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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

武蔵小杉/都立戸山、青山に受かる/都立中高一貫校を極める/子どもはペットではない

2019.09.03

桜吹雪

第7章  子どもはペットではない

 美味しいもの食べさせて、喜ぶならなんでも買ってやる。これって育ててないですよね。今の親は、どうも覚悟がない。このわがままに、まっ、いいか、これが今の親の最終の態度である。みんながやっていると安心する。みんなの選択に感化されやすく、大勢に流されやすい。最後は寄らば大樹の陰、と無難な選択で一件落着する。大手や地元塾に落ち着くのは親のそういう力学がはたらくからである。子どもの甘えにはどこまでも弱い。子どもが欲しいと言えば最初は拒絶しても結局買ってあげる。子どもが嬉しそうな顔をしているのを見て心から癒されるのであろう。子どもを心から愛しているのはよくわかる。しかし、それは本物のそれではない。ペット並みに可愛い、と思っているに過ぎない。ペットは将来独り立ちして生活するということはない。それどころか飼い主が死ねばたちまち殺処分の運命にさえある。自分の子どもをペット並みに育てて、どうなるのか。将来、社会で抹殺される。癒しというのは子どものためではない。自分のエゴを満たすためである。ペットなら将来殺処分とならないために、ひとりで暮らせるように訓練しておく、などという発想はない。しかし、子どもは、当たり前なら親が先に死ぬ。先に死ななくても、青年になれば、独り立ちしていかなければならない。ところが、昨今は、親の無自覚が生んだ、ニートやら、パラサイトやらと、子がひとり立ちしないで、30過ぎても、親の世話になる。学校は不登校、学校出ても働かない。年金生活の親がいい歳した大人の世話をする。そういうことが、普通にある。過保護と甘やかしの行き着く先はそうなるしかない。ここでも、まっいいか、である。親が元気なうちは、まっいいか、でも通るけど、高齢の親が、まっいいか、ではなかろう。
 何が、間違っていたのか。親に子どもを自立させるという自覚がなかったからである。子どもは厳しく突き放さなければならない。独り立ちとは、自分で稼いで、自分の稼ぎで生活していくことである。
 ペットとの共有時間が永遠に続かないのは、知っていても、子どもとなると時間は止まる。決して子どもを突き放すことはない。まっいいか、である。最近、「時間は存在しない」という本を読んでいる。時間の流れが、同じだと思っているのは、誤解で、時間の流れは、相対的なものである、らしい。まだ途中なので、読み終わったら、また考えてみたい。ペットを愛でる人たちに流れる時間は、緩やかなものなのだろうか。ただ子を訓練するという発想のない親は、いずれ子に超え難い挫折を味あわせることになる。それこそが、過保護な親が唯一子に遺すことになるであろう、負の遺産である。既に子は不登校という、ニート、パラサイトの前段階を当たり前のように、親に保護を求めて止まない。共感性の欠如、社会適応力の欠落、過保護による自意識の肥大化、甘やかしによる依存性の偏重と子の甘やかしのつけはあまりにも大きい。子は深い愛で包み込むとしても、表面上は、突き放す、ことが、最大の教育である。親は、将来の子どもを想定して、訓練しなくてどうするのか。中学にもなって、毎日学校から帰ったら寝転がってテレビを観るとか、ゲームに溺れるとか、ありえない。なんという甘えの浪費であろうか。親は、子が中学になったら、もう親の言うことなど聞く耳を持たないということを前提してかからなければならない。子どもが、親の命令に素直に従うのは、精々小5までである。小6になるともう反抗の芽が出てくる。親は子が小1前後には字を正確に書けるように訓練するべきであるし、小2〜小3の間は、計算、読み取りの訓練をそれこそ日々欠かしてはなるまい。早ければ、小3、特別早ければ小2から、竹の会で訓練することを薦める。竹の会のような訓練のできる塾はおそらく東京にはない。そうなのである。竹の会は、絶滅危惧種なのである。
 竹の会が、どこにでもあるような塾でないのは、入って初めてわかることである。あっ、そうだったのだ、と納得する。こんな塾はもう二度と出てこない。それが本当に「そうだ」とわかるのは、竹の会の指導を実際に受けた子、したがって親のみである。百聞は一見にしかず。あなたたちが、頭の中で「こんなものだろう」と短絡する、陳腐な想像とは、あまりにも乖離していることを、悟るに違いない。竹の会を知らない人間が、ああだ、こうだと批判するのは、ただ気に入らないと言っているだけでしょ。想像だけでものを言っても、竹の会の真実は何もわからない。そういう人間は的外れのことを言って満足してればいい。竹の会にちょっと通っただけですぐ止めた人が、何かを言っても竹の会を知らないのだから、竹の会が、どうのこうのという立場にはない。止めるのは、子どもがうまくいかないからであり、それ以外は、経済的事情と、子どもの特殊な事情があったという以外はあり得ない。
