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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

都立中高一貫校合格の技法

2021.03.28

 

都立中高一貫校合格の技法

 受かるか否か、まず「落ちる」、「落ちるだろう」という判断は、これまで100%当たった。外れたことがない。これに対して、「受かる」という判断は、時として狂う。 だから、その判断は軽々にはなし得ない。まず、私の場合は、早稲田進学会の模試で、成績優秀者として名前を載せたことが、目安になる。しかし、一番のポイントは、私の用意したレジュメに80%の正答率を示すことであろうか。しかも、比較的短時間に解く、これが大きな判断基準となろうか。
 グレーゾーンについて
 光るものがある。だから受かってもおかしくない。しかし、落ちてもそうなのだろうと思う。そういう子がいる。例えば、平成30年富士の合格者2名はまさにこれに該当したと思う。早稲田の模試では一度も名前を載せたことはない、どころか最初は酷かった。大原の模試では、50%、70%取ったと思ったらまた50%。ちなみに、大原の模試で40%の子が受かった試しはない。逆に、80%取っても落ちる。つまりあまり信用ならない。
 私がグレーゾーンとして迷うのは、やはり時として光るものを見せるからである。
 早稲田進学会の模試で、複数回名前を載せながら、落ちる子もいる。
 先ほども述べたが、早稲田の模試は飽くまでも目安にしかならない。やはり竹の会の指導における姿勢、態度、正答率が、大きいように思う。特に、合格者は、人格的に、卓越しているように思う。尊大な態度、慇懃無礼という子は、なぜか受からない。合格すること子というのは、素直、控えめ、礼儀、敬意、そういうものを備えていたように思う。

 自分で考えて解いたのでなければ意味がない。そこにこだわりがない子は、やはりダメである。答えに丸を貰う。そういうことにばかりに気を取られていると、答えさえ合えばそれでいい、そういう考えに支配されるようになる。それがカンニングにつながる。カンニングと言っても、私が解答を見ながら丸つけするときにチラッと見るとか、たまたま隣の席で同じところをやっていたとか、偶然的なものだけど、わかっていないから式がない、答えだけ書いてくる。

 ここで考え違いしてしまうとこれはもう破滅に向かって一直線ということになる。何のために勉強しているのか、この問題を自分の力で解くことが自分の力をつけることになるのだ、そういう信念がなければ、成功などするはずがないのである。

 過去に挫折した子たちというのは、つまり本番で叩き潰された子たちというの、原点はほとんどここにある。周りからできると思われている子というのは、それに見合う自尊心、自己肯定感というものがあり、偽りの実力、つまり虚力を作る素地がある。
 いいですか。
 あなたたちが、失敗するのは、虚力をつけてしまうからです。解き方を教えてもらい、7回解き直しでその解き方を覚えてしまう。これは非常に危険な習慣づけをしていることに気がつかなければならない。まずそこには1ミリの思考もない。覚えるという、頭の使い方は、頭が常に「思い出す」という働き方しかしない、ということです。これは受験には、致命的です。なぜって、常に新しい問題、つまり未知の問題で試される本番で、いったい何を思い出そうというのですか。思い出そうという頭の働かせ方の最大の欠陥は、おそらく問題文を間違って理解する、誤解する、曲解することにある。なぜって、思い出すという心理は、問題から似たものを、覚えていることと似たものを「探す」ということにほとんど心を奪われることになるからです。つまり、問題をろくに読まない。
 自分で解く、考えることにこだわれ!
 
 考えたら、ノートに証拠を残せ!
 私が、式を書け、単位をつけろ、と口うるさく言うことの意味がわかるようになれば、合格も近いでしょう。
 
 受かる子というのは、私に不安を残さないものです。私が、あれこれと一抹の不安を抱く、これは悪い兆候です。失敗する可能性のあることは失敗する、これはマーフィーの法則ですが、一抹の不安というのは、失敗する可能性のことです。
 不安の実例
 殴り書きしたノート 丁寧に書くのを面倒臭がる
 テキストを計算用紙にする 面倒臭がる
 悪字 字をゆっくりと丁寧に書くのを面倒臭がる
 一問にかける時間が長過ぎる
 正解率が悪い
 逆に、塾よりも家でやった方が正解率が高い
 過去問を解かせると、正解と瓜二つのことがよくある、
 よく喋る
 じっくりと取り組んでいる姿を見たことがない
 さしたる理由なしに「今日は疲れたのでお休みします」
 これは、勉強と一歩距離を置いているような印象を受ける
 レジュメをよく失くす
 レジュメやテキストが、グシャグシャ、こういうのを見ていると、虚しくなる

