後までであろうか、と思います。小4にくることの意味は、そのほとんどが小5になってきた、現小6のみなさんにはわかるはずです。小4で竹の会で徹底的に鍛えられた子たちが、小5に頭角を表してくる、それは、小5にきた子たちが小6になって息切れしていくのと対照的です。時間が足りないのです。計算とか、割合の基本とかを小4の時に徹底的に鍛え抜いておくこと、その意味は、もたらす結果はあまりにも大きい。

 小4期、小5期を勉強もしないでだらだらと過ごすことの意味はあまりにも大きい。将来を食いつぶしていることに思い到らない親がなんと多いことか。塾に行かなくても、チャレンジやったり、Z会やったり、といろいろやっている家庭もあることは知っています。大手塾に行ってもバカに拍車がかかるような子ばかりですから、塾に行かないという選択もわからないわけではない。しかし、いずれにしても、取り返しのつかない、子どもの未来を潰していくことには変わりはない。あなたたちは、子どもを訓練する、鍛えるということの意味がまるでわかっていない。竹の会で訓練を経験したみなさんには、わたしの言う意味がよくわかることと思います。子どもというのは、指導者がいて、指導者が鍛えるのでなければ意味がないのです。子どもの自主性に任せるなんてばかなことをしていてはだめです。子どもは小4の早期に鍛え抜く、これしかないのです。特に小4が大切です。小5では遅いのです。小5は開花させる時期です。小5にきて基本からでは遅いのです。小4に鍛える、訓練する、これがすべてです。ところが、世の親は小4には習い事、稽古事にもう夢中ですから、勉強は、それらと同じメニューのひとつに過ぎない。

 違うでしょ。勉強というアクセルはひとつしかない。もう踏むしかないのです。アクセル離してなにをしているのですか。

 ◎故郷へいつの日帰る

 お父さん、今年の夏は帰る、と言ったけど、やはり帰れそうもありません。あなたが会いたがった孫たちはもうそれぞれに社会に出て責任ある仕事に就いております。わたしの一存ではどうにもならないことがわかりました。秋にはどうか、と思い巡らしたけど、わたしはほとんど休みもとれないままに仕事に追われています。いったいどうしたらいいのでしょうか。思えば、母が白血病で余命1週間と宣告されたときは、12月のことでした。冬期の準備と冬期の指導に追われて、合間を縫って帰郷しまたね。あの時は大分空港までなんど往復したことでしょうか。わたしは大分空港の待合室で溢れる涙を拭おうともせず泣きました。母の最後を看取ることができなかったことが、今になってわたしを苦しめています。塾の先生になったことがこれほど恨めしく思えたことはありませんでした。母は塾生のことを気遣い、わたしが東京に帰る日、悲しそうに私を見ていました。それから2日後母はこの世を去りました。死ぬ前日電話したら出てくれました。「たけちゃん、また明日」と言って電話は切れました。こんなこんな理不尽なことがあるのか、とわたしは泣きました。

 わたしの仕事机には、母の写真が飾られいつもわたしを見ています。母が手書きした封筒が母の写真に貼られていいます。中には母がくれた一万円札が入ったままです。母のくれた一万円札がなぜか手をつけられずにいつも母の預けています。

 お父さん、あなたの会いたがっていた孫は連れて行けないかもしれません。でもきっと帰ります。わたし一人でも帰ります。小学生、中学生、そして高校生の時代を、苦しかった日々を過ごした故郷、いつも母が心の拠り所でした。高校時代に好きになった同級生はどうしてるのかな、中学時代に片思いだった同級生はどうしてるのかな、小学時代の初恋のひとはどうしてるのかな。思い出の故郷、いつか昔の風景を思いだしながら子どもの頃歩いた道をゆっくりと歩いてみたい。ずっと思い続けてきました。

 

 

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