 「竹の会まで遠いから」、「まだ低学年なので」、と折角の入会のチャンスを生かさなかった親子というのは、これまでに何人かいた。決まって親は子に甘く、過保護気味である。小4、時には小5さえもこの親にかかればそうなる。ひとりで電車を乗り継いで通うということに抵抗があったのだろうか。結局地元の塾に落ち着く。この親には、塾ならそんなに大差ないという観念があるのかと思う。竹の会をその辺の巷塾と同列に天秤にかけた時点で、この親の誤解、勘違いがわたしにはよく見える。竹の会に対する、底の浅い理解で、スルーしてきた母親たちがどれだけわが子の未来を満足する結果に終わらせたのか、聞いてみたいものである。安直な教育観も気になる。
 まず、竹の会では、小3でも、電車やバスを乗り継いで通ってくるのが普通である。これは親御さんも最初はかなり不安であったと思いますが、駅の改札で待つとか、帰りだけお迎えに行くとか、いろいろと苦労されて、いることはわたしも知っております。
 わたしが驚くのは、電車通塾の隠された、大きな意味です。入塾当初はなんともたよりなさそうな、か弱そうな幼い感じの子が、半年、一年と電車などで通ううちに、随分と逞しくなっていく、ということでした。心配症の親は、結局子どもを何事にも消極的な、マイナス思考の、か弱い子に育てている、ということです。わたしは、子育てというのは、突き放しが本質だと思っています。確かに、心配です。危険です。しかし、それ以上に子どもを内に取り込むことのマイナスがあまりにも大き過ぎる。内に取り込まれた子は、結局、社会を知らないが故に、不登校気味になり、共感性の欠如の故にいじめに遭うリスクも高い。社会から隔離するような育て方はしてはならない。子どもはできるだけ外に触れさせる。そういう意味で、遠くから電車やバスで竹の会に通うことは、大きな社会勉強になっている。子どもたちは世の中に危ない大人がいるということも電車やバスで学ぶ。実践社会学である。だからまだうちの子には無理とかいう親が、地元の駅前塾に通わせて安心するというのは、塾ならどこでも同じという大きな誤解とともに、子をスポイルして、隔離することによって、何事にも消極的な、何もしない子に育てる、ことになる。
 竹の会は、その辺の塾とは、まず質が違います。旧態依然とした、塾の体裁をとっていません。つまり、大手のような大層なテキストなんかない。そもそも授業がない。十人いたら十人子どもは皆能力は違う。これをまとめて単一の授業なんてできるわけがない。特に、小学低学年は、発達段階がみな違う。未分化な脳が開花していく時間はピンからキリまで、ゆっくりのんびりの子もいれば、速い子もいる。これを同じ授業でやれるわけがない。そういうところ、大手なんかに入れる親、ばっかじゃないの、と思う。
 わたしは、塾が子どもの能力を伸ばすには、どうすればいいのか、悩んできた。竹の会が高校入試専門から、小学生高学年の指導に完全にシフトしたのは、公立中高一貫校制度が始まった平成18年前後のことでした。平成19年に竹の会が初めての受検生を倍率11倍の九段に合格させた時、わたしも僕もと九段を受けたいという小学生が集まったのです。全員小6でした。わたしはこのとき公立小の子どもたちのレベルを知ったのです。6年生というのに、通分ができない、説明してもたどたどしい。割合の説明は、本人には、ちんぷんかんぷんで、「先生が何を喋っているのか、さっぱりわからない」という、そういう子たちで溢れていました。こりゃーひどい、そう思いました。このときから、わたしは、小学生指導の必要性を痛感し、公立小の子どもたちに、割合を楽に理解させる方法について、研究を始めたのです。しかし、それは苦悩に満ちた、失敗の連続でした。わたしは子どもたちの反応を見ては、新たにレジュメを作る、また試す、理解の深浅や、子どもたちの反応を見ては、究極の方法を探し続けたのです。朝、目が醒めるとすぐにヒントが、アイデアが浮かぶ。それをすぐメモして、またレジュメにする。そして子どもたちに試す。苦しい日々でした。平成23年に指導した二人の男子が、「先生、ミクロマクロはすごいですね。あれで割合がわかりました」と感動を露わにした。わたしはこの言葉にドキュンと撃たれた。たくさん試したレジュメ、その中の一つ。わたしは帰るとすぐにパソコンを開き、そのレジュメを開いた。「これか」、それで、そのレジュメの方法を新原稿に片っ端から書いていった。もうこれでもかというくらい、作った。

