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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

竹の会新規募集/都立上位校の勝ち方(日比谷・西・国立・戸山・青山・新宿・小山台・駒場がベスト)

2019.02.25

 2月25日になりました。都立高校の入試もようやく終わりました。2月、3月と竹の会もは農閑期を愉しんでおります。今は空き空きの教室ですが、3月になりましたら、4月生の募集を開始したいと計画しております。統一の入会試験の実施も考えてはおりますが、今のところ個々的な対応をと考えております。

 ◎竹の会新規募集のお知らせ

  募集時期 3月~

  入会の条件 ① 主として、小3対象 ② 通知表の「よくできる」が相対的に「多」であること。

        例外 小4 ②の「よくできる」が8割基準を満たすこと。

  入会の方法 ①まず、HPのお問い合わせページから入会試験の申込をしてください。

        ②スタッフから、受付完了メールと入会試験日の打診がありますので、ご相談の上、日時を決めてください。

        ③入会試験に合格しましたら、当日を含めて3日以内にお申込ください。

◎都立上位校の勝ち方
 わたしに仕事をさせない母親たちのこと
 家で母親が過去問の採点やって、わたしには、結果報告だけというのがありましたけど、わたしは特に異は唱えませんでした。それでうまくいくならそれもいいかと思ってました。でも本番に送り出したとき、わたしには、合格の確証というものが何もなかったんですね。わたしが過去問でいちいちチェックする、このとき弱いところなんかが見えてくる、すぐに手を打つ、こういうことを丹念に積み上げていく。この過去問を使ったチェックというのが、かなり重要で、これでわたしはこの子が当日何点取るかがわかる、各科目何点取るだろうというのが読める。このわたしの読みはかなり正確で、もしわたしの言った点より低くければ、その年度の問題が難しかったということまでわかる。ところがわたしに仕事をさせない親がなぜか高校入試だと決まっている。今のところ、それは母親だったけど、最近は男親にも自分で何から何までコントロールしなければ気が済まないという人がいる。父親の場合、たいてい娘が多い。こういう人たちは、教育熱心で、自分に自信を持っているのだとは思うけど、わたしに仕事をさせない、ということが、どういうことなのかがわかってはいない。
 さてわたしは平成10年に、早稲田実業高等学校に、中学3年間指導してきた、生粋の竹の会っ子を合格させている。このとき、私立難関校の勝ち方を知った。竹の会はもともと都立高校でやってきた。慶應、早稲田とか受ける生徒はたいてい大手に行ったから、私立難関校を受ける器のある子が竹の会にくるのは稀である。竹の会の定番合格校は、都立駒場と都立新宿、都立青山であった。地元塾ということで、代々木中と上原中の生徒がほとんどであった。わたしは、昭和60年から始めて、62年に初めての高校入試を経験した。このとき、都立駒場、都立大附属といったところに合格者を出し、私立は初めてのことであったが、青山学院高等部に合格させた。この生徒は、市川高校にも合格し、実は開成高校にも挑戦している。開成高校は一度は合格者を出したいと思っていたが、未だ逸材に出会わないままにここまできた。
 わたしが高校入試の専門家を名乗るのにはわたしなりの自信があるからである。わたしの思う通りにもし子どもが動けば合格させられるという自負があるからである。都立中受検にはこれがない。未だ幼くて未熟な小学生の指導では、わたしの思い通りに動く子は少なく、かつ親の干渉が大きく、思い通りの指導ができないからである。
 都立上位校に合格させる、これには、私なりの手順というものがある。もし私の言う通りにやるば、ほぼ確実に合格をとれる。しかし、これには、先決条件がある。まずわたしの想定する能力があること、これである。ある一定の能力が必要ということである。その上で、わたしの期待を裏切らないということがある。わたしの指示をきちんと実行できるか、これにかかる。
 さて、中学生というのは、まず部活で潰れる。ほとんどの中学生は部活で人生を棒に振る。高校入試は、人生を振り分ける、真の意味の最初の試練である。
 竹の会でも、中1から中3まで「いる」中学生は、ほとんどいない。まあ、もともと1、2人ということではあったが、それでもたいていは、中1の終わり頃には消える。部活で遅くなる、休む、指導時間中に寝る、家庭学習がほとんどなくなる、こうなるともう手の打ちようはない。それに、竹の会では、成績が、落ちれば、退塾は必然であることも知っておいた方がいい。
 さて、話しが、長くなったが、都立上位校の勝ち方というテーマでした。大まかに言うと、前倒しで、できるだけ早く、できれば中1までに、遅くとも中2の夏休み前までに、中3までの、特に、数学と英語の履修事項を終わらせることである。理科、社会については、中3になる前までに終わらせること。以上は、時期的な問題である。
 英語といい、数学といい、とにかく効率よく、ポンポンと終わらせていく、これが大切である。
 竹の会では、まずレジュメで、一気に中3までの課程を終わらせる。その上で、わたしは、「この一冊」という参考書を使う。何を使うかは、決まっていないが、英語なら、ある時期に、これ、というのがある。この時期には、これというのがある。数学は、レジュメでほぼカバーしているが、もし開成をというのであれば、過去問をやる。開成なら、中3の4月には過去問に入っておかなければなるまい。英語もセンター試験が基準となろう。国語の読解も、早くから、受験国語の読み方を訓練しておかねばならないし、古文の概観も習得しておかねばなるまい。つまり、いくら時間があっても足りないということだ。
 わたしなら、この一冊主義で、7回読みをやる。理科、社会もそうであるが、「この一冊」を「打つ」というのが、わたしのやり方である。
 だから、「この一冊」に何を使うかが、かなり重要になってくる。「この一冊」で、わたしの、プロの目が問われる。わたしは、「この一冊」を期間を定めて、たいていは、7回やるように指示するだろう。君が何ができて何ができないかをわたしはいつも掴んでおきたいのである。わたしが、過去問を使うのは、君の答案の美しさを見るためである。答案が醜いときは、わたしは手を入れる、処方をする。まるで外科医のように、手を施す、手当てする。そう「手」である。わたしがわたしの「手」を使うのである。母親、父親が、家庭で、完全コントロールするときは、わたしには、打つ「手」はない、何もない。手を知らない、入試の勘所を知らない父親、母親の支配が、壊す、だからいろいろ受験の情報には詳しくても、所詮素人なのである。
 わたしの指導を生徒自身が「無」にすることがある。指導レジュメを全く出さない、あるいは出したり出さなかったり、よく失くす、こういう生徒は、すでに竹の会でやる意味はない。
わたしは、本来高校入試が好きだった。高校入試の指導をしているときが、充実していた。しかし、ある時から、勉強に向き合ってない子たちばかりが目につくようになった。学習不振の子ばかり、だった。少子化というのは、塾に、このような形で、押し寄せてきた。わたしは、この時、地元の中学生を指導することから、訣別した。
 あの時から、本当に、高校入試をやる価値のある生徒だけを選んで、指導する、そう決めた。
 わたしは、本来高校入試が好きである。だから、今でも、高校入試にかける生徒が、逸材が、竹の会にいつか現れることを願っています。

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