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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

都立中高一貫校、猫も杓子もというわけにはいかない/指導の名人域に到達すること~指導を極める

2018.09.15

 ようやく少し空き時間ができました。といってもまだこれから作らなければならないレジュメもありまして、それほど時間もないので、書けるところまで書こうと思います。

 ◎まず、漢検の受検のご案内から

  10月27日(土)実施、9月27日(木)までにお申込ください。

 ◎10月予定表の配布

  次の指導日に配布します。

 ◎渋谷A限定の指導日を増やす件

  木曜日は募集終了。月曜日は空席有。

 🔵大坂なおみの言葉

 「辛抱強く、我慢することを覚えた

 窮地にあるとき、人は、特別の方法をとりたがる。起死回生の方法をと考える。そういう時に、当たり前のことを黙々とやる、辛抱強くやる、そのことだけに集中する、大坂なおみの教えてくれたこと、わたしは、これまでいい表現が見つからないでいたが、言い得て妙ではないか、といたく感心したしだいです。 特別の方法を知らないから、できないと考えるバカ親子がそれこそ腐るほどいる。「うちの子は勉強の仕方がわからないからできない」と本気で考えている母親なら昔から腐るほどいた。できる子は普通に勉強しているだけなのである。当たり前に読み、書き、やっているだけなのである。 相手コートの深いところを突く、そのことに集中する、これが大坂選手の教えてくれたことである。勝とうという意識は、雑な、荒っぽい、思考停止の呪文となる。丁寧に返す、丁寧にコーナーをつく、それだけを考える。もちろん大坂なおみ選手の例である。もし勉強、試験なら、合格する、勝つなどという、あまりにも抽象的過ぎる、感情語、根性語は、思考停止の呪文となるだけである。具体的に考える。わたしは、「一問一問を丁寧に解く」「考えて解く」という言葉を試験本番に向かう子どもたちに与えてきた。絶対受かるとか、合格したいとか、そういう抽象語、漠然とした内容のない語、心情語、願望語を呪文にしてはならない。押し寄せる不安は、来し方の不勉強の為せる業としても、このような抽象語では、不安は消し去ることはできない。具体的なことからひとつひとつ考える。これが、不安を消し去る、妙薬と心得る。 感情的になったとき、頭の中は、漠然とした、感情の塊、不安の塊、恐怖の塊、怒りの塊ばかりが占めて、ここで「落ち着く」などという、冷静になる、などということは、絶対不可能に思える。この時に、具体的に考えていくというのが、本来の冷静さを取り戻すことにつながる。わたしは経験、体験から、そう確信している。

 ◎小3生を募集

 現在の竹の会のメインの募集対象は、これからの小3です。現小3が小4になる4月までには定数を確保して募集を終わりたいと考えております。なぜ小3の募集にこだわるのか、といえば、それは、小4後期では遅いとわかっているからです。小4の募集につきましては、入会試験が必須です。しかし、小3につきましては、緩やかな入会基準を適用しております。それは入会試験では捕捉できないからです。小4早期での入会試験で仮合格の子が竹の会のやりかたで伸びていく蓋然性が高いということがあります。これに対して、小5入会だと、成功の確率が低くなる。もっとも今年桜修館合格の女子は小5の夏からで準合格でしたし、富士合格の2人のうちひとりは小5の夏、仮合格でした。もうひとりは小4の3月、A合格です。実は小4時の入会者がゼロだっただけです。小5入会の子たちの多くが、A合格であったにもかかわらず、間に合わなくなっている、つまり失速しております。課題をやり抜きながら、わたしの指導レジュメに遅れずについてくることができなかったのです。竹の会で成功するには、というより普通の子が都立中高一貫校に合格するには、小4早期のうちに始めなければとても間に合わない、というのが、わたしの経験から得た知見です。

 小3につきましては、入会試験は免除しますが、まず簡単な能力審査をやります。これで指導が無理と判断した場合は入会はできません。また一応指導「可」として指導を開始しても指導を続けることが困難と判断した場合は、そこで指導を打ち切ることも予めご了承しておいてください。過去の例では、1か月ほどで、指導をお断りした事例があります。

