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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

考える力の正体/都立小石川/都立桜修館/都立白鷗

2020.11.10

◎考える力の正体
 暗記の力と考える力
 考える力が暗記の力にかき消されてしまう。暗記というのは、思考の天敵である。暗記は思考を食う。なのに人は暗記こそ天下一と囃し立てる。テレビのクイズ王は知識の暗記に力を注ぐから、思考はゼロと言っていい。もっとも近頃は、クイズ、すなわち知識の天下一ではなく、知能の天下一を競う番組も出ているが、こちらは文字通り知能の争いである。
 

2018女子学院 竹の会2010算数速解 所収
中学生が何台かのバスで遠足に行きます。
各バスには、先生が必ず2人乗ります。乗客55人乗りのバス(    )台では、30人分が空席になります。
乗客40人乗りのバスでは、55人乗りのときより2台増やしても生徒29人が乗れません。中学生は全員で(     )人です。

 

 先日の指導で、小5の子がギブアップしてきた。

 小5「先生、ヒントください」

 私「面積図かな」
 小5「先生、面積図がうまくかけません」
 

 かいた図を見る。なるほど、面積図が問題事実を反映していないので先へ進めない。面積図もかきかたの工夫がいるのだ。問題の意味、綾を巧みに図で表す、これも技術であり、工夫を要する思考の為せる技だ。
 何度かかいてみて、失敗しても、諦めず、かく、これが大切である。
 ところで、面積図が、思考の方向性というものを示してもくれる。
 算数というのは、事実としての数についての意味づけの学問なのかな、とよく思う。
 つまり、この問題では、40人乗りにしたところ、2台分増やしても「生徒」29人が乗れなかった、という事実がなかなかにくせ者である。注意しなければならないのは、「生徒」と言って「先生」と意識的に区別していることである。40人乗り2台には、先生が、4人乗るはずであるが、もし55人乗りならこの4人の先生は最初からいないのである。事実を読み取るとは、この算数の事実を見ても、それはそれは奥深いものである。事実が語られないところに、隠れた意味がある。80人中4人を引いた76人の生徒と29人の生徒、合わせて105人が、乗れなくなった、ということである。2台増やさなければ先生4人はいないと考えるからである。。55人乗りのときは、この生徒105人が乗っても、30人分の空席ができた。もともとの台数だと、135人が、ピッタシ乗れた。1台につき、15人少なくしたら、この135人分が乗れなくなった。
だからもともとのバスの台数は、135÷15=9台とわかる。確定的に、わかっている数というものの意味を考える。つまり、わかっている事実、算数の場合は、数的事実、の意味を考えていく、ということである。
 過去問は、過去の出題問題である。この過去問をやることの意味は何であろうか。

 世の中には、過去問と類似の問題が出ると勘違いした親子も多い。しかし、過去問とは、もはや二度と出ることのない問題のリストである。低偏差値の私立中学では、この常識は通用しない。また難関国家資格試験も別論である。平気で類似問題を出すからである。しかし、私立難関、都立中一貫では、そのようなことは決してない。常に、新出問題との戦いである。
 わたしは都立高校や私立高校については、過去問を血液検査のような使い方をする。受験生にしてみれば、過去問を通して、本番の擬似体験をすることに、意味を見出すかもしれない。中には、時間配分、戦略を立てるために、という人もいるかもしれない。
 しかし、それにしても過去問を何十回も解き直すことには、意味がない。答えと解き方を暗記して、過去に対して万全を期す意味がわからない。
 試験は未来のこと、これから起こることだからである。過去問と類似の問題が出ると決めつけている親や子も多い。それは大手塾も変わらない。そのようなひっかけをやる。「小石川対策コース」などと冠をつけて人を煽る。トイレットペーパー騒ぎと同じで、単純な親子が、走り出す。問題の本質は何か、よく考えて行動することが、求められる。もっとも大手の煽りに走らされるようではもともと受かることはない。受かる子は問題の本質をとらえる子であるのだから。
 それにしても算数とは、事実の深層を探る訓練をするのに、これほど優れた学問はない。事実には、深い意味がある。隠れた意味がある。深い深い意味がある。
 わたしは、竹の会を通して、子どもたちに、本当に大切なものを知ってほしい、と願っている。勉強するということのほんとうの意味を知ってほしい。
 算数を解くのではない。算数事実の真の意味を読み解くのである。公式とか、そういうことではない。図をかくのは、算数事実を理解する、もっとも優れた方法だからである。もちろんいつかは「論理」という武器、方法を手にすることもできる。事実分析の方法を、自分スタイルの方法を手にすることができる。

 あなたたちは、言葉や観念に操られて、情動的な判断をしてはならない。常に、事実を実際に確かめて判断する人にならなければならない。他人の言動に惑わされず、常に、事実を、見て、その深層を見抜く人になってもらいたい。わたしの、竹の会の、願いです。 
 

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