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剣術の要諦 牧秀彦の小説から

2015.12.19

 近頃は、暇を見て読む、江戸、時代小説がなかなか読めない。今では、時代小説も文庫本書き下ろしが一般的になった。Kindleで読むのもけっこう便利さを感じた。

 好きな時代小説の作家は何人かいる。小杉健治とか、牧秀彦とか、稲葉茂など。遅筆だが、門田泰明も読む。回りくどい文章がやや気になるが鈴木英治も読む。原点はと言えば、藤沢周平ということになろうか。佐伯秦英は今では筆致が拒絶反応を起こしてどうしても受け入れられない。稲葉茂は暗くて敬遠気味か。かつては上田秀人も読んだけどやりとりが下手くそ過ぎる。文章は下手だが構成がしっかりしているのが小杉健治で、門田泰明は文献を書写しすぎ、森鷗外の「阿部一族」が阿部一族の姓名を網羅的に書いているようなことを門田はやる。あれは退屈極まりない。そういうわけでなかなか読まなくなってきた。というか吟味が厳しい。

 確か、牧秀彦は自分でも居合いをやるのではなかったか。だからその知識を生かして小説の中でも蘊蓄(うんちく)をよく語る。その中の一節が表題の「剣術の要諦」であった。

 曰く、剣術の要諦は、一眼二足三胆四力。一眼は目で射ること。二足は、足捌き。三番目の胆とは、呼吸法のこと。力は四番目である。

 この呼吸法というのがわたしの目を引いた。

 試験に呑まれる、ということがある。試合に呑まれる、会場の雰囲気に呑まれる、などの「呑まれる」である。 戦いは相手の気を呑むことから始まっている。相手の気に呑まれたらすでにして戦う前から負けている。俗に試験で「あがる」というのも、試験の雰囲気に呑まれるということをいうのであろう。厳かな試験場、みなできそうな顔をした受検生たち、親、予備校関係者などの人の群れ、すべてが「呑まれる」に十分なお膳立て。

 実力の足りない者はここで呑まれる。実力がないことが、自信のなさが、一気に弱気として表に出て、心を支配する。できるものもできなくなる、最悪の精神的風景。十分に勉強してこなかった者は負い目がある。この負い目が呑まれる機運となる。自信のある者は、力みすぎて力を発揮できず、自信のない者は、過大に恐れて力を発揮できない。

 誠に人間の心とは弱気にして厄介このうえないものである。弱気のときの呼吸はため息に近くて、弱々しい。強気のときの呼吸は鼻息が荒い。魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまみれた心のもたらす呼吸は短く、浅い。

 胆力。呼吸法のこと。

 臍下丹田、つまり臍下(せいか)の丹田(たんでん)に落とし込む心持ちで息を吸った上で少しずつ吐き、肩から余分な力を抜くこと、これが呼吸法である。

 呼吸から精神を整える。矯正する。試験に臨んで深呼吸をしてみなさい、という。深呼吸したら落ち着いてきた、ということはある。それなら普段からこの呼吸法を実践してみたらいかが。

 腹式呼吸という。息を吸い込むときは腹をふくらませ、息を吐くときは腹をへこませる。息を吐くときはできるかぎりゆっくりと吐く、そこが要諦である。深呼吸とは違う。腹の動きが逆である。

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