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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

都立小石川/都立両国/都立白鷗/都立富士/都立戸山/都立青山/ひたすらな気持ちが、天に届く

2019.11.30

 

第37章 ひたすらな気持ちが、天に届く
 ひたすらにただひたすらに合格を信じて、一心に勉強する、受験とは、そういうものです。直前まで当たり前のように勉強することのいかに難しいことか。
 さて、ひたすらに勉強のことを思う人が、習い事、稽古事、はたまた激しいスポーツなどに無闇に時間をかけられるだろうか。いや、かけるであろうか。ほんとうに勉強する人というのは、いつも寝ても覚めても、どこにいても勉強のことが頭から離れない、勉強が気になって仕方ない、勉強が心配で仕方ない、そういうものではなかろうか。

 わたしには、勉強とスポーツを両立させるというような人たちが、スポーツを楽しみながら、勉強にも集中するという人たちが、勉強にのみ専念した場合と同じように成功するとはとても思えない。そういう人たちは二兎を同時にものにすると言っているのである。その意気込みはいい。が、やっぱり無理だった、では、あまりにも自分の人生を軽く捨てたことにならないのか。
 世の天才と言われた人たちを見よ。一つのことに夢中になったらもう他は目に入らない、そのことばかりを四六時中考えている。この人たちは、日常の生活さえももう手につかない、頭の中は、例えば、相対性理論でいっぱいで、というか自ら立てた仮説の論証で頭は目まぐるしく四六時中動いている。わたしなどもそういう天才とはレベルが違うが、気になるともうずっと考えている。あれやこれやと頭をめぐらしている。ああでもない、こうでもない、と仮説を立てては証明に失敗し、また仮説を立てる。頭をめぐらし矛盾を見つけてまた振り出しに戻る。
 考えているともうとても他のことなどやる余裕はない。両立したという成功談は驚きであり、わたしにはとても理解できないことであった。
 話は少し変わる。 

 模試の結果は、絶対か
 模試に一喜一憂して、親などは、模試の結果でもう本番の結果も決まったかのように意気消沈したり、鬼の首を獲ったように大騒ぎをする人もいますが、模試は本番ではない。本番とは全く違う。そもそも模試の問題は、本番ほど考え抜かれて作られたわけではない。中には、恣意的にどこやらのネタ本の模倣でごまかしていることだってあり得る。予備校や塾レベルで作られる模試問題なんてたかが知れている。今年の九段の問題は模試レベルより酷かったが~選抜の用をなさない問題なんか、ゴミであろう~大手塾の模試問題もゴミ問題が多いことは想定済みである。模試を受けるのは、どんなゴミ問題でもとにかく同じ条件で、受験生が、順位を測ることができること、これだけである。中には、模試の問題が、本番に出るかもしれないと、解説講座を受けたり、解き直してみたりするバカもいるようであるが、同じ問題が出て、受かったみたいな勉強してどうするのだ。大手も大手で、問題を当てたとドヤ顔で宣伝する。バカか。試験というのは、実力つけて、未知の問題を、自分の脳みそで解いてナンボでしょ。競馬じゃあるまいし、問題予想して当てっこして、バカか。
 親たちには、志望校の過去問、特に、直近の過去問をとにかくやっておこうとか、心配する向きもある。これは大手塾もいやどこの塾も同じ発想をするけれど、わたしには、志望校の過去問を夢中でやるのは、バカにしか見えない。親たちの意識には、もしかしたら似たような問題が出るかもしれないという気持ちもあるのかもしれない。しかし、そもそも今年の問題なんか、次に、二度と出ることはない、つまり、過去問とは、もう出ない問題のリストでしょ。特に、今年とか、去年なら、絶対出ない。というか、過去に同じ問題が出たのを見たことがない。つまり、過去問なんか律儀にやっても何の役にも立たない。過去問やる親の心理には、もしかしたら、似た問題が、出るかもという、宝くじを買うような心理があり、やってるうちに、もう同じ問題が出ると確信して止まない。ばっかじゃないの。そんなことより、基本的な問題なら、自分の脳みそで解く力をつけなさい。
 模試をどれだけ信用できるか
 私見を述べれば、模試が悪くても受かるときは受かる、模試がめちゃくちゃできても落ちるヤツは落ちる。
 ただ模試ができないヤツが、受かる蓋然性は低い。逆に、模試の成績がいつもいいヤツが受かる蓋然性は高い。
 これが高校入試の模試だと、模試は信用できる、と言っていい。
 ただし、わたしは、模試が信用できるのは、都立入試に限る。首都圏でも、難関私立は、模試は目安にしかならない。
 そして都立高入試の模試で、信用できるのは、V模擬とW合格模擬である。これらの模試が、信用できるのは、都内のほとんどの都立志望者が受けるので、精度が高いからである。わたしは、主として、V模擬を使ってきたので、Wのデータは、その合格基準値が、Vより高いということもあり、合否判定に使ったことはない。ちなみにVだとC判定でも普通に合格している。ただし、C判定ばかりだときついと思う。いい時は、AやS取ったりしてのCでなければならない。直前にF判定でも受かった例が二例ある、青山と戸山にである。
 わたしは、模試だけで判定はしない。わたしの判定の仕方は別の機会に譲るとして、一つだけ注意しておかなければならないのは、わたしの手元に少なくとも模試のデータが、3以上はないと、わたしは何も判定できなし、何も対策が取れない、ということである。
 実は、竹の会で都立入試に落ちたケースは、少なくともわたしが最初から無理と判断していたのに受験を強行した例を除き、3件あった。この3件に共通していたのは、わたしにデータがない、なかったことである。一番徹底していたのは、都立目黒を受けた男子で、わたしは、何のデータも持ち合わせていなかった。学校の成績、模試の成績全てである。受験した高校さえも発表の日まで知らなかった。いくら尋ねても言葉を、濁して言わなかった。これほど秘密主義というのはなかなかいない。これだけ秘密主義を通されるともう笑うしかない。