 勉強とは、積み重ねである。積み重ねが、できないような勉強というのは、実を結ぶことはない。だから、字が汚いというのは、ここで切られるのだ。勉強が積み重ねであってみれば、勉強という中には「継続」という要素が当然内包されているものと考えなければならない。だからわたしは継続を断ち切る行為には厳しい目を向けるのである。
 きちんとした字でノートをしている子とか、レジュメやテキストを丁寧に大切に扱う子を見るとホッとする。ただ、ノートがきれいに取れても、できない子はたくさんいた。逆に、悪字の子で知能が高い子もたくさんいた。
 ただ、私が合格を確信した子のイメージは、しっかりとしたノートの取れる子であり、一度注意すればきちんと修正できる子であった。ノートやテキストを大切に扱い、レジュメの管理もほぼ完璧であった。そうなのである。「大切に扱う」心を備えている子が受かるのだ。
 よくレジュメを何冊も要求する子がいるけれど、こういう子は受からない。テキストを解き直し用に使う、などいろいろ理由はあるようだけど、こういう子が合格したことがない。なぜだろうか。おそらくこういう子は、基本的に「できない」のだと思う、「できる」子というのは、かえって自分が苦労して解いた問題の足跡を大切にする。自分の記録として大切にしたい、という意思が強い。だから「できる」子ほど新しいテキストが欲しいなどと言わないのだ。レジュメを欲しがるのは、できない自分を見たくない、払拭したい意思の現れのように思う。だから気分を一新してまた取り組もうと新しいテキストを要求する。こうして、これは一抹の不安を起こす要因となる。
 私の言葉が伝わらない子は落ちた。これは知能とは関係ない。ただ知能が高ければ普通伝わる。しかし、天才肌の子は勉強には夢中になるが、日常の瑣末な出来事には関心がない。だから伝達事項が伝わらない。これは時として、試験本番の手続的なところで転けることがあるから、笑ってはいられない。
 人を見下す子は、落ちた。人間なんて不完全なものです。知識が増えれば増えるほど自分の非力さに思い至る。いとも簡単に自分が人より優れているなどと考えるなんてどうしてできるのか、わからない。できると言ったって大したことはない。相対的なものだ。自分より優れた人はごまんといる。聡明なら、賢いなら、とても人を見下すことなどできようはずがない。
 謙虚な子ほど安心できた。子どもの自信には不安しかなかった。
 
