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小石川中等、桜修館中等、九段中等、白鷗中、富士中、本番に向けての心の準備

2016.01.30

 平成28年2月3日、節分の日、公立中高一貫校入学者選抜のための適性検査実施日、いよいよ中3日となりました。

 今日は、本番に向けての心のありようについて少し話してみたいと思います。

 本番では、力はあるのに失敗する、そういう人が必ずいます。力がないのなら落ちてもしかたない、選抜試験とは力のない者を落とす試験なのであるから当然のことです。力のない者がそこそこの勉強しかしてこないで合格を期待し期待通りにならなかったからといって落ち込む理由はないでしょ。試験というもののとらえかたがこういう人に限って漠然とした自分の期待をない交ぜにしたものになっている。ものごとを不明確にしか、曖昧にしか、してこなかったから合格の期待までもが曖昧模糊とした、その分期待が膨らんで合格を妄想することとなる。

 力があるのになぜ本番で持てる力を発揮できなかったか。ずばり勉強不足です。勉強を常に優先させる姿勢を貫けなかったからです。

 せっかくの力を発揮できない、精神的な軛(くびき)とは何か。

 軛の厄介(やっかい)なのは、バランスのいい判断をできなくすることだ。試験に弱い人、失敗する人というのは、どうしても比較考量(ひかくこうりょう)ということができない。自分の思い込みだけでなぜかマイナーな判断をする傾向が強い。

 判断という過程は、客観的な根拠によって担保されていなければならないのに、マイナー思考の強い人は、どうしても超主観的思い込みを根拠に普通ならあり得ない判断をしてしまう。

 問題を読んで、早とちり、勘違い、思い違い、読み誤りをするというのは、自信のない表れである。潜在的に間違った理解をしたいという意識が働いているのかもしれない。

 判断で求められるのは客観的根拠に基づく判断である。主観的根拠ではだめである。あるいは前に似たような問題を解いたことがあるというのも根拠にはならない。バカの一つ覚えで覚えた知識を本質は全く違うのに現象の違いがわからず適用するというのも未熟な脳のなせる技である。問題が新傾向に見えたのならそれは現象面にだけとらわれているからである。小学生でも現象だけで割合などの問題を実は解き方を覚えて解こうとすると現象が違えばすぐに「わかりません」と言うことになる。具体的なものの理解の積み重ねから、現象に共通なものを見つけて抽象化することができなければいつまで経っても現象を追い進歩がまるでないことになる。

 ここでは頭のいい人を念頭に置いている。そういう人が失敗するのは、判断に際して、バランスを欠くからである。常識的判断が正解なのは、バランスが優れているからにほかならない。判断に際しては、比較考量することが大切である。いわば秤(はかり)にかけてより重いほうをとるということである。マイナーな選択肢、非常識な選択肢はこの過程で捨てられる。試験というのは、まず普通の常識的な判断が求められている、いや非常識な判断が排除されるのが試験だと考えた方がいい。

 これと国語の読解における選択肢問題とは似て非なるものがあるけれど、本質的には、やはり比較考量があると思う。国語の選択肢問題では、あなたが本文を読んでその理解したことを選択肢で問うているわけではない。ここは受験生がもっとも誤解するところである。国語の読解問題が問うているのは、選択肢と本文、つまり筆者の書いていることを比べて、正否を判断しなさい、ということである。ここでは、あなたのする仕事は、本文の読解ではなく、本文と選択肢の純粋な比較なのである。だから選択肢の作者と本文の筆者との見解が違ったとしても一向にかまわない。要は、選択肢の作者が創作した選択肢とほぼ同じものを本文から探して見つけてられますか、ということである。

 わたしは江戸の剣豪小説が好きだから、すぐそういう話になるけれど、剣の道では、戦いに際して、もちろん相手が強いときの話ですけど、「後の先」ということが言われる。「後」は後手の後、「先」は先手の先です。先手は打ってはいけない、という教えです。しかし、これはかなりにわかりにくい。「後の先」というのは、結局「先手」を打つことなのであるから。ただ相手が先手を打とうとまさに動き出す一歩手前の心の瞬間、行動に出る瞬間の何コンマ秒単位の前の瞬間を捉えて先手を打つということなのかと理解しています。そうするとそれまでには全神経を集中させて相手の動き、心の変化を読み取らなければならない。

 試験の本番に際しても、この「後の先」で行くことを勧めたい。自分が判断する前に全神経を集中させて問題の意味を読み取る、出題者の意図を推測する、そして間を置かず一気呵成に判断する。

 「よいか。けっして勝ちにいかぬことじゃ。勝ちにいけば負ける」 坂岡真の小説。師が弟子に説く。合格する、合格したい、そのためには全問解きたい、一問も残さないで解かなければ、そうおもったとき、すでに負けている。落ちる人の心理はたいていこのような焦りと逸りに満ちた、落ち着きのない、舞い上がったものである。

 けっして「先」を取ってはならない。まず相手を観察する。全神経を傾けて相手の動きを読み取る。瞬間判断する。

 昂ぶりもなく、心は静謐のままに。

 ひたすら勝つことだけを念じることです。

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