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「算数判定試験」のことなど

2020.07.21

 

◎「算数判定試験」
 7月3日から竹の会では、「算数実力判定試験」を始めた。受検資格は、竹の会の定番レジュメ「小学思考の素 その他の問題編」を終えた者である。「その他の問題編」を終えると、「推理の素」、「1%下巻」へと進むことになるが、さらに、「思考の源」「新速解」と続く。さらに、「2010算数」「2018算数」「2011算数」と上をめざす者にはさらなる試練が待っている。
 判定試験は、そのどの段階にあるかによって、当然成績が反映される。
 ただ過去の合格者の経験値を参考にあげてみると、「推理の素」までしかやってなくて小石川に受かった者もいる。流石に「その他の問題編」を終えていない者に合格者はいないが、「1%下巻」を終えても落ちた者ならいる。合格というのは、それほど単純ではない。様々な要因が複雑に絡んでくる。
 本年は、新型コロナ休暇のため、合否の分かれ目を鳥瞰する機会に恵まれた。過去の竹の会の合格者たちの軌跡を追ってみました。合格者は、例外なく内申がいい。つまり受検するからには内申がいいのが前提の勝負です。
 その上で、使ったレジュメと合格の相関関係を思い出す限りで、書き出してみたい。
 ○24年の指導で使ったメインレジュメ
  入会テスト第1類、合格答案への道(後の入会テスト第2類)、算数をクリアーにする(第1期) 👉以下「24年型レジュメ」と呼ぶ。

  25年合格 小石川、白鷗、桜修館

 ○25年の指導で使ったメインレジュメ

  この年は、24年型レジュメを踏襲しなかった。旧レジュメ(ワード版)

  26年合格者なし。一人は、桜修館に落ちて3年後日比谷、慶應志木に合格、一人は白鷗補欠不合格宝泉理数に進み6年後東北大に合格。
 ○26年の指導で使ったメインレジュメ
  24年型レジュメを踏襲し、さらにこの年は、推論を鍛えるなどの新作ラッシュの年であった。👉以下「26年型レジュメ」と呼ぶ。

  27年合格 桜修館、富士

 ○27年の指導で使ったメインレジュメ

  24年型レジュメ、26年型レジュメを使用
  28年合格 九段、小石川、富士、白鷗

 ○28年の指導で使ったメインレジュメ
  29年合格 なし
  受検者ほぼなし
 ○29年の指導で使ったメインレジュメ
  主要レジュメが使えなかったため、急遽、過去問合格法に切り替えた、主要レジュメが使えなかったのは能力的な理由である。

  30年合格 富士2名
 ○30年の指導で使ったメインレジュメ

  全国の重要過去問、24型、26型

  令和1年合格 九段2名、桜修館2名
  合格の根拠 桜修館については、2010算数までやった、全国の重要過去問は潰したこと、24型、26型も踏襲したこと、
 ○31年の指導で使ったメインレジュメ
  24年型、26年型レジュメの踏襲
  過去問合格法を併用
  令和2年合格 小石川
  小石川合格の根拠 算数に力を入れたこと

総括
24年型、26年型のレジュメが特に合格と相関関係があるように思う。
今年は、過去問合格法が機能していない。なぜか。
根本的には、算数能力が低かったことが大きい。模試の結果がすべてを映し出していた。
算数を鍛えることが、思考を鍛えることである。思考で対しなければ、勝ち目はない。というか適性試験はもともと思考力を問うものであった。
感覚で即答する人間になってはならない。冷静に事実のみを素直に読み解く、そういう人間が求められてる。
何を鍛えているのか。
記憶で解いてはならない。前に解いたことのある問題のタイプなのかを思い出す、そういう脳の働きはいらない。過去問の正解率の低い子の解き直しが、記憶の定着にしかならないのは、自明のことであった。彼ら彼女らは、答えと解き方をほぼ完全に覚えてしまい、試験を記憶問題と誤解してしまった。過去問を解く意味は、問題の事実の分析を練習することにある。試験に臨んだとき、問題を見て、見たことのある問題かどうかを考えるとか、事実をいい加減に読み飛ばして、流し読みして、適当に読んで、問題の型のみに囚われて、思い出すことに脳を働かせる、こういう脳にしてしまっては元も子もない。普段から事実の分析を学ぶことである。落ちる子は、要するに、事実の分析的認識ができていないということに尽きる。
 さてこうして勉強とは、何をするのか、学ぶのか、ということが、明らかになってきたと思う。
 よくわたしは、子どもたちの算数を指導するとき、図をかけ、と言う。他には、式をかけ、式には単位をつけろ、ということも言う。
 図をかかせるのは、事実を正確に読み取るために必要なことだからだ。どのように図をかくか、図で表すか、も実は試されているし、訓練されてもいる。事実を図で表現できること、これが問題の読み取りの第一歩である。図がかけないものはいずれ算数の壁に突き当たる。算数というのは、図をかくことと言い変えてもいいくらいだ。算数イコール図である。事実の読み取りはまず読み取ったことを図にかけること、その図は誰が見ても関係がわかるほど、事実の理解が正確だということがわかる。時には図をかきながら事実を理解していくということもある。
 式をかかないのは、式がかけないからなのか、ただ単に面倒くさいからなのか、いずれの場合もあるが、解いた過程を見るには、式は必要である。
式に単位をつけないというのも、わたしにはわからない。わたしなどは式に単位をつけないと、何の式なのか、わからなくなるから、必ず単位をつけて考える。単位をつける意味はほかにもある。単位どうしの計算で、検算をやっているからである。
 例えば、m➗m=1倍、ないし○倍を表している。
 g➗㎝は、○g/㎝、つまり、1㎝あたり○gを表している。
 g×○g/㎝ は計算できないが、g➗○g/㎝ は計算できる。なぜなら、後者は、g×㎝/g=㎝ となるからである。gは約分で消える。
 単位をつけるのは、式の正確さを担保するためである。
 単位の変換
 まず、単位の分類
 長さは、㎝、m、km
 面積は、㎝×㎝ だから、㎝の右肩に2をつける。㎝が2個ということ。
 体積は、㎝×㎝×㎝ 右肩には3とかく。㎝が3個の意味。
 例えば、1km2は、1kmが2回だから、1000m2回の0が6個、1000000m2 これをさらに㎝2にすると、m2は100㎝が2個で、10000㎝2だから、10000000000㎝2、つまり0が10個