 さて都立中高一貫校合格の技法について、少しく述べてみよう。
 ただし、これは竹の会での話である。
 竹の会には、算数の魔法の方法がある。ミクロマクロ法と名付けられたこの魔法を竹の会の子どもたち、当たり前のように使う。竹の会の子たちは、算数の上達が速い。そして、みな算数の上級者として成長していく。そうなのである、答えはここにあった。算数の訓練を重ねる中から、思考力を極限にまでつけていく。これこそが都立中高一貫校合格の技法、いや極意なのだ。
 思考力をつける。これしかない。本番で、似た問題なんか予想して対策なんか取っても意味がない。そんな小手先の対策なら何もしない方がましだ。
 本番では、とにかく丁寧に未知の、初の、問題に対することになる。最初から、予見を持って問題読んで、偏見なしに読み取れるか。頭の中は空っぽにして、虚心坦懐に読む。素直に読む。そして自分の培ってきた思考力で読み解く、これである。決して思い出そうとしてはならない。思い出そうとする脳の働かせ方は、思考停止のスイッチを入れるということである。そういう脳の働かせ方をしていると、思い出せないとき、やることは、勘で解く、感覚的に、情緒的に脳を働かせて終わる、結局そういうことになる。最も悪い対応、準備になってしまっている。
 私は、わかったのだ。子どもたちを如何にして、受検直前まで、思考状態にしたまま、本番に持ち込めるか、これだ、とわかった。
 直前に、覚える、思い出す、これは、絶対にやってはならない。
 技法というか、質のいい、レベルの高い問題で、頭をじっくりと使う、そういう「活」状態にしたまま、本番を迎えさせることである。
 志望校の過去問をやり終えていることは、必要か?
 これについては、わたしは、漠然と「やらないよりもやった方がいい」に決まってる、と考えていた。平成23年の指導までは、過去問合格法で戦ってきたのだから、わたしが過去問、特に、志望校の過去問の呪縛から解き放たれるのは、強固な信仰を打ち破る、離脱させるに等しい、強い信念を必要とした。
 平成24年の指導は、純粋に、レジュメだけで戦った。もちろんレジュメは、すべての中高一貫校(公立・私立すべて)の過去問を元に作っているから、過去問と全く無関係というわけでない。ただ直接に、志望校の過去問をやることはなかった。過去問合格法では、すべての、つまり全国の公立中高一貫校の過去問が対象だから、過去問漬けである。
 平成24年の指導は、そういう意味での過去問を捨てた年であった。結果は、翌年25年2月に出た。5人中3人が合格した。小石川、白鷗、桜修館合格
 25年指導の失敗 3人の受検生がいた。うち2人は、早稲田進学会の成績優秀者の常連だった。1人は白鷗補欠で落ちた。他の2人も落ちた。全滅だった。この子たちは、3年後、6年後に成功を報告してきた。1人は宝泉理数インターから東北大合格、1人は日比谷、慶応志木合格慶應進学、残りの1人は日比谷合格
 25年指導は、過去制作のワード版レジュメに惑わされた。わたしの失敗である。
 26年指導は、24年指導の精神に回帰した。24年のレジュメはもちろん、新作で直前まで思考を追究した。翌27年、3人中2名合格。桜修館、富士。
 27年指導から令和元年の指導まで、部分的に過去問合格法を復活させたのは、レジュメの正解率がよくなかったからだった。令和2年小石川合格のみ。
 令和元年の指導が、病気との戦いだったことも災いした。
 令和2年指導 手術で指導中断、さらに新型コロナで指導は苦難を極めた。ようやく子どもたちが戻ってきた夏休みも十日しかなかった。最悪の年だった。だからこそわたしはレジュメをじっくりやることにかけることができたのだと思う。もう過去問は全く、一切やらなかった。見向きもしなかった。過去問をやると失敗すると直感したからだ。子どもたちには、過去問をやることの悪い面が、確実に脳を侵食すると警戒したのだ。
 令和3年の1月ギリギリまで、レジュメにこだわった。思考を深くすることに意を払った。24年指導に完全に回帰したのだ。もう迷わない。もう過去問の呪縛はない。わたしは、竹の会合格の技法の真理にようやく気がついたのだと思う。もう迷わない。私が迷ったら、子どもたちが動揺してしまう。私が信念を持って確固たる指導をしなければどうするのか。

卒業生からの手紙  羽ばたく竹の会の子たち

阿部先生

ご無沙汰しております。
平成27年に富士高校附属中学校に合格した○○○○です。
進路が決まりましたので、ご報告いたします。

早稲田大学政治経済学部に進学することに致しました。
他に明治大学政治経済学部横浜国立大経済学部(後期)などに合格しました。
受験時には、阿部先生に作って頂いたパラコードを鞄に入れてお守りとして持って行きました。

富士中高での6年間は、のびのびと過ごしながらも、探究の授業をきっかけとして社会問題を探究したことで、将来の目標が出来ました。

この中高での時間と経験が得られたのも、阿部先生のおかげです。本当にありがとうございました。

残念ながら第一志望には落ちてしまいましたが、心を切り替えて、早稲田大学での生活を楽しみたいと思います。これからの大学生活では、自分の学びたい分野を含めて包括的に学んでいきたいです。

まだまだコロナウイルスが猛威を振るっておりますので、お身体を大切にして下さい。

注 この子はもともと小石川志望だった。しかし、竹の会に来たのが小5の後半だったこと、模試の結果などから、わたしが、志望校の変更を勧めた子でした。

卒業生からの電話
 「7年前に竹の会にいた○○○○です。あれから公立中に行き、日比谷高校に合格、一浪して、今年、杏林大学医学部に合格しました」
 注 例の25年指導の3人の中の1人だった。部屋を片付けていたら、竹の会のレジュメが出てきて、懐かしくて電話したのだ、という。わたしは、彼女にもらった修学旅行(箱根)のお土産の寄木細工風のしおりを今も大切に持っている。時折りどうしているかな、と思い出すこともあったが、まさか竹の会に電話があるとは、感激です。
 竹の会の子どもたちは、竹の会で過ごした日々をいつまでも忘れないで、わたしに便りをくれる子が多い。懐かしんで連絡してくる子が多い。
 竹の会の指導の日々を懐かしんで忘れた頃に便りがくる、訪問してくれる、不思議な塾を作ってしまったようです。
 ありがたいことです。
 

 
 

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