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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

都立中合格論/プロ指導家/都立高校入試のこと

2019.12.12

 

第40章 合格論 プロ指導家

 合格は失望の反比例関数である。
 塾の先生が、どれだけ失望してきたか、失望の回数が多いほど合格から遠ざかる。失望が、大きいほど合格から遠ざかる。小さな失望でも、度重なれば合格からは次第に遠ざかる。
 「えっ、模試を受けないの」、「はい、お休みですね」、「昨日、どれくらい勉強したの?」「一時間くらい」、「発表会でお休み、はい、わかりました」、「帰省でお休み、わかりました」、「レジュメ失くした!わかりました」、・・・
 
 小さな失望でも、そういう失望をさせる人というのは結局度重なることが一般で結局落ちる人であった。不合格となるのは、わたしを失望させた人であった。
 

 高校受験の中2、中1の皆さんへのお願い

 竹の会で指導を受ける限り、常に、定期テストの結果、内申の結果などはその都度書面で報告してください。指導中の生徒の学校での成績がどうなっているのか、把握していないのでは、指導はできないからです。

 模試については、遅くとも中3の7月か8月からは受けてください。過去の中3はみなそうしてきました。これはわたしが受験直前の6か月についての模試の結果の推移を見ながら、指導を調整するためです。受験に成功するためには、少なくとも5回分の模試データが必要です。わたしは模試の成績推移をみて、いろいろと、対策をとっているからです。

 失望の対極にあるのは、驚き‼️である。驚き‼️は、合格の徴標である。「えっ、この問題がとけたのか」という驚き、「えっ、一日勉強したのか」という驚き、こういう意外性というのは、後々合格したときに、思い当たることが多いものです。
 模試の結果が、いつも悪いなら、受かる可能性は低い。これが現実です。もちろん模試がよくても落ちた例ならそれなりにあります。しかし、模試が悪くて受かったという例はあるけれども少ない。悪いと言っても程度もので、あまりに悪いか、一度もいい結果がなかったとか、そういう場合に、合格はない。
 性格と合格
 言われたことを夢中でやる子ならもしかしたらがあるかもしれない。そうであっても能力が並みなら模試の成績はたいてい相応です。平均的です。つまりよろしくない。しかし、そういう子の中から合格する子が出ることはままある。
 すぐ諦める子、すぐ飽きる子、斑(むら)のある子、言い訳をする子、みな合格とは無縁です。
 内面的に負の思考をする子は落ちる傾向がある。諦めるのである。だから粘り強く考えることを放棄してしまう。あきらめて考えないのだ。

 高校受験も、早期からの訓練が大切なのは、都立中受検の場合と変わらない。いや高校受験する人は、まず都立中を受検することが、将来日比谷などをめざすとしても、絶対に有利である。都立中受検のための指導を受けることが、将来の都立高校受験の礎になる、これは間違いない。もっともそのためには、思考を鍛える指導、計算、割合などの基礎を完璧にする指導がなされる必要があり、そうなると今の東京の塾にそのような塾を探すのは困難かもしれない。大手塾に早くから行ったけど、中学で落ちこぼれたという例ならそれこそ膨大な数になるであろう。東京のほとんどの塾は、既成のテキストを使った、単元ごとに、授業をしていくやりかたであり、講師は、個人塾は別だが、中大手は、ほとんどが大学生である。熱心で、優しい学生は人気もある。が、問題は、子ども一人が、どれだけ力をつけたか、これである。常に、そこを見る。子どもが、気に入ったかどうか、ではない。計算ができるようになったのか、問題が解けるようになったのか、勉強という生活習慣が身についたか、そこである。つまり、世の親たちの塾の尺度が、ズレているのだ。

 できるなら、小2から、竹の会で、わたしの指導を受けることが、ベストの選択であろう。ただ断っておきたいのは、わたしも竹の会を35年もやってきて、相応の歳をとった、ゆえに竹の会という指導形式、形態の塾が、そう長くは続けられない、であろうことである。もし竹の会がなくなれば、東京にもはや竹の会のような塾を探すのは無理であろう。

 わたしは、プロの指導家である。小2から、わたしの指導を受ける機会に恵まれたとき、その幸運をきっと悟るであろう。多くの親御さんが、「違う、これまでの塾とはまるで違う、今までの塾はいったいなんであったのか」と、一様に驚くのは、嘘偽りのない真実です。
 よくあるのが、入会試験の時の待ち時間に、わたしの指導の光景を見学した親御さんの、驚きであった。それから竹の会の子たちのあまりにもの「できる」ことを目の当たりにして、目を白黒させている親御さんの姿であろうか。
 それまでの塾が、いかにぬるま湯であったかを、ようやく悟る。竹の会を見て、初めて、子どもというのは、早くから早ければ早いほど指導しなければならない、ということを知らされる。これが、小5だともう遅いことを竹の会の子たちの現実を見て悟る。
 子どもというのは、もう小2から訓練するのが絶対にいい。ただし、小2から公文や花丸にやることは、少なくとわたしの考えている訓練ではない。それは竹の会の訓練を受けて見れば分かることである。
 わたしの指導を受けて見ればわかることである。子どもにもそれはわかるようである。子どもたちの理解を引き出していく技術は、まるで魔法のように見えるかもしれません。一瞬にして、子どもの理解の「気」を捉えて、それを掴む、そこから次の理解を引き出す、気がついたら、周りが驚くほど「できる」ようになっている。こういうことは、カリキュラム方式の大手塾ではまずありえないことです。
 竹の会というか、わたしは、子どものできるようになりたいという気を捕まえて、子どもに理解の層を、それこそ薄い層を何重にも重ねて、理解の硬い殻をつくっていく、職人です。世間の親たちは、個人指導とか、個別指導とか、形式を言って、塾のラベル貼りをしているけれど、そんなラベルで、分類して、竹の会を個人指導に近いと理解して、それで何かわかったことになるのか、ということです。世間の個人指導という枠を竹の会にあてはめても意味のないことです。

 それから、竹の会は、都立中受検を通して、子どもたちに、基礎となる思考を育てる、基本的なこと、計算とか、割合とかの基本を徹底して鍛えること、をやっていますけど、そのことが、実は、私立難関中の算数とか、国語で、高得点をとることにもなっている、ことが、わかってきました。
  
 それからこれはあまり知られていないのですが、竹の会には、課題として、さまざまな知識、思考訓練のための教材が、提供されていることです。社会、世界の様々な問題、理科、社会、歴史、国語、作文など、多岐に渡ります。これらは家庭学習をメリハリのあるものにするはずです。ひとたび課題に接するとまたまたその素晴らしさに感嘆する親御さんも尽きません。

 竹の会は、常に、新作レジュメの開発、研究を続けてまいりました、この姿勢はこれからも変わることはない、竹の会の基本姿勢です。

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レジュメ「読解の素」を冊子にしました。

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