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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

筑駒・開成合格塾/駿台模試都立日比谷志望者第1位塾/渋幕特別特待生合格塾/桜修館のための名塾

2022.06.18

 

◎権威の作った通説、常識に惑わされるな!!

 絶対にやらなければならないものなど、本当にあるのだろうか。「これは、やらなければならない」と権威筋は断言する、本当なのか?
 「これをやらなければ受からない」本当なのか、疑ってみるだけの価値はある、
 かつての司法試験では、団藤博士の「刑法綱要」が定番基本書と言われた。これは総論と各論各1冊で合わせて1000ページを超える。我妻博士の「民法講義」は、総則・物権・担保物権、債権総論・各論(4冊)あるから、これは膨大な量である。当時はこれを読むのが普通とされていた。今考えれば恐ろしい話しだ。確かに挑戦する猛者もいた。そういうわたしも何度か読み返している。今から思えば、馬鹿な話しだった。当時は、今のように合理的な考えは皆無だった。予備校もなかった。中央大学なら真法会、早稲田大学なら法職課程など、大学が力を入れて援助する団体が主だった。東大や九大などの国立になると全くの学生の、私的団体が答案練習会を主催した。中央大学の真法会などは「受験新報」という機関誌まで大手出版社から月刊で出していた。会長は、そういう古い体質の旗振りだった。今では、学者の本なんか読んでたら、絶対受からない、何年かかるかわからない、というのが、常識である。
 誰もが難しい試験だという仮定を疑うこともなく、だから難解な学者の体系書を読むことが当然とされた。権威者たちは、簡単な試験ということにしたくなかったのだ。だから権威が保たれる。こんなに難しい試験に受かったという逸話が、地位を高めることをみんな知っていた。
 世の中で、これがあたりまえ、常識だということは、疑っていい、いや疑うべきだとわたしは確信している。人は常にコペルニクスでなければならない。ガリレオでなければならない。その当時、当たり前と権威が語ることほど疑わしいものはなかった。
 筑駒、開成は、本当に難関なのか。大手の進学塾、例えば、早稲アカ、サピックス、Z会などに通わなければ、受からないのか。
 確かに、合格者は、そういうところから出ている。
 しかし、私は、かつてと違い、もう37年も塾という仕事をやってきた。十分にそういう大手というところの手の内は見透かしているつもりだ。私には、少なくとも難関だと大仰に捉えて構える気など毛頭ない。私なら普通に普通のやりかたで、開成でも、筑駒でもトップをとらせることはできる、そう信じてきた。大手塾や権威筋によって作られた難関などという言動を私は信じない。 常に、コペルニクスの心でいること、それだけである。

 わたしは、特別のことなどなにもやらなかった。ただわたしの制作したレジュメをやらせただけである。いやしかし、わたしもこの道のプロですから、何かと手は打ってきました。それはわたしの手の内のことです。駿台模試で、日比谷志望者中1位、慶応志木志望者中1位、早稲田高等学院志望者中1位、志望校で書いたところは軒並み1位でした。わたしはただコペルニクスの心で指導しただけでした。大手の作りあげた偏差値なんかどうでもいいのだけど、偏差値はほとんどトップでした。どうすればここまでになるのか、なに簡単ですよ。まずそれなりの才能は前提ですよ。才能というのは、わたしの書いたレジュメが難なく理解できることからわかります。そうしたら、部活とか、とにかく余計なことは一切やらないで、わたしの指示だけにしたがえばいいだけのことです。

 ああ、それから都立中高一貫校も同じことですよ。才能がなければならないのは変わりません。そしたらわたしの指示を100%こなすこと、これだけですよ。レジュメを積み残さないことです。これを積み残すのは、才能と裏腹の関係にある、と思います。怠惰でないことも才能の一部です。算数の問題なんか、1問が解けるまでねばって考える、そういう子が伸びるのです。積み残す子というのは、すぐあきらめる、わからないと投げ出す子です。

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