 入会をご希望の方は、お問い合わせフォームからお申込ください。電話による対応はしておりません。改めてスタッフより入会審査日をお伝えいたします。

 ◎竹の会で成功するには条件がある 

 竹の会のレジュメを、竹の会でやらないなら、竹の会に来る意味はない。 竹の会のレジュメは、竹の会の指導の核であり、この核を抜いては、竹の会の指導は成り立たない。竹の会に入って市販の参考書をやるバカはいないでしょ。それならば入る必要はなかった。中学生で失敗するのは、たいていレジュメを疎かにするからだ。まあ部活絶対優先の親が、竹の会を適当に利用したという例もありましたが、竹の会を知らないというほかない。27年、28年に戸山に合格したのは、わたしの指導が為し得たからです。そもそも部活絶対優先などということから竹の会で受け入れるべきではなかった、いい教訓になりました。

 課題レジュメの重要性 

 課題レジュメは、竹の会が、家庭学習をコントロールする手段であり、課題をやらない子は、様々な理由があると思いますが、とにかく家庭学習をやらない点において共通している 。特に理由もないのに課題をやらないという子もいましたが、理解不能です。特に、理由もなく勉強しないのは、ただの怠け者でしょ。理由は、例えば、習い事、稽古事、サッカー、バスケなどの諸事由である、ほかにも、実家帰省、家族旅行、法事その他様々。 塾に通い始めて、それまでの生活習慣を変えずに、つまり家庭学習を一切やらないということを続けているなら、塾に通う前提は、もともとない。塾というのは、家庭学習があっての塾である。ところが、世の中には、本当に、家庭学習を全くやらない子というのがいて、そういう子の親が塾でなんとかしてもらおうと考える。こんな親は子もまともに育てられないほどに、いい加減なのであるから、こういう親にかかわるとろくなことにはならない。

 竹の会では、レジュメが、指導の証しとなる。だからいつまでもレジュメを出さないというのは、指導が「ない」に等しい。それからわたしの指示を流してはならない。よく中学生には、テキストを指示して渡すことがあるが、もらったらやりあげること、これは当たり前のことである。これをやらないで「できない」のはあたりまえでしょ。

 課題レジュメを出さない子というのは、家庭学習が「ない」ということ以外に、家庭学習の習慣、方法を学ばないことのマイナスがあまりにも大きい。指導レジュメだけでは、手薄になる、伸びがない。 課題レジュメをやらないのは、竹の会の指導が、機能していない、ということである。 実際、完全にこなした者の合格率はかなりに高い。課題をきちんとやる子ほど合格している。これは事実である。今年桜修館に合格した女子も富士に合格した二人もとにかく徹底して課題に取り組んでいた。こういう子たちはまたわたしの指示通りに「7回解き直し」をやり遂げていた。課題をサボった子たちが「7回解き直し」をやりきったという話はない。逆に、課題をやらなかった者の合格は過去皆無である。これも事実である。課題はやったけれど落ちたという例はあるけれど、課題をやらなかった子の合格例はない、のである。今年落ちた子の中には、かなり知能の高い子もいたけれど、課題を全くやらないか、不十分にしかやらなかったことで一致していた。総じて家庭での学習時間量も少なかった印象を持っている。

