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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

竹の会を支えてくれた人たち

2021.03.31

 

竹の会を支えてくれた人たち
 大手の敷いたレールの上から逃げらない人たちのこと
 新小6の親御(母親)さんのお問い合わせの中に「うちの子は記述式と作文が苦手で」というのが、ありましたが、大手の設定したメニューを前提に断を下している、これは飽くまで大手を前提としてその大手のメニューができないと言っているのですね。この親御さんの中には、どこの塾でも大手と同じことをやっている、という思いこみがあります。
 第一、小5までに、記述式ということは、適性問題を授業でやっているということですよね。竹の会ではあり得ないことですから。そもそもその子の、計算力がどの程度のものであって、割合を軸とする算数をどれほど理解しているのか、問われることはそこです。
 大手が勝手に適性問題を軸に進めているのを、それを当然の前提として、世間一般の塾もそういうことをやっているのだと疑いもなく信じているわけです。
「記述式」のできないことを悩んでいるのですが、竹の会では、適性なんか1ミリもやってませんから、その悩みが存在しない。
 大手を信仰した人は、それが日本標準と信じて疑わない。他の塾も当然大手のやり方に準じていると信じて疑わない。そもそも都立中高一貫校制度がスタートした時、大手は方法がわからず結局手探りで始めたのが、過去問類似の問題をやらせるということだったのです。竹の会はその当時から過去問はもちろん研究しましたが、それよりもこの試験は思考力を測っているということがわかっていましたから、問題は、過去問類似の問題を練習することなどではなく、どうしたら子どもたちに思考力をつけられるか、その視点から対策を考えてきました。

 竹の会の指導というのは、必然子どもたち一人一人の理解の段階を把握することなしには先へ進めませんから、子どもたちとの指導を通じて、何が思考に資するかということを模索してきたわけです。
 大手は、過去の出題を見て、その問題を真似して適性類似問題を作って教えることにしたのである。そういう方法で、集めた生徒にテストをやって、無理矢理偏差値を作ったのも大手です。偏差値はもともと私立受験の目安でした。私立の問題は、客観テストですから、答えは一義的に決まる。だから偏差値の基礎データがしっかりしている。解答に幅がない。ところが都立中高一貫校は、適性問題である。客観的な問いはもちろんある。しかし、多くは一義的には答えにくい、幅のある解答を想定している。要するに、学力に必ずしも比例しない、学力偏差値が低くても答えられる。要するに、偏差値に馴染まないのだ。
 ただそうは言っても自ずと序列はできてしまう。私立受験の偏差値上位の子たちが、併願先として都立を選ぶようになると、必然私立偏差値が、侵食してしまう。
 都立中高一貫校の大手塾の子は、基礎学力がない。一年、二年も通っていたはずなのに、計算ができない。初歩的な割合を理解していない。これはどうしたことか。たまに大手に通っていた子が、入会試験を受けにくることがある。決まって不合格である。計算もできない、割合も理解していない、そういう子ばかりである。この子たちの親はいったいどうして大手を選んだのだろうか、いつも思う。正直見識を疑う。
 かつて九段で開かれた学校説明会に合わせて、ビラ配りをしたことがある。大手塾の職員が多数いて、豪華な景品付きパンフをふんだんに配布していた。消しゴムやらシャーペンやらすごかった。竹の会? 知らない、という感じだった。わたしは二年程やってやめた。大手に無条件になびく親たちを見ていてアホらしくなったのだ。
 だから大手に行って学力ガタガタの子たちを見てもなんの感情も湧かない。身から出た錆、自ら選んだ結末、あなたたちの失敗を憐れみを持って眺めていますが、だからといってあなたたちの尻拭いをする気持ちはない。勝手に落ちるところまで落ちてください、と思うだけです。

