画像
都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

模試で点が取れなければ普通は受からない!都立日比谷・戸山・青山指導/都立中高一貫校指導/桜修館・小石川・白鷗・両国を熟知した指導

2021.10.19

 

◎模試で点が取れなければ普通は受からない!
 竹の会の37年の歴史で、それは一つの真理としてある。V模擬C判定で受かった例ならいくらでもある。C判定とは、合格可能性40%という意味合いである。常にC判定というのはだめと思うが、ときにB取ったり、Aもあったという中での Cなら心配ない。ずっとCしか取れない、いやDとったり、Eもあった、となるとほぼ無理かと思う。かつて最後にE判定で都立青山に受かったことがあった。しかも本番の数学20点台だった。独自問題制度ができて3年目だったか、そういうことが幸いしたのかも知れない。
 渋谷教室になってからは、S判定やA判定を取る生徒が普通だった。竹の会では、昔から、過去問を使った実戦形式のチェックがしつこいくらいに重ねられた。これで合格点を取れなければやはり本番は無理と判断するしかなかった。子どもたちが、実際に問題を解く、そこで感触を観る、実力を測るということもわたしには大きな判断要素であった。
 模試のデータを読む!
 これはなかなか難しい。高校入試の都立だと、内申の兼ね合いがある。内申が良ければ偏差値はその分低くてもいい。逆に、内申が低ければ偏差値は高くなければ受からない。内申が高いためにギリギリ圏内に入っているとする。この時、模試が受験者平均点より低いときは危ない。実力が足りないと見ていい。本番の問題の難度が高いとその分合格最低点は下がる。ただその場合でも他に今年は特に易しいという科目があれば結局トータルとしては変わらないことになる。
 本番で社会で失敗したとか、理科で失敗したという場合、たいてい落ちている。
 理科社会はすべての都立で共通問題である。だから独自校を受けた生徒が理社で失敗したということを言うなら、それは、共通問題校を受けたとしても落ちている。つまり、独自問題出題校を受けるのはもともと無理だったということである。
 駒場、小山台などの共通問題校は、内申が特別に良くなければ合格はほぼない。なぜって、共通問題は駒場クラスになると英語数学国語は最低でも90点前後は取るからである。理科社会勝負は変わらない。つまり一般得点では差はつかない。つまり内申の高い者から順に受かる。
 この点、独自問題出題校の方がやや幅がある。それにしても独自問題出題校は、理科社会を90点は取らなければ合格はない。
 私は、受験指導歴37年になる。
 トップ都立の指導のプロと言ってもいい。しかし、私の指導の本質は、大手の得意とする難関私立にあることは、隠さない。
 そういう子が竹の会に来れば、わたしはわたしのやり方で難関私立、難関国立に必ず合格させられる、そう思っている。しかし、受検に失敗した、もともと優秀だった子も竹の会を去って、大手に行くことがほとんどである。
 あなたたちは私のことをちっとも知ってはいなかった。もともとわたしは小学生指導が専門ではなかった。私の専門は、いや得意は高校受験なのだ。それも決してトップ都立に限らない。私なら自由にやらせてもらえれば、筑駒や開成に確実に受からせることができる。私の確信である。
 世間の皆さんが私の、竹の会の真実を知らないだけだ。ただ知るのはほとんど不可能ではある。
 だから竹の会のような弱小塾にはわたしの指導したい逸材は来ない。
 早稲アカ、Z会、サピックスなどにみんな行く。
 そんなところに行くよりも私の指導なら、とよく思う。
 私なら、私の指導なら、駿台模試で全国一番をいとも簡単に取れるのに、とよく思う。
 だから世間の皆さんは、わたしのことをなにもわかっていないのだ。竹の会に通わせていてもわからない。私が高校入試の専門家だという、真の意味をわかっていない。
 その気になれば開成だって筑駒だって取れるということがわかっていない。だから早稲アカサピックス、Z会みたいな大手有名進学塾に迷わず行くのだ。
 誰も私の本当のことを知らない。私は本当は天才の指導を最も得意とする。天才を育てる、全国1番にする。これがわたしの天職なのに。
 模試で点が取れなければ受からない。
 だから、わたしは模試で点が取れるように指導している。しかし、それでも点が取れないのなら、受検は無理と諦めた方がいい。受検は能力のある者の選抜である。すべての子が平等に同じ能力があり、努力で決まるということにはなっていない。試験選抜は最初から不平等にできている。なのにそこがわからない親ばかりである。そこは親としては認めたくない。諦めきれないのだろう。 

 大手の正体見たり!
 最近、大手のテキストをいろいろ読ませてもらっている。ネットで簡単に手に入る。便利になった。読んでの感想は、さすがに情報収集とそのテキスト化はすごいなと率直に思った。
 ただテキストの典拠は、過去問に尽きるようだ。思ったのは、これでは、天才諸君が、他の天才諸君に抜きん出るのは難しいのではないか、ということだ。どんぐりの背比べになるのかと思う。大手の限界と正体を見た。私なら、私の手がけた天才なら、どんぐりの背比べの天才を牛蒡(ごぼう)抜きにして、一気に一番に躍り出る、ことは間違いない。何がいけないか。難関校の過去問で鍛えるのは、そのまま天才諸君の能力差をさながらに反映するだけであると思う。
 高校入試、特に、難関校入試の特殊性は、大学入試のように、広い範囲から出すということができないところにある。さらに、大学入試を意識した指導の方が絶対に爆発的な力をつけられる。高校レベルに拘泥した指導では天才どうしの戦いでは、能力差がそのままに反映する。
 それに大手は中1、中2から難問を与えるが、これははっきり無駄である。中1、中2は、一気呵成に終わらせて、中3履修事項に時間をかけるのが正しい。しかも、この中3は中1までに終わらせることである。
 これ以上詳しく述べることはしないが、私なら大手を遥かに凌駕した方法で、全国一位を取らせることができる。ただし、これは天才の指導の話しである。
 竹の会に天才は来ない。滅多に来ない。せいぜい都立中に落ちた子がたまたま来てくれる場合だけである。少し頭がいいとすぐ調子に乗って、竹の会ではだめだ、と大手に行く。わかっていないのだ。私が大手を遥かに超えた手腕の持ち主だということが。
 私のことを見抜けなかったのは、それだけの能力だったと言うことだけの話だが。

ページトップへ