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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

独自問題攻略の基本/小石川中等攻略の基本/中1で1番、中2で優等生、中3で普通の人、入試で並みという塾なし生徒/竹の会高校入試の系譜/竹の会は期間限定指導

2017.06.09

 おはようございます。長かった風邪による不快感から解放されてからかなり用心して寝るときは薄着をしないように気をつけています。少し汗ばむ程度が丁度いいのだとはわかっていてもつい薄着をしてしまい酷い目に合う、こういうことを繰り返しておりますから人間というのは学習しても現実に日々を生きているということから時々刻々として求められる判断でつい甘い蜜に誘われる、楽な方へと流れてしまう、つまりは判断を狂わせる癖がある、ということです。災害心理学の広瀬弘忠教授に、「正常性バイアス」という言葉を教えていただいたのが、「人はなぜ逃げおくれるのか」と題する新書でした。現代人は、危険に直面したときに、それを感知する能力が劣っている、という書き出しで始まるプロローグが一番面白い。現代人は、安全に慣れてしまって、危険を察知できない、というのである。「私たちの心は、予期せぬ異常や危険に対して、ある程度、鈍感にできているのだ。日常の生活をしていて、つねに移りゆく外界のささいな変化にいちいち反応していたら、神経が疲れ果ててしまう」、「まっとうな日常生活は崩壊してしまう」、だから、人間は、「遊びをもつ」、「エネルギーのロスと過度な緊張におちいる危険を防いでいる。ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようになっている」、「このような心のメカニズムを正常性バイアスという」。

 わたしたちが、今のようなレベルの低い政権に甘んじているのはなぜなのか。経済さえ安定していれば、という心理ははたらいていないだろうか、旧民主党のような無能政党に懲りたということもある、確かに無能ほど罪なことはない、わたしたちは、日常性ということをかなり重くみているのではないか、非日常を畏れている、といってもいい。しかし、政権が日常を奪う挙に出ればさすがにバカなB層、庶民も窮屈さに我慢はしまい。

 3.11の原発事故では、壊れた日常性に人々は初めて慌てた。高濃度に汚染された福島県の現実を過小評価して封じ込める、これこそ虚構の日常性の演出ではないか。政権はわかっているのである。日常性の演出が国民をおとなしくさせる妙薬であることを。

 日常性への過度な偏重が判断を狂わせる、石原前都知事が不作為の政治家であったことはみな周知のことではなかったか。都自民党のレベルの低さは今に始まったことではない。とにかくも「何もしない」政治が、日常性を演出していたことは間違いない。地下に隠れて税金を「建前」という法的裏づけだけはしっかりと糊塗していいように使いまくる。税収が足りなくなれば、いくらでも名目をつけて搾り取る。足りない、真の原因が役人の私消にあることは隠されたままである。

 「ヒトはどうして死ぬのか」という新書が面白い。最近出た池田晶子の「池田晶子のことば」という本を読むとこの哲学者の言葉が根も葉もない絵空事のように思えてしまう、それほどに遺伝子から説明する死のメカニズムはリアルに存在根拠をさえも描いてみせてくれた。

 ◎竹の会の指導は期間限定

 竹の会の指導について語ればとても時間が足りない。だから少しずつ述べていきたい。まず、竹の会というのは、決して基本を疎かにしない、少しでも理解していないと判断すればとにかくできるまで訓練するし、鍛えて鍛えて完全にわかったと見てとれるまで鍛え抜く。だからもともと勉強が嫌な子が来るところではない。「できるようになりたい」という強い志しのある子でなければ竹の会の訓練には耐えられない。竹の会に入会する条件の一つに「勉強する意思のあること」がある。勉強する意思もないのに竹の会にきてもらっては困る、ということである。それでは指導そのものが成り立たない。課題を出しても勉強が嫌ならやってこないでしょうし、やる気のない子には指導だって面白くないに違いない。こういう子が来ることが間違っている。小3とかだとこういうことが多い。小3で集中してやれる子がいるとしたらそれだけで才能でしょ。だからわたしは嫌々やっているようすが見えたら、「勉強嫌なの?」と訊く。小3とか、小4だと「うん」と正直に応える。すぐにわたしは親に「退塾勧告」をする。入会したばかり、入会して数か月、いずれにしてもすんなりとは止めてくれない。しかし、わたしはあきらめない。退塾させる、という決意だけは固いので結局退塾までもっていく。指導していてわたしの琴線に触れれば退塾させる、そうしなければ竹の会は存続できない、死の遺伝子が実は種を存続させるための遺伝子だということ、それは存在、存続の真理を語る哲学にも通用する明快な論理ではないか。