 これをきっかけに、わたしは、さらなる小学低学年の指導法についても、研究をするようになった。小4前後を導く方法は確立された。問題は、小3である。難しい。使える言葉が少ない。限られた言葉で子どもを導くことの難しさがある。子どもの知能によっても成否は変わる。失敗した子もいた。うまくいった子もいた。不安定だった。わたしは、小学低学年向けのレジュメの開発に没頭した。と言っても、竹の会に来てくれるのは、小5以降からばかり。東京の親たちの意識は低い。わたしの本音は、小3から。しかし、東京の親は、小6前後でいいと思っている。かなり乖離があった。譲歩して、小4の2月募集としたら、誰も来なかった。たまたま来た親は、入塾すると、決まって、もっと早く来るべきだった、と後悔した。しかし、だからといって、早くから来るという人か増えることはなかった。
 わたしは、東京のみなさんに、小学低学年からの指導の必要性、重要性、緊急性について、訴えてきた。しかし、過保護な親、心配症の親、甘い親は、遠くから子どもを通わせることに、かなりの抵抗があった。だからそういう理由で断られたこともよくあった。「地元の塾に通う」と言ってきた。わたしは、その選択は、二重の意味で、取り返しのつかない失敗になるであろうことを確信していた。まず、子どもの心に、心配バリアーをかけたこと。それは「危ないから」といつも親がブレーキをかけることで、見事に社会への消極的性向を植え付けて行ったことになる。社会は怖いものだという先入観を心の深いところで植え付けて行ったこともある。これらの教育は、子を消極的にし、将来的には、ニート、不登校のタネを撒いて育てていることにほかならない。社会勉強の機会に背を向けたこと。折角の社会を見る、実体験の機会を、社会教育の機会をスルーしたこと。そして、早期訓練の機会を軽く見たこと。塾ならどこでも同じと軽く考えたこと。考えると、甘い親の罪は深い。
 竹の会の子たちは、そういう意味では、最初の親の判断という、わたしから見れば社会的死刑に等しい判断から、免れた子たちであった。そして低学年に入会した子たちは、一年経ち、逞しい、あのおどおどした幼さは、消え、見事に社会適応を果たしているではないか。今では、東京23区から通うのは当たり前になってしまった。通うということが、子どもの社会教育になっている。わたしはそう思う。親は、内向きの判断をしてはならないのだと確信している。親の判断が、子どもの社会的態度を決める。恐ろしいほどに決める。親の内向きの判断の繰り返しが、子に対する親の価値観を潜在的に植えつけていく。親が子どもの社会不適応を教育していることに気づかない愚かさである。親だけが、真の意味の教育ができる。その親が甘やかし、子をペットと同等に考え、「危ない」と、外との交渉をすべてカットしていれば、いつか思わぬしっぺ返しを受けることになる。子のために、子を愛しているからと子を喜ばすことに操舵を奪われて、子のわがままの赴くままに親が振り回されていれば、およそ制御の効かない怪物を作り出すことになる。そのうち親が子にいろんな意味で殺されることになる。