面積はなぜ2がつくのか!
正方形の面積をイメージして、㎝×㎝
体積はなぜ3がつくのか!
立方体(サイコロをイメージ)をイメージして、㎝×㎝×㎝

思うこと
 都立中というのは、地頭がなければ受かるのは難しい。ただ富士については、そうでもない。総じて、算数ができない子が受かるのは、難しい。
 模試で成績が取れない者はまず受からない。ただこれも富士は除かれる。早稲田進学会の模試で、名前を載せたことがなくても受かっている。逆に、名前が載せたことがない者が、富士以外の都立に受かった例はない。名前も一度よりも二度、三度と載せた回数が多いほど受かる可能性が高い。ただこれも例外はあった。名前が載って、猿もおだてりゃ木に上るの類いは、ダメである。勝って兜の緒を締める、そういう謙虚な、いや慎重な子が受かる。
 算数をよく解く子は受かる。すぐわからないと諦める子は受からない。説明を聞きたがる子は受からない。
 粘って考える子は受かる。面倒くさがる子は受からない。
 わからないからと説明を受ける、これが常態の子は力はつかない。
 いとも簡単に勉強より家族行事を取る子は受からない。
 食べてばかりいる子は受からない。
 おしゃべりな子は受からない。
 受かる子は無口である。
 約束を守れない子は受からない。
 受かる子は礼儀正しい。
 教える者に不遜な態度を取る子は絶対に受からない。
 受かる子は奥ゆかしい。
 落ちる子はどこか世の中を舐めたところがある。
 受かる子は現実を受け止めて真摯に取り組もうとする。落ちる子は現実を嘆き他人を責める。
 受かる子は飽くまでも先生に対する敬意を軸にしてブレがない。
 落ちる子は先生を舐める。それだけ底が浅いということである。
 礼節は人の質を測る尺度である。不遜を宿す心は試験も含めて世の中を舐めているから思わぬ失敗をするのが常である。

竹の会創立35年のこと

 今年の10月で36年目に突入します。お母さまがたからはお祝いのメールなどをいただきましてありがとうございます。本来なら渋谷教室開設の5月6日(2012年)を毎年の記念日として内祝いをするところでしたが、今年は新型コロナのために見送りとなってしまいました。元代々木教室の開設が、昭和60年10月のことでした。平成24年5月6日に渋谷教室移転。ただ元代々木教室も同年の7月20日まで続けました。一時的に教室が2つあったのです。わたしは渋谷教室に統一したくて、元代々木教室の子たちを説得しました。旧教室に愛着を持つ親子が多かったのです。

 渋谷教室は竹の会の長年の夢であった渋谷駅至近の塾でした。通塾エリアも23区と近隣の市町に広がりました。元代々木教室も平成20年前後から他区から通う子が出てきましたが、地理的に23区をエリアとすることには不利でした。竹の会は平成24年に都下23区から通える塾として、スタートしたのです。しかし、竹の会のような無名弱小の個人塾に目を留めてくれる人はほとんどいませんでした。都下の親御さんたちにいつか知ってもらえることを夢見て歩んでまいりました。たまたま「草枕」に出会った親御さんが訪ねてくれる、そういう塾でした。「東京の渋谷には竹の会といういい塾があるんだよ」と言われるようになることを夢見て気がついたら35年が過ぎていた。そういうことですね。

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会員のお母さまにいただきました。ありがとうございます。

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