 もう一例も都立目黒。当時教室が2つに分かれていて、目が届かなかったこともあった。その女子は、日大二高に受かった女子と隣りの席にしたことが災いして、過去問指導では、必ずそのよくできる子に解き方を聞いて正解を書いてわたしのところに持ってきたという事情をわたしは全く知らなかった。その女子をできる子特有の信頼の仕方をしてしまったのだ。過去問チェックでは、合格ラインを取っていたと思ったのだが、これも怪しい話しになった。当時は、まだ業者テストの時代で、今の進学研究会や新教育研究会は、持ち回りで学校で模試を半ば強制的にやっていた。考えてみれば、この子らがわたしに模試の結果をデータ提出したこともなかったのだ。

 最後のケースは、模試も塾を通して受ける形となり、わたしにも模試のデータはあった。悪いものではなかった。ただ家庭で、過去問をやらせるなど、わたしの情報把握が機能しなかった。わたしの正確な判断の基礎材料がなかった。しかし、本当の失敗の理由は、部活にあったとわたしは思っている。中3の夏過ぎまで部活部活に追われた。部活を休めば内申は保証しないと脅されて、結局どれだけ勉強を犠牲にしたことか。退部など許されない空気だった。本番は、本人の信じられない致命的行為も不運にはたらいた。
 わたしにデータがなければわたしは何もできない。
 わたしがわたしのやり方で指導すれば、わたしは、当日何点取るかまで正確に予測できる。
 不合格は、わたしの手を離れたところで起きる。
 少なくとも今のわたしが、高校入試で失敗するのはそういう場合しかない。
 高校入試は、いや都立高校入試は、裏切らない。これまでわたしの指導が十分に行き渡ったケースで、失敗したことは一度もない。失敗したのは、わたしのコントロールから離れた時だけである。
 これに対して、都立中受検は、高校入試ほどの確実性はない。高校なら、内申によって、然るべき高校を選択することになるが、都立中受検では、内申の信頼度が低いから、知能判断、勤勉度判断をすることになるが、低年齢は不安定であり、幼さからくる不確実性は避けられない。不安定とは、情緒の不安定である。したがって、勉強行動が、100%信頼できない。いつ崩れるかわからない。受検直前に逃避する子が出てくるのは、高校入試の方が多いかもしれない。特に、低偏差値高校の受験では、そういう事態に至った子の弱さ故にということもあるが、敵前逃亡を幾度となく経験した。都立中受検でも時折、失速した子たちが、同じことをやる。失速というのは、様々な理由で、勉強を先送りしてきた子たちの必然的に陥る定型行動である。
 ここで、親の判断がまた外れる。スポーツ目一杯やって、受験に成功すると考える根拠がわたしにはわからない。しかもそういう親ほど、両立しても成功すると断言する。わたしの意見など聞く耳を持たない。
 話しは逸れたが、模試がどこまで使えるか、であるが、やはりできなければあまり期待はできない。できるに越したことはないが、早くから成績がいいと、勉強に弛みが出がちで、油断するから、その後の勉強が雑になる。追い詰められた必死感がなくなり、緊張感のないままに本番を迎えることになる。
 模試が、悪くても腐る必要はない。落ち込むだろうが、模試は本番ではない。
 模試が悪ければ逆に必死になる、燃える。
