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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

最低でも都立戸山/小石川中等合格の鉄則/子どもに一番大切なことを蔑ろにする親の罪

2017.04.30

 おはようございます。本日は4月最後の渋谷A指導日です。空気が爽やかな五月晴れです。すでに初夏の片鱗も見え隠れし日中は25℃に達する勢いです。連休にはお出かけする家庭も多いかと思いますが、みなさまお気をつけてこのいい季節をお過ごしくださればと願っております。

 特に、男の子に多いようですが、女子にもいます。いや「字が汚い」子の話しです。ていねいにゆっくりと書けないというのは小1前後の訓練の欠如なのでしょう。公文をやってたという子に字が粗い子が多いのは問題を「早く仕上げる」ことに重点がおかれて、字そのものの訓練に注意が払われなかったせいかと思います。筆圧が弱い、字の体を成していない、妙な癖字を身につけてしまっているなどとにかく自己流の癖字を身につけてしまった子たちが小学高学年になってしまうともはや救いの道はないのかもしれません。もう30年以上見てきましたが、字の汚い子は中学生になってまともなノートが作れない、ということが致命的なように思います。なんとか克服しようとした子たちはいまして、わたしの記憶の中には、ひどい悪字の子が都立青山に合格した例が2つほどあります。一人は明大へ、もう一人は東京理科大へ進学しました。この2人はとにかく酷い字を書きましたが、中学生になって自覚的にていねいに書くことを心がけていたように思います。しかし、それでも実に読みづらい字でした。

 子どもに字を覚えさせる、つまり訓練する時期というのは、小学1年の時なのではないか、と思います。このときにゆっくりとていねいに書かせる訓練をすることです。決して急がせてはならない。習い性(ならいしょう)と言いますが、この年齢の時に身につけた習性がその後の人生を規定してしまう。世阿弥の「風姿花伝」には確か7才を芸事始めの時期としていたように記憶しております。大切なことは親がこのときにしっかりと見てやるということです。字が汚いという子のほとんどの原因は小学1年のときに、親がそのへんの自覚がないためか、子どもの自由にまかせていた、ということにあるのではないか、と思料しております。

 中学受験をやる子の親は特に国語や社会、理科についてつききりで勉強を見ている場合が多い。これは大手の塾がそう指導しているせいもある。確かに、国語なんかは幼い小学生には親がいっしょにやるのは効果が上がるようです。ただ中学受験の親というのはかなり異常な親が多い。学校説明会なんか毎年のように十数校以上回って、ママ友間の情報交換も盛んで、受験情報ばかり豊富でいつも軸足がない、つまりぶれている。わたしから言わせれば学校説明会でいろいろ情報を仕入れるのはけっこうなことですが、正直そこで得た情報なんか受験成功になんの関係もないと思います。問題なのは実力の掛け値です。掛け値の実力がどれだけあるか、ただそれだけのことです。いかにして実力をつけるか、そここそが塾の先生の関心事です。傾向がどうのとか、何を重視しているとか、そんなことが実力を左右することはない。しっかりと腰を据えて勉強しなさい、ということです。

 そもそも中学受験をやって第一志望に入れなかった親子というのは使いものにならない場合がほとんどである。大手で2年ないし3年間も情報に翻弄されてじっくりと基本訓練をしてこなかったことの弊害は救いようがない。考えるということがまずできない。勉強というものは常に他人に教わるものだという意識が骨の髄まで染みついている。いや私立受験をする子たちというのは頭はなかなかにいい子が多いのですが、素直な勉強姿勢というものが失われ、すぐに値踏みする癖が身についてしまい、適当に頭がいいので、なにもしないうちから先読みし無駄だと決めつけやらなくなっている。やっても無駄だと先読みして何もしなくなる。

 勉強の基本は教わることから学ぶのではない。まず書いてあるものを理解できること、これがスタートである。文章というものを読み取り、そこに何が書かれてあるのかを理解すること、これがまず第一歩である。文字を覚え、ていねいな文字を書くくせをつけ、次には、読む訓練をする。読むとはただ読むのではなくて、意味を理解することである。小1の時期に親がゲームなどに寛容なのは考えものである。ゲームばかりやらせて、字をせかせかと書くくせをつけ、本も意味内容も考えないで読むくせをつけてしまってどうするのか。バカを作る気ならかまわないが、それは子の未来を親自ら絶望にすり替えることにほかならない。

