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2021.10.09

 

知らないからいい‼️知識が足りないからいい‼️
 なんでもかんでも知っている方が優秀、という価値観は有害
 物知り博士は要らない。クイズ王も要らない。昔、クイズで優勝して政治家になったタレントがいたが、クイズができれば物知りということで頭もいいと短絡するのが世人である。
 知らない方がいい。基本的な学問の素養があれば何も知らない方がいい。基本的な学問の素養はどうして得られるか。国立大学に行けるほどの学力があれば問題ない。都立なら青山なら十分。先人の知恵を尊ぶことである。だから古典は読んだ方がいい。私が知らない方がいいというのは、知識は要らないということではない。
 単純に知っていることが、知識が豊富なことが、頭で考えることを妨害する。知識というのは、実は、思考にとって天敵なのだ。
 知識に振り回される。知識の有無だけが判断の根拠になる。頭の働き方が「知識を想起する」ことにのみとなる。
 知識を重視する者は知識がなければ思考停止となる。
 知識が多すぎて、船頭多くして船山に上る※の喩えもある。
 (※指図する人が多くて物事がまとまらず、とんでもない方向に進んでゆくことのたとえ)
 知識に振り回されるとそうなる。普通に見えるものも見えなくなる。
 知識を詰め込む勉強をすると、考えなくなる。何か知識はなかったかと思い出すことにのみ頭をはたらかせるようになる。これは試験場では致命的で、問題を見て考えるよりも、想い出そうとするのだ。ちょっと普通に考えれば、普通に頭を働かせれば簡単にわかる問題も想い出そうとして失敗する。知識で答えようとすればそうなる。
 試験で冷静さを保とうとすれば、考えることにシフトするほかないのだ。問いを読んだら決して記憶を頼りにしてはならない。想い出そうとしてはならない。
 問題の意味をその場で分析して考えるのだ。答えは必ず問いの中にある、問題文の中にある。だから眼光紙背に徹するのだ。想い出そうとするのは確実に思考を減殺する。
眼光紙背に=徹する(=徹る)〔書の裏側まで見通す意〕
 書を読んで、文面の奥にある深い意味まで見抜く。

 徹頭徹尾「考える」人になり切るのだ。
 「」は害となり毒となる。「知る」ことは必ずいいということではない。「知識」は「思考」には、毒である。「知っている」から考えない。「知っている」ことが、かえって思考を矯める。知っているから、思考は省かれる。しかし、「知っている」ことが、もし間違っていたら、ということはないのか。しかもその知識は正しかったのか。人間が誤解する脳を常備しているとすると知識に依拠することはこれほど危険なことはない。
 知識があると知識限りで終わりである。クイズ王は知識があるからそれだけ幅広い考えができるのか。そんなことはない。クイズ王とは考えないことにした人のことである。
 知識がないから、知識が足りないから、人は考えるのだ。
 学問の素養があるとは、知識にエビデンスを求める人のことではなくて、学問を通して自分の思考のスタイルを持っている人のことだ。丸山眞男の文章を読んで理解することのできる人、小林秀雄の文章を辿れる人のことである。
 知識を語る医師、弁護士はただ知ってるかどうかの人間でしかない。
 大切なのは考え方の筋道である。筋道を示してくれる限りは、知識の有用性は示されるけれど、それでもそれが誤解を不断に孕む知識であることはだけは忘れてはなるない。知識には警戒しなければならない。医師が、弁護士が、知識を根拠に判断してくるときは、医師が言うのだから、弁護士が言うのだから、「正しい」と思うのは危険である。その根拠とされた専門知識を知らないなら、セカンドオピニオンを求めるのは当然として、自分でも調べることは必要であると思う。専門家が正しいことを言うとは限らないのが、世の常だからである。なにしろ政治家は嘘をつくのが仕事だし、平気で国民を殺すのも政治家である。評論家というのは、結果論を言う人たちのことである。結果を見てあたかも最初からわかっていたかのように言うのが専門家である。
 人は自分の偏見を唯一正しいと信じて疑わないものである。だから正義なんて人によって異なる。自分の正義と他人の正義は異なるのである。だから政治家に正義を求めると言ったって個々人の考える正義と政治家の掲げる正義は異なる。だから政治家はより抽象的に理念化した正義を語るしかないのである。
 さて私たちは考え方の筋道を示すことに意を用いなければならない、ということは伝えられたことと思います。
 知識を根拠にしない、考え方の筋道を根拠にする、ということが大切なのです。
 そういう意味で私は小林秀雄を読むことを強く勧めたい。丸山眞男の本は、政治論文が多く、かなり高度な政治用語が駆使されるので難解かもしれない。それでも丸山眞男の随筆などは役に立つ。小林秀雄は、難解ではあるが、日本語の考え方の筋道の妙味を最高度の論理で教えてくれる。まさに考え方の教科書と言える。
 ただし、小学生には、いや中学生にも難解かと思う。二人とも大学入試現代文では頻出である。
 私は最近ようやく小林秀雄の全集を手に入れることができた。丸山眞男については全集どころかほとんどの著作を既に所有している。
 

 

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