 わたしは、大学入試のとき、11月頃だったか、全県模試というのを一度だけ受けたことがある。九州大学法学部志望。結果は酷かった。天文学的な絶望的可能性であった。合格可能性はゼロに近かった。正直めげたが、自分のやっていることを信じてやるしかなかった。とにかく7回どころか、20〜50回まわしを終わらせることに専念した。それが終わったところで、本番に突入した。例えば、英語なら、赤尾の豆単の単語約8000語を50回回すこと、実は英単語は10000語を語呂合わせで完全暗記していた。「英文標準問題精講」は20回、Z会の数学問題集は20回、「新釈現代文」は、数回、「古文研究法」は数回、「日本史用語集」「世界史用語集」は50回以上、「数研の生物問題集」は数回、「古語2000」は数回、ざっとそんな感じだった。旧帝大の英語は、ほぼ全問長文解釈で、文法なし、英作文はある。慶應などの私立には対応できない。本番の自己採点、もちろんおおまかな記憶ですが、数学95/100、英語100/120、国語50/100、日本史60/60、世界史55/60、生物30/60
 模試では合格不可能判定でしたが、わたしは奇跡的に合格を果たしました。
 
 受検生のみなさんは、とき直し7回を必ずやり遂げてください。
 模試の結果でいちいち一喜一憂しないでください。模試は飽くまで模試です。本番ではありません。模試イコール本番と平気で短絡する親がいますが、今やっていることに信念があれば、模試ごときで動揺してどうするのですか。
 ただ模試ごときですが、模試ごときも取れないのは、やはり問題です。

 わたしの経験で恐縮ですが、わたしは客観的判定は限りなく絶望という中で、自分のやりかたを信じて(信じるしかなかったのですが)、ただひたすら解き直しを繰り返しました。今みなさんに薦めている7回ではありません。20回をひとつの区切りとしました。自信のない科目は50回くり返しました。来る日も来る日も何かにすがる気持ちでわたしはただひたすら解き直しをしました。人々がさまざまに人生を楽しむ光景を自分には関係ないこととわたしはただひたすらに勉強しました。朝6時に目覚めると祖母の作ってくれた味噌汁に納豆にご飯を食べて、12時まで、参考書を回します。小さな座卓の左側には、回す予定の参考書が積み上げてあり、予定のページ数を読んだら右側に移します。昼が来ると祖母が焼きそばなんかを作ってくれてそれを食べます。1時からまた同じことを黙々と進めていきます。勉強していたのは三畳間でした。6時になったら一度切り上げて、近くの温泉に行きます。温泉にはよく弟と行きました。帰りの夜空には星が輝ききれいでした。わたしはなぜか東の空に輝く星空にいつも語りかけました。わたしは必ず旧帝大に合格する。東の空の下にはきっと赤い糸で結ばれたひとがいつかわたしと出会うのを待っているとわたしは信じていました。温泉から帰るとわたしはまた参考書を回しました。寝るのは早く10時くらいには寝ていたと思います。わたしは毎日毎日同じ生活をしました。お正月だって変わりません。いつもの生活パターンを崩すことはなかったのです。

 ひたすらにただひたすらに思い続けることです。そしてなによりも実行することです。なぜって、模試にもなにもかもにも見捨てられた私には「実行」することしか、心の拠り所がなかったのですから。

 竹の会アルバム

2007/02/07 14:56

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