 小4期から、中学受験ではなくて、都立一貫校受検を志し、大手などの塾に通うということはごく一般にあることです。が、これには実は落とし穴がある。受検をしない親子というのがまた陥る罠というものがありますが、それはまた触れるとして、都立中受検で大手にいくことは自分の子を真のバカにする危険をはらんでいるということは知っておいたほうがいい。

 この時期にしなければならないことは、思考するということを学ばせること、そこから勉強のスタンスというものを確立させていくことです。じっくりと机について考えるという姿勢を身につけさせることがなによりも大切なことです。私立受験の子は塾の講師からいつも授業という形式で教えてもらい、家では予習とか復習とか、そのために家庭教師をつけたりと自分でじっくりと考えるという基本的なことができていないのです。わたしは都立中の受検というのは未熟な子どもの頭の中を換骨奪胎するにはいい機会だと思っています。適性問題というのは実は幼い小学生にはかなりに難しい。そういう問題を考えて解けるほどになるまでには、それなりの思考訓練というものが絶対にいる。わたしが提唱するのは小4期からの訓練開始である。竹の会ではまずとにかく計算を徹底して訓練する。3か月ほどで難関私立の計算問題も解けるようにする。またここで躓くようでは指導はできない。計算をこなせるようになっても計算は朝飯前のトレーニングとして欠かせないけれど、メインは思考養成に移る。思考育成には「割合」概念の立体的な理解をめざすことがもっとも効率がいい方法である。竹の会では、通常小4の2月入会なら小5の5月、6月あたりに割合指導が開始して小5の1月までの8か月ないし9か月を割合指導にあてることになるが、この期間の短いことは実際に体験してみればすぐにわかることである。やはり小4の4月に計算訓練を始めて7月には割合開始というのがいちばんいい。小4の間に思考育成を始めるのである。小5というのがまるまる1年間つかえるというのがいい。小5の後半とか、小6になってやってきてもその遅れは否めない。大手に1年ないし2年いたという子で満足に計算できる子を見たことがない。また「割合はわかっている」などと言うのが大手の子のお決まりだが、竹の会の簡単な割合の問題をまるで解けないのも大手の子たちだった。そもそも割合の教え方がダメです。竹の会ではわたしの開発したミクロマクロ法でたちまち子どもたちが割合思考を身につけていきます。これは驚きのようです。ここまで思考開発の技術を開発した塾がいったいどこにあるであろうか。東京のみなさんは竹の会の指導の中身を知れば驚くにちがいない。あっという間に高度な計算ができるようになる子どもにびっくりするかもしれない。たちまち難しい割合の問題を解く、考える姿に仰天するかもしれない。竹の会は思考開発に卓越した方法と成果を所有しています。多くの大手一辺倒のみなさんはそれを知らないままに、自分の大切な子どもをバカ育成システムに何も考えずに投じてしまうのです。この時期に思考訓練しなくてどうするのですか。小4からどうでもいいテキストを宝物のようにして予習復習をまじめにやって、ものわかりのいい、人当たりのいい講師にいい雰囲気で教えてもらい、あれこれと特別ゼミとか特別対策にカネを注ぎ込み、いきなり適性類似問題を解く、なにしろ割合なんかテキストの一項目、せいぜい2ページほどで「終わりました」というのが関の山でしょ。いったいいつ思考訓練はやるのですか。こういうシステムでできるのはもともと頭のいい子だけです。この点は中学受験も同じです。あれは天才をどれだけ集めたかの競争です。どこの大手がいいなどと愚にもつかない、母親がピーチクパーチク囀っていますが、天才を集めた大手が勝ちというだけです。それでは大手にノウハウはないのか、というとそうではない。大手が優れているのは教材です。機動力と資本でいい教材を作っています。講師だって東大出たといういい講師もいます。わたしが言いたいのはそういういい教材も優れた講師も、みな天才には「いい」と言っているだけです。並みの子たち、凡才はバカになるだけです。これが都立中受検だともっと悪い。思考訓練というものをやらないからだ。この点では、塾に行かない子たちも同じで、小4期の訓練の大切さはその子の将来を規定するほどの意味はある。竹の会は学校の優等生を相手にしている。通知表で「よくできる」が8割はある子たちである。こういう子たちが何も訓練しなければただのバカになることは目に見えてわかっている。8割に満たない子を指導するのは難しい、というのは前提である。竹の会というのはそういう塾であり、できない子たちが来るところではない。

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