 小学低学年の訓練は、単に、学力をつける、ということではない。かれらにはそもそも勉強というものが異質世界に属する事柄である。だからまず勉強というものを生活の中に組み込む、そういう働きかけから始まる。勉強を生活の一部として組み込む。このことが、勉強というものに対するスタンスを作っていく。そう思う。生活を勉強を軸に回す。それは取りも直さず、勉強に対するスタンスを作ることである。中学になって、勉強しない、というのは、小学低学年から勉強を軸とした躾をして来なかったからであり、中学になったら急に勉強しだすわけがない。何を言ってるのか、わからない。中学になって、「うちの子は文章題が苦手で」という。何を今頃呑気なことを言っているのか。文章題ができないのは、思考力がないということでしょ。そんなのは小学低学年から取り組むことでしょ。さらには小学で、割合という概念をしっかりと叩き込んでこなかったからでしょ。「塾はずっと行っていた」という母親もいるかもしれない。あなたたちは、巷の塾、駅前塾、その中には大手もあるでしょう。そこに三年間も四年間も行ってたのに、自分の子が、ベタな割合の問題一つ解けないということを知っていたのか。もし知らないというのなら、あなたたちは、塾というものをあまりにも信頼し過ぎていた。塾ほどいい加減なものはない。講師の人間的資質がみなすぐれているということはないのである。授業やる、いわゆる「教えてやる」型の塾はそれ自体問題であるが、普段から勉強に関心のない子たちが、授業受けて何になるのか、時間の無駄でしょ。
 竹の会は、塾と言っても、あなたたちが、通常抱くような塾ではない。授業なんかない。だからそのためのテキストもない。だから予習、復習という概念もない。授業がわからないとか、ついていけないという話しもない。テストもない。つまり、あなたたちの既成概念で竹の会を理解しようとしてもできるわけがないのです。
 竹の会は、塾とは、何か、という、原点から、塾を考えました。そうしたら、塾ではなくて、子どもにシフトをおいて、考えるしかない。それで子どもをどう指導するか、最初から授業なんてないから、指導です。それで、さらに言えば、教える、のではない。勉強したいという意思のある子を訓練し、指導するのです。指導とは、単に、わからないところを教えるということではない。その子が、思考力をつけて自ら考えて問題を、解決できるまでをトータルで捉えて、導いていく、その全過程で、目標に向けた、全行動の全てを、いう。
 子ども本位に考えるなら、常に、子どもの視点で、考えなければならない。大手というか、授業形式では、先生の視点から、子どもたち全体を見る。理解できないのは、先生が悪いのではなくて、生徒が悪い。そう考える。予習、復習も、結局先生目線から、やったのか、ということになる。違うんだ! 子どもの目線で見なければならない。わからない、この子は見えてないんだ。わかる子にはさらに飛躍できる次の一手をかんがえてやる。常に子どもの目線で、考える。すると一人一人と常に「対する」ほかない。今日は計算が悪い、集中してない、学校や家庭で何かあったのかな?  最近解けてない、どうしたのだろう?  式がいつも一つ、考えてない、意味をつないでない。この子は本当にわかってない!  マルをつけられることになぜかこだわる、マルが取れるうちはいいがある日マルがとれない、壁に突き当たる日が必ずくる、さてどうもっていくか!  最近何かと休む、遅れる、能力はある、ただ地道な、成果の見えない作業を嫌う、さてどうするか。自分の能力が、見える形の教材を当てるか。この子が解けないのは、算数を通しての思考を練る段階の期間が短か過ぎたから、さてどうするか?  字が読めない、汚い、そもそも本人に自分の字が汚いという意識が希薄過ぎる、困った!  世の中の見方が偏っていて作文がねじれている、こういう子は鋭いところはあるけれど、どうも問いと関係のない、独り善がりな文を書いてしまう。本人にはわたしには容喙できない、固い、ねじれた目線がある。おそらくわたしにどうにも出来まい!  まだ形を覚えてそれに当てはめようとする段階だ。