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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

竹の会と私立中受験

2019.02.12

 2月のこの時期がもっとも低温なのではないか、と思います。厳しい低温ですね。少しでも油断すると、すなわち体を冷やすとたちまち体調が崩れる、だからわたしのような年齢では用心に越したことはない。それにしても、いつもながら激動の2月でした。都立中受検は、受からないのが「普通」です。ただわたしには、「この子は受かるレベルにある」というのはわかります。「ちょっと足りない」とか、「無理」というのもわかります。これは、正直に言いますと、早くから「わかる」。字が汚い子の合格率は「よくない」というのはありますが、汚くても合格した子も、2、3人はいましたから、これは決定打にはならない。課題を全然出さない子が合格する可能性というのは、実は、1%もないということはデータに出ております。また普段の指導で合格はんこがとれない子、したがってレジュメが進まない、むしろ遅れに遅れる子の合格可能性は限りなくゼロに近いということも実証済みの事実です。ですから、わたしは、受検しても合格の可能性の低い子については、正直に、その旨をお話ししております。受検をするかどうかを含めて、このまま竹の会を続けるのかを再考していただく機会を付与もしております。

 それは受検というのが、いかに合格するのが難しいかを知っているからです。憧れや思いだけではとても合格できないことを知っているからです。課題を一年間出さなかった、出せなかったというのは、不合格になる蓋然性が99%になるかと思います。

 それでも受検しますか、竹の会を続けますか。

⚫️竹の会と私立中受験
 私が竹の会を開いたのは、昭和60年の10月のことでした。最初から、高校入試でした。62年2月には、青山学院高等部に合格させております。地元塾でしたから、近隣の中学の子たちが来ました。難関私立狙いの子は、たいてい代ゼミとか、河合塾などに行ったものです。当時は、まだサピックスとか、早稲アカなんかはなかった時代です。日能研と、四谷大塚の時代ですね。竹の会に初めて中学受験の子が来たのは、昭和63年のことだったか、この子が平成2年の2月に、獨協中に受かったのが、初めてだった。この子は中学、高校と竹の会にいて、東京理科大の建築に進んだ。
 竹の会の合格実績のページを見てみると、平成6年に東洋英和に受かっている。この子は、四谷大塚に通いながら竹の会では算数を見ていた子だった。当時は、中学受験といえば、もう大手全盛で、日能研と四谷大塚が、最大のシェアーを誇っていた。あと学習指導会というのもあったかな。だから竹の会にやってくる受験の子というのは大手に通っているのが前提だった。なぜ竹の会かと言うと、当時竹の会は、数学で有名だったからだと思います。だから算数もその延長にあると取られたのであろう。しかし、わたしは、高校入試が専門であり、算数は素人に近かった。獨協中に受からせたのも、実は数学で算数を解いた、ものであった。ただ東洋英和受験のときは、流石にそうもいかず、首都圏の算数の過去問集を片っ端から解いた記憶がある。しかし、当時のわたしは、算数を数学的な発想で解いていた。わたしが算数の専門家になるのは、ずっと後の話である。
 再びHPの合格実績を見てみると、平成7年に、成城学園に合格がある。この子は男子で、当時のわたしのやり方は、二科目受験で、過去問合格法によるものであった。理科、社会というのが、どうしても竹の会では、ネックになった。大手が、小4から、理科、社会を系統的にやるというのに、竹の会では、対応できなかった。四谷大塚などが、三年計画でステップ化したテキスト授業というものが、竹の会にはできないと思った。今から考えれば、あれは、大手が、三年間、子どもたちを取り込むための、巧妙に仕組まれた罠システムだったのだが、当時のわたしには、それが見抜けなかった。大手というのは、今でもそうだが、一旦取り込んだ生徒はもう死んでも離さない、カリキュラムの縛りをかけて、金を吸い上げる、そういう仕掛けを作り上げて、子ども、親が飛び込んでくるのを待ち構えている、というのが、わたしの見立てである。
 さらに、合格実績を紐解くと、平成10年に、日大二中に合格がある。この子は男子、やはり二科目受験であった。平成11年には、立教池袋中に合格しているが、これはわたしの子ども。小6の夏から、突然受験したいと言いだし、竹の会に通わせたもの。それまでバスケばかりやったきた子です。平成12年には、東大附属に合格していますが、実は、平成10年に一人合格していますね。記録漏れです。12年に合格したのは、女子です。
15年、國學院久我山中学、吉祥女子中に合格していますが、同じ子です。大手の子ではない。この頃には、わたしもかなり中学受験の算数には慣れてきまして、わたしなりの指導というものができるようになっていました。
 16年の東大附属は、女子です。
 20年には、載せていませんが、実は、四谷大塚にも通っていた子が、慶應藤沢に合格しております。竹の会で一年算数を指導した子です。
 記録には出てないのですが、昭和女子には、少なくとも2人受かっています。また大妻とか大妻中野にも受かっています。
 わたしが本格的に算数の指導法を研究し始めたのが、平成18年あたりからだと思います。平成19年に、千代田区立九段中等に倍率11倍を突破したのが、効いたのか、九段志望の小6が、何人か来た。その時、小6なのに、通分もできない、割合もわからない、教えても理解できない、そういう学習不振の子ばかりでした。これにショックを受けまして、初めてわたしは、小学生指導法について、研究する気になった。通分の壁、分数の壁、逆算の壁、割合の壁、いろんな小学生がそれぞれにいろんな壁に立ちはだかられ、立ち往生している。だから、わたしは、小学生にどうしたら簡単に計算をマスターさせ、スイスイと割合を内面化させられるか。こういうことばかりを考えて、三、四年を苦悩と失敗との連続の中で、試行錯誤を繰り返してきた。
 今は、竹の会の子どもたちは、簡単に、割合を理解していくけれども、こうなるまでに、わたしがどれだけ苦心を重ねてきたか、知る人はいない。
 わたしは、都立中高一貫校の対策研究をする中から、竹の会独自の理科、社会の攻略法を完成させてきたし、算数は竹の会だけの体系指導が完成、さらには、これも竹の会独自となりますが、国語指導法も確立しております。
 その成果は、実際に、都立中高一貫校を受けた子たちが私立に合格することで、わかるはずです。
 私立受験に通用する竹の会の中高一貫校指導
 宝仙理数インター 26年合格
 ※東京農大第一 30年合格
 ※恵泉女子 31年2名合格
 わたしに報告のあったものだけです。実際には、いろいろな私立に合格しているようです。
 今年桜修館合格の、ある親御さんは、次のように話されております。

「桜修館の他にも、2月1日の午後に巣鴨中学の算数選抜、そして2月5日の攻玉社中学の特別選抜(算数)を受験致しました。この両校とも合格をいただきました。阿部先生の厳選されたレジュメの素晴らしさ、先生のおっしゃる通りの7回解き直しの力を実感いたしました。」と。

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