 都立中高一貫校に合格する力をつけられるのは、才能のある子に限られる。指導レジュメについてこれるか、課題レジュメを先送りすることなく出せるか、これができるのが、才能という意味である。猫も杓子も塾に行けば受かるというものではないのはあたりまえのことであるのに、世の親はこと自分の子となるとそういうあたりまえの論理もわからなくなる。現実問題として、竹の会で適性試験のための指導が開始する小5の2月時点でそのような能力状況にあるかである。竹の会では、それまでに計算は徹底して鍛えるとして、思考開発のために、割合を軸とした思考を鍛えるレジュメを終わらせておかねばならない。例えば、「算数の魁」、「思考の鍵」、「小学思考の素 割合問題編」「新小学思考の素」「小学思考の素 その他の問題編」の5ステップは終わらせて当然なのである。ところが、今年受検した子たちの大半がこのステップを終わらないままに適性指導に突入した。いずれも小5入会の子たちである。間に合わないとはこのことである。それだけではない。竹の会ではサブ指導として様々な課題レジュメを課して家庭学習をガイドしている。しかし、多くの子たちがこの課題のリズムから脱落したのであった。竹の会で合格を勝ち得るのは簡単なことである。指導レジュメについてくること、そして課題レジュメをやりきること、これだけである。しかし、これを成し遂げた者は少ない。合格者はもちろん成し遂げた者たちであることは間違いない。

 わたしは、仮合格で仮入会した子たちはもちろん、正規合格の入会者についても、竹の会の条件にとても対応できないということがわかった時点で退塾を申し出てくれることが望ましいと考えております。確かに、竹の会の指導はほかにはない竹の会だけの技芸と思っております、だからこのまま竹の会を続けることが、普通の勉強に苦しむ子らにとって、確かな実力をつけていっているとの実感を持っているのだろうことも知っております。しかし、それは入会の際には予めお断りしましたように、「指導が可能か様子を見ましょう」ということでした、進捗がはかばかしくないとか、基本の習得に時間がかかるとか、そういうとき、つまり合格の見通しがないと判断したということですが、竹の会では指導は難しいという暗黙の了解があったはずであり、少なくとも都立中合格のために竹の会に来たのなら、その実現性がなくなった時点で竹の会に見切りをつけていただければこんなうれしいことはないと思っております。

 竹の会の指導は、竹の会にお子さまを通わせておられる親御さんにはよくおわかりなのかと推測しておりますが、東京23区にはほかに「ない」、かつて親御さんに言われた言葉を借りて言えば、子どもたちが勉強に目覚める、自信をつけていく、そしてまるでグラフが右カーブで急上昇していくということを目でみるよな学力のつけかたをしていく、そういうことなのかと思います。入会して1か月前後で、小数の計算も知らなかった子が、たちまち私立難関中レベルの計算ができるようになるのは他塾では考えられない話でしょう。小3とか、小4早期の話です。大手から来た小5や小6というのが、計算もろくにできないのに、大手の用意したテキストをやっているのをよく見てきましたが、いったい何をやっているのか、と思います。竹の会の指導は、割合という思考概念を子どもたちの脳の開発の手段として徹底して分析研究してきたことに特徴があります。そしてわたしの指導歴30年、わたしの到達した指導技術、に依存するところにも特徴があります。わたしは、竹の会が発明した指導という概念に子どもたちの脳の開発の粋を込めています。子どもたちの脳を育成していく、子どもたちの理解の段階を的確に判断し、そのステージに最適の指導を実現すること、指導技術とは、言葉の妙、図の妙を尽くして、子どもたちの理解の能力の枠を広げていくこと、それは理解の枠を設定してやるという、わたしの考案した独自の方法であることはもちろんです。わたしは算数の達人にな、国語の達人になり、数学の達人になり、英語の達人、理科の達人、社会の達人になって、きたのです。その上で、子どもたちに何をどう説明するかをいつも考えてきたのです。わたしの指導がわかるのは実際にわたしの指導を受けて子だけです。わたしの名人域に達した指導で、才能というものが開花していく子たちをわたしは見ていくことが今の幸せです。

 竹の会が塾にやるなら、巷の塾よりはずっといいというので、竹の会にそのまま通わせるというのは、やってほしくはありません。竹の会はそういうお助け塾ではありません。ただわたしはどんな子にも差別なく最大限のなしうる指導をなしております。だから学校やそのへんの塾で習うよりも余程わかると考えるのでしょうが、竹の会はそういう塾ではないのです。どうかわかってほしいのです。

 

 

 

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