画像
都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

本年の指導概観(1 )都立中学入試編

2021.02.25

 

竹の会 本年の指導概観(1) 都立中学入試編

    合格を確信するとき その根拠となるものを求めて
 基本方針
 1 算数力を極めよ❗️
 2 多層問題に絞れ❗️

 勉強する気のない人間は、速やかに竹の会を去るべし‼️

 竹の会は、合格を最優先した指導に特化したい。
 わたしには、今年の受検は、わたしの信じていた、ある仮説を検証する、大切な実験であった。
 一つは、過去問合格法は、使わない、使わなくていい、という仮説
 そして一つは、レジュメの質が、高ければ、量は少なくていい、という仮説
 である。
 それから、二つ目のレジュメの質論について、どのような質のものが、もっとも効率よく、すなわち少ない量で最大の効果をあげられるか、について、私はある意味、実験をしようとしていた。長年合否の狭間に身を置いてきて、私の心の中に、ある何かが合否の鍵になっているのではないか、その何かが分かれば、そういう思いがずっと何年も燻り続けていた。そのある何かの正体がわからない、いやはっきりと特定できないままに、何年が過ぎたことか。令和2年、過去問合格法が機能しなかったのはやや衝撃であった。私はその原因について本当に何度も分析を繰り返した。25年の合格は、初めて挑んだレジュメだった。ワード版から難しい数式ソフトに切り替えた年である。この年に作った「算数をクリアーにする」と「竹の会入会テスト第1類」で、小石川、白鷗、桜修館と5人中3人が合格した。わたしは、あの時の合格は何だったのか、よく考える。今から考えると、あれだけ少ないレジュメで、受かったのだ。あの頃、子どもたちは、本当によく考えた。一回に2〜3通のレジュメ、子どもたちはその日の指導をそれを考えるだけで終わった。わたしは、明日(次)の指導に備えて、レジュメを2通ほど用意したものだ。まだ当時は、算数のレジュメは少なかったけど、それで十分足りていた。竹の会で合格レジュメのひとつ「2010算数}はこのときはもうあった。子どもたちは、いつまでも考えた。わたしは、あの時の指導を思い返していた。子どもたちは、与えられた、出来立てのレジュメをただひたすら考えていた。時間は少々かかることはあっても必ず合格はんこを取っていた子が受かり、時間がかかり、しかも不合格はんこの子が落ちた。読解のいい子が受かり、読み取れない子は落ちた。ただそれだけだった。
 万人に通用する方法なんてない。そんなものはないのだ。都立中入試は誰でも受けて受かる試験ではない。7倍なら、7人受ければ、6人は落ちる。7人中6人が解けない問題、そういう問題を想定しなければならない。だから、解けない者は落ちる。仮に、解けなかった問題を解き直しして解けるようにしても合格はしない。それでどんな問題も解けるようになったわけではない。その解けなかった問題が解ける、同じ問題が解けるようになっただけだ。あなたたちは、別に過去の問題を、解けるようにしても、入試は、過去の問題から出るわけではない。過去問は、二度と出ない問題のリストだ。過去問は今の力でどれだけ解けるかを調べる意味しかない。過去問が危険なのは、志望校の過去問を繰り返しやることで、同じ問題が出ると信じて疑わない頭にしてしまうことである。もともと同じ問題など出るわけはないのに、試験後必ず「新傾向だった」、「予想外だった」、「できなかった」などと言う。必ず言う。志望校の過去問を繰り返しやってはいけない。過去問は参考程度に眺めるだけでいい。
 入試は選抜試験である。これに勝つには別の何かが必要である。もちろん強い意志は必要である。しかし、それは根拠のない自己肯定感ではない。またあまりにも自信のない、自己否定感でももちろんない。自己否定感、つまりマイナス思考の人間は試験には向かない。
 わたしは、何が出されても、動じないで、その場で、その現場で、冷静に判断して切り抜けられる人材を作りあげなければならない。それが、考えさせる指導だ。しかし、闇雲に、考えさせても、そういう人材は育たない。
 そうなのだ。質のいい、良問中の良問で思考を鍛えることなのだ。最初は、単層の、つまり単純な、しかし、基本原理の理解を試す問題、割合、単位あたり量などの基本概念の本質を突く問題に、制作基準を設定する。二層問題とは、過去問の中から、解決には、先ず先決問題、ないしは前提問題を片付けなければ、解けない構造になっている問題をいう。もちろんこれは私が勝手にそう呼んでいるだけで、世の中の標準ではない。したがって、三層問題とは、前提の前提、先決の先決を要する問題のことである。ここから私は私の制作の方針を5層問題に置いた。そして私が多層問題と呼ぶのは、5層を念頭に置いている。
 わたしは、この多層問題こそが、わたしの求めていた答えなのではないかと考えた。今年の受検直前の1月の指導において、わたしは11月から12月にかけて制作した、多層問題をぶっつけた。「合否判定レジュメ」と名付けた。全16問。1問作るのに、構想の期間を入れると3日前後かかった。
 今年の受検では、過去問コピーは一切やらなかった。もちろん私のレジュメは都立中高一貫校のすべての過去問が取り入れられているから、過去問を無視しているわけではない。過去問をやることの弊の方が怖かった。子どもの脳はすぐに染められる。先入観で埋め尽くされる。子どもには予断を持ってほしくなかった。わたしは現場思考、冷静な心を大切にしたかった。量を追えば必ず思考は破綻する、停止する。子どもの思考を生かすには、一回の指導で、多くて3問、理想は精々2問だと思った。いや傑作問題なら1問だけで子どもの脳は飛躍的に伸びる。
 私はある何かを確認したかった。その正体をはっきりと確認したかった。だから今年の受検は、わたしの実験だった。こうやれば受かる、そのことを確かめたかった。多分、おそらくこうやればいいはず、そういう成算はあった。しかし、これまでやれなかったのは、怖かったからだ。だから、過去問合格法で補強したり、大量のレジュメを投じたりした。しかし、子どもたちの能力がついていかない。子どもにはたくさん、大量には使えない。使えば毀れる。子どもの脳の取扱説明書には、そう書かねばならない。
 もちろん次に試したい実験はある。
 理科、社会で試したいこと、国語読解で試したいこと、そして本年の多層問題製作で試したいこと、試したいことはいろいろある。私には合格実験をしたい、試したいことが山ほどある。

 そして究極的には、合格の確信をわたしの中で客観的に確実なものとしたい。これだけやれば合格できる、わたしの多層レジュメに合格すればそれは合格の証しとなる、わたしはそういうレジュメをめざしている。

ページトップへ