形が変わればたちまちわかりませんになる!  この子は勉強がか細い、心もそっと扱わなければ壊れそう、心の形をなんとか輪郭で捉えて丁寧に説明してやる。他人から非を指摘されることに敏感な恐怖を持つ子というのがいるのです。ですから恐怖心を呼び起こさないように言葉を選んで説明するのです。褒められると、子どもは喜びます。正解出すと褒められる。これは実は危険な兆候です。できると褒められる、できないときが怖い、子どもというのは、褒められるために不正を働くものです。俗にいうカンニングです。これは子どものためにならない。考える力を養うはずが、別のところに重心が行ってしまう。これは子どもの自尊心がそうさせると言ってもいい。こういう場合の対応では、これまでに手痛い失敗もした。子どもの良心、正常な判断力を過大評価したためだ。というか、信じたい気持ちが、却って子どもたちを卑屈な状況に追いやった。子どもに純粋に勉強への向上心がある? というのは実は幻想で、子どもは嘘つきで、自らに甘く、自己を律する精神などない。親には自己保存の生理が働き実しやかに嘘をつき、親は可愛い子の訴えを100%信じる。つまり子の親に潜む甘やかし、過保護の精神的緩みはいくらでもこの虚偽の訴えに騙される。‥‥…わたしは子どもと日々接触するとき、わたしの心の中は目まぐるしく子どもたちの心奥の変化に翻弄されながら、正しい判断を求めて彷徨う。わたしが子ども目線で指導するということの意味を何とか具体的に説明しようとしたら、このような書き方になってしまった。指導というのは、子どもたちを所期の目標、理解度到達点に導くべく、なされるさまざまな働きかけ、行為の総称である。わたしは指導という概念でわたしの細かな指示、行為の全てを包括的に代弁させようとしたけれど、それは親や第三者に説明する、適当な語がないからである。わたしの、子どもたちが気付き、悟りの世界へ誘なう方法は、それこそ七転八倒、あれこれと算段して、時には苦肉の策であったりもする。時にはこれは妙策といこともある。わたしは子どもの「わからない」という異常事態に直面して、いつも正解などなく、なぜなら子どもの能力段階は千差万別、十人十色であり、こちらから予め答えを用意できる性質のものではないから、その場で対応をしかも瞬時に判断することになる。わたしが迷えば子どもはさらに迷う。だから指示は瞬時に的確に出す。これこそ経験のなせる技である。
 子どもの指導、実際は、訓練の目的は、自己を律する精神を子どもの中に宿すことではないか、とよく思う。もちろん親は我が子が勉強ができるようにと塾に入れたに違いない。竹の会に遠くからわざわざやってくるというのは、竹の会の思考を養うという指導に期待したのかもしれない。確かに、竹の会は、テキストの問題が解けない、それで教える、説明する、そういうやり方はしない。指導という言葉について、説明するが、既存の塾イメージを固定化した人たちには、竹の会の指導というものをわかるように説明するのは至難なことである。このブログは、竹の会の指導というものを理解してもらうために書いている。そう言って差し支えない。多くの皆さんが、竹の会という形式を既存の塾の形式に無理に当てはめて理解しようとする。「宿題はありますか」、「わからないときは先生に質問できるのですか」、「生徒は勝手にプリントやって、先生が採点して、できないときは教えるということですね」、こうした発想は、竹の会を全て、既存の塾の道具で無理に当てはめて理解しようとしています。そもそもがこういう質問に「はい」とか「いいえ」などと答えること自体が誤解をさらに複雑にすることはわかりきっています。

