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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

マンモス大手塾で自分の子を本物のバカにする親の精神構造

2016.04.09

 今日は、春の陽気が関東の地上を覆い包み、これは長袖はもう限界かと思わせるほどに、いよいよもうTシャツの季節なのか、と思うほどに、暑く、一瞬の春を惜しんだ、一瞬の桜を悲しんだ。日本の桜の風景は、今や、押し寄せる群衆と下卑た酔っ払いに占拠され、人のいない桜の名所はもはやない、いやわたしが知らないだけなのだけれど、これからまた来年のそれこそ一日だけの桜との逢瀬に向けて、地球の周回軌道に運命を託すことになるのか。そういえば今年は3月2日の都立高校発表の日まで張り詰めていた精神がいつまでも身体を苛み続けた。自分がどれほど子どもたちのために何かを為し得たのか、手を抜いたことはなかったか、やるべきことをやらないですませたことはなかったか、次から次に自分に投げかけられる煩悶にあれこれと考えることばかりであった。ただこれだけは言える。少なくともわたしの自由な時間というものはなく、すべてわたしの時間を子どもたちのために捧げてきたということだけは。

 今年も竹の会では、4月23日に実施される九段の合同説明会にチラシを配るべく準備を進めている。が、しかし、少なくとももうどこかの塾、たぶん大手塾に行っているであろう小6は対象ではない。小5にしてもすでに塾、たぶんどこかの大手塾に行っている子も多かろうから、竹の会がチラシを配る意味がそもそもあるのか疑わしくもある。が、中には、竹の会に興味をもってくれる人が、1人ないし2人くらいはいるかもしれない。ムダになることを承知で今年はわたしも「立つ」ことになってます。

 わたしはこの「草枕」でわたしの信条を日々訴えてきました。しかし、わたしの思いが、正確に伝わっているのかというと、実は、そうでもない、そういう実感を持っています。親たちの中には、やたら体験とか、見学とかを言う人が多いのも、その表れと思います。わたしは、自分の思いをみなさまに正確に伝えられない、ということを、伝えることの難しさを実感しています。

 ひとつわたしが残念でならないのは、大手で一年を無駄にして竹の会にやってくる人たちです。いろいろな意味でもっとも思考を鍛えていかなければならない時期にもっとも粗悪な期間を過ごしてきたことの損失は計り知れないと思うのです。子どもの心は一度粗悪品にまみれてしまうと、最初から無垢の状態から、やるのとは、あきらかに違い、悪い習慣から抜けきれないままに、指導がすんなりと入っていかないのです。

 不思議なのは、大手に子を通わせる親たちのことです。この人たちは、自分の子が計算もろくにできない、割合も実はわかっていない、ということを知らないのです。子本人は、「できると」思っているだけです。「わかる」と思っているだけです。子が「できる」といい、「わかる」というから、親も安心する、ということなのでしょうが、大手というのは、そういう煮え切らない状態で1年も2年もやれるところなのですね。大手の子たちがこういう状態なら、竹の会でもそれほどできるとはされていないグループの子たちが、受かるという理由もわかります。竹の会で1年かけて計算を鍛え、割合を鍛えて、それだけで合格するというのはいったいどういうことなのでしょうか。

 「できる」、「わかる」と豪語する大手の子たちが、大手の小6が、竹の会の訓練を受けた小4や小5に及ばない、ということは竹の会では、普通に見られたことでした。そういうひどいところに世の親たちが入れたがる大手というのはいったい何なのであろうか。とにかくわたしは世の中の親というのが、騙されやすい、うわべしか見ていない、周りに流されやすい、軸のない、人たちなのだろう、と思います。竹の会のチラシを読むこともなく屑籠に放り込む人たちです。いくら竹の会が本物の塾ですよということを訴えても耳を貸さない人たちです。そういう頭の固い、IQの低い人を説得するのは、やはり不可能です。ですから、竹の会のわたしの訴えを少しでも立ち止まって真摯にわかろうとする人はほんの少数の人たちなのであろうと思います。

 世の中は人を騙す手合いばかりです。そういう中で竹の会が本物の塾だと言ってみてもなかなか信用してはもらえない。しかし、わたしから言えば、大手こそ「騙し」だと思うのです。それは大手で学んだという子たちが一人としてまともに学んできていないという事実をふまえてのことです。いや大手だけではない。わたしは基本、中小の塾を信用できるなどと微塵も思ってはおりません。

 竹の会という塾は、私一代で終わりです。わたしが止めたら竹の会は、竹の会という塾はなくなります。そしてわたしの竹の会の指導というものに出会えた人たちは、その幸運を実感する、それは竹の会と出会った、これまでの夥しい数の人たちが、竹の会との出会いを幸運であったと、感嘆し、感謝し、喜んできた、そういう事実からだけではなく、わたしにはそれがわかるからです。

 竹の会という塾はどこにも同じ塾はない。わたしが育んできた、悩み苦しみ、何がもっともいい指導なのかを追究してきた、30年余の体験の積み重ねから、形成されてきた理想の指導形態、そして私自身の指導技術の修練の結果、作り出されてきた、だれも真似のできない、あまりにも特殊な塾だからです。わたしは「教え方」というものを特に問題にもしてきませんでしたが、あるとき、ふと、言われることがあります。「阿部先生の説明はすんなりとわかってしまう」と。平成10年まで、「教え方がうまい」、「わかりやすい」ということで、わたしの授業があるという日には、わざわざ電話で確かめてくる母親がいました、実際、「わかりやすい」ということで、たちまち数学で近隣の中学で評判になりました。

 わたしが、高校入試の数学を首都圏のありとあらゆる高校の過去問を二十年分以上も解き尽くし、あるときは、新宿高校や青山学院高等部の生徒を相手に高校数学を授業し、そのために大学受験の数学を解く日々を送り、大学入試の英語を解く日々を送り、そしてあるときには、首都圏の中学受験の過去問を解き尽くし、そして都立の理科の過去問、社会の過去問を解き尽くし、入試国語の解読に年月を費やしてきたこと、そしてわたしの数学、英語をレジュメにすることを思い立ち、生活のすべてを捧げて制作の日々を送ったこと、いつも壁に突き当たり、悩み苦しみ勉強し、新たな気持ちで取り組んできた、時間を捧げてきた、そういう30年のこと、そういうことを考えながら、わたしは、東京には、竹の会のような塾は後にも先にもないと言っているのです。

 今、わたしが竹の会という場であなたたちに会えるのは、今、もう今しかないと思っています。幸いにも、竹の会という場に、塾に、わたしに出会えた人たちこそ幸運であったとわたしは思っています。

 どこそこにいつもあるような塾ではない。わたしの竹の会は、いつまでもない。わたしが、わたしが、いる限り、いるまでの塾なのだから。

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