 わたしの心には、指導を重ねるごとに様々な思いが渦巻いている。入会試験不合格者の入会、仮合格者の入会、合格者の中の指導継続困難者、そういう子たちから、少しでも「勉強に対する嫌悪感」を感じとったとき、その時が「終わり」の時であろう、とわたしは思っている。だから日々の指導は全力を尽くす。全力でわたしの指導技術の粋を尽くして指導する。しかし、子どもに勉強に対する躊躇というものが少しでも感じとれればそのときが止めどきと心得ている。わからなければ嫌になる。だからもともとの能力不足だとそれは早いかもしれない。しかし、不合格でも勉強に対する飽くなき精神を持ち続ける子だっている。わたしは勉強に対する強い熱意を感じる子、もちろんそれは実行で示されるものであるが、そういう子に断を下すことはない。

 ◎竹の会高校入試の系譜

  竹の会は1985年10月に地元の中学生を相手に始めた。当時は、グループ合同選抜制の時代であった。この制度は1982年に導入されたもので、それまでの学校群制度は廃止された。グループ合同選抜制は、学区内に2グループを編成して、グループ内の入学候補者から各校が合格を決定する、というものである。渋谷区だと、当時21グループと22グループがあり、21グループのトップが都立戸山であった。だから西や日比谷は制度上受験できなかった。この制度は1994年まで続いた。94年に単独選抜制が導入されたからだ。これだと隣接学区からの志願が認められた。ただし2割制限があった。2004年(平成16)になってようやく学区制が廃止された。これで学区を越えて、つまり都下のどこの都立でも行きたいところを受けられるようになった。ようやく西、日比谷が自由に受けられるようになったのである。どこかのバカが竹の会のことをトップ都立専門などと言いながら日比谷に一人も受かってないではないかと非難してきたことがあったが、その通りです。それから竹の会がトップ都立専門を謳いだしたのは平成20年以降のことです。

 渋谷区の中学生はずっと戸山を最高峰としてきました。竹の会では平成13年に都立西に推薦合格していますが、単独選抜制の時代、しかも隣接学区枠の利用でした。平成20年に都立西に合格したのは、学区制全廃で受けられることになったからです。

 しかし、昔から戸山は人気がなかった。竹の会でも昭和62年受験の第一期生は都立駒場に憧れて合格している。青山も眼中にはなかったのである。竹の会のホームページの合格実績の欄を見てみると昔から都立駒場、新宿そして青山が渋谷区の優等生たちの志望先だということがわかる。当時はまだ少子化に突入する前だったので、渋谷区でも生徒は多かった。だから戸山は特別という意識が強かった。当時の生徒は意図的に戸山を避けていたような気がする。あえてチャレンジしなかったのである。当時の竹の会は決してトップ都立専門などではない。そもそも受験しようと思っても制度上受けられなかったのだから。優等生もたくさんいたけれどそれと同じくらいバカもいた。地元塾とはそういうものです。ただ駒場とか新宿、青山の指導を通して受験指導技術を磨いてきたことは確かです。私立攻略も平成10年には鈴木君が早稲田実業高校に合格して竹の会の指導技術の高さを証明してくれたし、平成14年には竹の会初の慶應大学合格者も出している。竹の会から青山学院高等部に合格した女子を3年間指導しての結果であった。平成に入ってわたしは数学、英語を極めるために様々な書物を読むことに没頭し、さまざまな教材を執筆してきた。製作したプリントは5000ページは優に超える。竹の会にはその時期にわたしが執筆してきたプリントがレジュメとして脈々と生き続けている。国語を極めるために関連書物を読むこと数年に及んだ。理科と社会を見切るためにまたどれだけの年月を費やしたことか。首都圏の高校入試問題なら過去30年分を解き尽くしたし、中学入試問題も解き尽くした。毎日問題を解くという日が続いた。何年もそういう生活をしてきた。そして執筆した。

 高校受験、いや都立高校の受験指導技術は神の域に達した。マルの数で何点とったか、瞬時にわかった。都立本番に何点とるか、までほぼ正確に予測できるようになった。だから、新宿受けたい、と言っても無理だと止めさせることもよくあった。わたしの指示に反して受けた生徒は間違いなく落ちた。わたしが受かると踏んだ子は必ず受かった。いや受からせた。

 わたしはもともと都立高校受験を専門としてきた人間である。

 

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