 これは子どもが、教えてもらった解き方を新たな問題を解くときに無理に当てはめようとするのと似ています。できない子というのは、まず問題の事実を読み、状況を理解して、それから、さてどうするか、と考えるスタンスがないのです。教えてもらった解き方なり、やり方なり、それもよく理解していないからかなり不正確なのですが、とにかくそれに無理に当てはめようとするわけです。もともと当てはめの前提となる事実が違うから当てはめることはできないのに、無理に当てはめようとする。あるいは、正確に当てはめができない。また問題の言い回しが変わればすぐにパニックを起こす。全ては本質を理解して、そこから問題を分析し、事実を、本質ないし定義に即して再構成しなおす、そういう、思考の型が身についてないからです。
 本質、定義を理解する、ここのところが、一番大切です。問題を考えるというのは、それを前提にして、問題について、定義と比べて、問題を再構成するということです。ところが、できない子というのは、まず本質、定義から考えるというところが抜けている。定義ではなくて、解き方を公式化して、当てはめることばかり考えて、事実というものをじっくりと観察しない。
 大人が、竹の会の指導を既成の塾に当てはめて理解しようとするのと、あまり変わらない。要するに、粗いのである。
 大手塾、地元塾で、失敗する親というのは、というか、竹の会の主張を読んで、頭から否定する人、懐疑的な人というのは、先のできない子と同じ判断の構造を取っているように思う。
さて、こう述べてくると、できない子の頭の中が、よくわかるのではないか。彼らに欠けているのさ、まず、そもそもの定義、仮説というものが、曖昧というか、漠然とした状態なのであるということ。だから事実を定義に即して構成するという、思考の働かせ方がそもそもできていない。そこが問題なのである。定義、仮説のところが、薄い。頭の中で、機能していない。かれら彼女らの頭は、どう操作したのか、かけたのか、割ったのか、そんなことばかりを注意している。そしてその曖昧な、自分なりに理解した形に、事実を無理に当てはめようとする。
 さて、こういう子の治療はどうするのか、
 この子の知能の発達を待つ。様々な訓練を重ねて、定義の理解を深めて、定義から思考する訓練を地道に重ねる。教材もそうした訓練に適したものを作る。というかそこのところをピンポイントで訓練する。
 さて、そうなると、小5に来て、そういう指導ができるか、ということになる、これはできない。少なくとも受検に間に合うことはない。
 だからそういう子であるなら、それこそ小学低学年から、訓練することの重要性が、裏づけられてくる。よくいる、「うちの子は小6からやって受かりましたよ」という、「うちの子成功一般化」論の父親は要らない。今は、できない子の治療の話をしているのだから。
 子どもはペットではない。ペットなら死ぬまで飼い主が世話をする。そのはずだが、飼い主が先に死んで、残されたペットの引き取り手がなければ、殺処分される。我が子はどうか。まさか親が死ぬまで世話をする気か。それでも親が先に死ぬのが流れであり、それから子はどうやって生きていくのか。最近50歳のニートと80歳の親の問題が取り沙汰されているが、子が独り立ちできないまま、親が高齢化する、社会問題が耳目を集めている。
 親は果たすべき責任を果たせ。子はあなたたちのペットではない。もちろん深い愛情は前提である、としても子を突き放すことが将来子を独り立ちさせるためには避けられないのだ。子が自分を律することのできる人間に育つこと、これこそ親の本懐ではないか。
 竹の会を勉強だけなんとかしてほしいと考えて、竹の会に入れたものの、なかなか子が、できるようにならない、痺れを切らした母親が、退塾を申し出る、こういう親が、たいていは大手を経験して、落ちこぼれた子をなんとかしたいと、やってくるのだが、竹の会は、6か月の仮入会を認めたことがある。こういう子が失敗する可能性が高いのは、低学年での訓練がないこと、したがって勉強のスタンス、習慣もないこと、先ほど述べたような、定義、仮説を曖昧にしかできない子である場合である。
 東京の皆さん、いや神奈川県の東京寄りにお住まいの皆さん、あなたたちの大手崇拝、子のペット化、甘やかし、過保護が、何をもたらすか、よくよく考えてみてください。
それから、こういうことを言うとまたまたスタッフに怒られるのですが、私には、竹の会がいつまで続けられるのか、それは私の年齢的、体力的な事情からなのですが、いつも考えてきました。少なくとも現小2までの募集は受け入れたい、そう思っております。
 あなたたちが、竹の会に出会うのは、竹の会にこれまで入られた親御さんの言葉を借りて言えば、「まさに、幸運であった」ということになると思います。いやこれは私が言っているのではない。竹の会と邂逅されて、成功した、あるいは成功できなかった親御さんまでが、皆さんが、不思議なことに、一様に、同じ言葉を言われた、ということです。
 あなたたちが、竹の会に出会うという、幸運は、もうそんなには、ない。竹の会はそういう覚悟をもって、日々、子どもたちの指導に、全力をかけております。