 竹の会という塾は、この東京に同じ塾は二つとない。かつて面談した親子が、それまでの塾も「竹の会と同じで、テキストをやって、わからないところを聞くというところだった」と言いましたが、全然違います。わかっていないですね。竹の会の塾の内容を知っているのは現在通われている親御さん、かつて通われていた親御さんだけかもしれません。その親子さんたちの中にも入会するまでは、いろいろ質問が多い方もいました。今一つ竹の会の実際がつかめなかったのだと思います。竹の会の指導の意味を知るのが、困難だということは、その説明が難しいということです。これまでの塾のイメージで竹の会を理解するのは無理です。だからテキストがどうだとか、講師がどうだとか、コースがどうだとか、そんな話しはない。
 勝手に親が、公文と同じですねとか、無理に既存の塾に結びつけて理解する。しかも、なんだその程度かというオーラを醸しながら。なにもわかってはいない。あなたたちが、その結果、大手や地元の塾を選んでも、わたしには、「どうぞ失敗してください」という思いしかない。「なに? 竹の会って」みたいな顔して、無視して通り過ぎた人たち、大手には全く迷わない人たち、私は、そういう親たちを横目にもう「こんな無駄なことはやめよう」と思ったのだ。
 私にはわかっている。最初から失敗する結果を選択する、親たちの行動が。
  
 竹の会という塾をどういく塾なのか、わかるように教えるのは、ほとんど不可能なことのように思える。多くの親たちが、疑わしい表情をして、竹の会を一瞥する。私は、そんな人たちには、はなから用はない。
 竹の会のブログを読んで、竹の会を信じて、迷うことなく竹の会に来てくれた人たち、そういう人たちがいる限り、塾は続けられる。
 「最初から竹の会しかないと思っていました。もし入会試験に落ちたら受検は諦める、と話し合って来ました」、平成27年に桜修館に合格した女子のお母さんの、入会試験の時の言葉です。竹の会に入ることに一切迷いなんかない。それどころか、入会後一切口出ししたことはなかった。竹の会を信頼し、竹の会についてきた。彼女が、本番5日前に学校から倒れるように帰っていたこと、38度の熱が下がらず私がどれほど嘆いたことか。あんなに頑張ってきたのに神様はなんと非情なのですか。直前期、本番まで学校を休む子が多い中で、学校に真面目に出席したことが、裏目に出て、風邪を移されてしまったことに、何か悔しさと割り切れない思いでもやもやした。本番当日は、微熱、タクシーで試験場に行き、ふらふらになりながら試験を受けたのでした。「竹の会の神様が、助けてくれる」とずっと思い続けたそうです。
 帰りは倒れ込むようにタクシーに乗り帰った。
 発表の日、10時頃掲示板へお母さんと行ったそうです。「あった!」そう言って泣いたそうです。お母さんも一緒に泣いたそうです。
 私は9時に掲示板の前に立っていました。だから合格を知っていました。帰宅の途中、電話があり、「先生、合格しました」と嬉しそうに、控えめに報告してきました。「おめでとうございます。」、わたしは心から安堵しました。竹の会の神様、ありがとうございます。この時ほど、竹の会の神様の存在を感じたことはありません。
 2年間、塾を休んだのは、2回、インフルエンザのときだけ。個人的な、家庭の事情で休んだことは一度もない。遅れまいと走って学校から帰り、すぐ竹の会をめざした。与えられたレジュメをひたすら考えた。毎回大量の課題を一度もサボることなく出した。丁寧できれいな字を書いた。レジュメを大切にし、一枚一枚惜しむように仕舞い込んだ。鎌倉遠足でクタクタなのに、大量の課題を出してきた。わたしはこの子ためにと、精魂込めて問題を作った。
 私の作った問題に無心で取り組んでくれる。わたしはもうこの子のために問題を作ることばかり考えていた。
 2年間、こんなに頑張ってきたのに、本番で熱なんて、ありえない。私がどれだけ落胆したことか。しかし、彼女は、熱を押して頑張ってきた。
 いいですか。竹の会には、最初から竹の会しかないときてくれる、そういう人たちがいたのです。頭から竹の会を疑う人たちには、わからない世界です。
 最初から竹の会を信頼してきてくれる人はもちろん少ない。ほとんどは大手に一度行った後とか、どこかの塾に行っていたとか、です。そして入会するまで紆余曲折してようやく決断する人も多い。
 だから最初から竹の会を信頼してくる、迷いのない人というのは、私には、とても貴重な人たち、特別の人たち、最初から信頼してくれる人たち、竹の会を支持してくれる人たち、で、竹の会は、こういう人たちに支えられ、生きながらえてきたのだと思います。この人たちがいなけれは、竹の会は今の信頼を得られなかったと思います。
 弱小塾を35年間支えてくれたのは、いつも竹の会を信頼する人たち、少数だが、そういう人たちが必ずいて、輝かしい結果を出してくれたからです。
 竹の会の35年を作りあげてくれた、竹の会の卒業生たちに、心から感謝したいと思います。
 ありがとうございます。
 

 

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