桜吹雪

竹の会合格35年史 竹の会昭和60年(1985年)創設

平成31年
中学受験
都立桜修館中等教育学校(男子)※併願合格 巣鴨中学 攻玉社中学 都立桜修館中等教育学校(女子)千代田区立九段中等教育学校(女子)千代田区立九段中等教育学校(女子)

高校受験
都立青山高等学校(女子)  

平成30年
中学受験 都立桜修館中等教育学校 都立富士高等学校附属富士中学校 都立富士高等学校附属富士中学校 ※併願私立 東京農業大学第一高等学校中等部
平成28年
中学受検 都立小石川中等教育学校 都立白鷗高等学校附属中学校 都立富士高等学校附属富士中学校 

高校受験
都立戸山高等学校 都立文京高等学校

平成27年 

中学受検 

都立桜修館中等教育学校 都立富士高等学校附属富士中学校
高校受験
都立戸山高等学校
平成26年
高校受験
都立駒場高等学校
平成25年
中学受検
都立小石川中等教育学校 都立桜修館中等教育学校 都立白鷗高等学校附属中学校  
高校受験 ※1名中1名合格
都立北園高等学校
平成24年
中学受検
都立富士高等学校附属富士中学校
平成23年
中学受検
都立小石川中等教育学校 都立桜修館中等教育学校  
高校受験
都立小山台高等学校 都立文京高等学校 都立産業技術高等専門学校
平成22年
中学受検
都立桜修館中等教育学校 都立両国高等学校附属中学校 東大附属中等教育学校
高校受験
都立富士高等高校
平成21年
大学受験
慶應義塾大学(商学部)千葉大学(法経学部)
平成20年
中学受検
都立桜修館中等教育学校  
高校受験
都立西高等学校 豊島岡女子学園高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)立教新座高等学校
平成19年
中学受検
千代田区立九段中等教育学校 東大附属中等教育学校 東大附属中等教育学校

高校受験
都立狛江高等学校
平成18年
中学受検
東大附属中等教育学校
高校受験
都立富士高等学校 都立狛江高等学校
平成17年
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立大附属高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)
平成16年
中学受験
東大附属中等教育学校 成城学園中学校
高校受験
都立富士高等学校 都立富士高等学校 國學院高等学校
平成15年
中学受験
国学院久我山中学校 吉祥女子中学校
高校受験
都立新宿高等学校 都立鷺宮高等学校
大学受験
中央大学
平成14年
高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立駒場高等学校
大学受験
慶應義塾大学(総合政策学部)上智大学(経済)
平成13年
高校受験
都立西高等学校 都立国際高等学校 都立新宿高等学校
平成12年

中学受験
東大附属中等教育学校 日本大学第二中学校 実践女子学園中学校  
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 国学院高等学校 国学院高等学校 東京農大第一高等学校
平成11年
中学受験
立教池袋中学校  
高校受験
都立青山高等学校 都立駒場高等学校 青山学院高等部
平成10年
高校受験
早稲田実業学校高等部(普通科)早稲田実業学校高等部(商業科)立教新座高等学校 日本大学第二高等学校 都立駒場高等学校 都立三田高等学校
平成9年
中学受験
成城学園中学校 大妻中野中学校 大妻中野中学校 恵泉女学園中学校
高校受験
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 都立駒場高等学校 都立駒場高等学校 成城高等学校 成城学園高等部
平成8年
中学受験
昭和女子大附属昭和中学校 

高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立新宿高等学校 都立新宿高等学校 国学院久我山高等学 東工大附属高等学校 日大櫻丘高等学校 玉川学園高等部
大学受験
東京理科大学(理工)
平成7年
中学受験
成城学園中学校
高校受験
東邦大附属東邦高等学校
大学受験
中央大学(法学部)
平成6年
都立青山高等学校 都立新宿高等学校 国学院久我山高等学校 帝京大学高等学校
大学受験
東洋英和女学院大学
平成5年

高校受験
都立大附属高等学校 

平成4年
高校受験
都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立青山高等学校 都立駒場高等学校 桐蔭学園高等学校(理数科)成城高等学校 共立女子第二高等学校 東京農大第一高等学校
平成3年
中学受験
東洋英和女学院中学部
高校受験
都立戸山高等学校 都立新宿高等学校 都立駒場高等学校 青山学院高等部
平成2年
中学受験
獨協中学校 

高校受験
都立新宿高等学校 都立大附属高等学校 東京農大第一高等学校
平成1年
高校受験
都立国際高等学校 
昭和63年
高校受験
都立駒場高等学校 都立芸術高等学校 都立大附属高等学校 富士見高等学校 国学院久我山高等学校
昭和62年
高校受験  
都立駒場高等学校 都立大附属高等学校 都立大附属高等学校 都立目黒高等学校 青山学院高等部 市川高等学校 国学院久我山高等学校

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