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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

日比谷・西に受かる/小石川、桜修館に受かる/人はぜ迷うのか/いつか来た道にまた戻って来た

2017.11.02

 おはようございます。台風に翻弄された10月も別れを告げて、光陰矢の如しを肌で感じる11月に入る。受検本番まで3か月を切る。1月の冬期が明けてからの20日あまりは勘定には入らないから、もうそれほど勉強する時間はない。しかし、竹の会ではこの3か月やることはたくさんある。何度も言ってきましたが、11月からは10月までに実際にやってきたレジュメだけがあなたたちの根拠となる。もう新しいことにかける時間はない。これまでにやってきたことの解き直しを繰り返すことしかやることはない。そういうことをふまえてわたしはあなたたちのそうした営みを害することのないように配慮しながら「次の一手」を静かに「打つ」、11月とはそういう月です。

 あなたたちの心にこれから大きくのしかかるように大きく覆うであろう、重い得体の知れない不安、そういうものは実はあなたたちがこれまでに心ならずも飼い慣らしてきた怠ける心の作り出したものです。勉強の先送りが重なればその化け物はモンスターと化しこの時期からあなたたちの心の中にその存在感を誇示するようになる。行動を回避する習性、実行を先送りする姿勢が作り出してきた大きな不安の固まりがこれからあなたたちの思考を萎縮させてしまうかもしれない。11月からはそういう自分の中に棲む魔物と戦わなければならなくなる、世間で言うプレッシャーと言われるものの正体がここにある。実力のないという自分の正味がもたらす、現実とのギャップが本番を畏れる心となって巨大化する。

 世は時代小説盛んなるところ、わたしもその例に漏れず、江戸時代を背景にした剣ものが好きで実は1日1冊は読むほどである。好きな作家というのが数人いて新作が出れば必ず押さえる。江戸時代も初期と安定期、幕末ではその背景も相当に違ってくるけれど、おそらく書きやすいのは中期なのであろうか、と思う。自分でも書きたい欲求がふくらむけれど、現実の多忙にその思いもいつしか消えてしまう。なにしろ実は今は複数の原稿執筆を抱えている。ひとつは懸案の竹の会初の出版となる「魔法の算数」(仮題)の書き直しがある。出版社が今頃になって、扱っている問題の著作権を言い出した。いちいち承諾をとるのも剣呑でそれならすべての問題をオリジナルにして書き直すことにした。いや実はその書き直しもここ二三日前に終わったばかりである。今はさらに付け足すべき問題を思案しているけれど、こちらはもうすぐあがると思う。実は、深刻なのは、冬期に使用予定のレジュメ新作の執筆に時間をとられることだ。ひとつは、全くのオリジナル、その意味では予想問題であるが、「思考の核心」の執筆である。さらに主として中学受験の過去問から宝物の問題を探してこれをレジュメ化する仕事に取り組んでいることである。こちらは「基本思考の中核」と題したレジュメ集である。26年当時はまだ渋谷Bがなかったので、問題作り、新作の執筆に自由に時間をかけることができたけれど、今はその時間がわたしにはない。だから毎朝起きてからが勝負である。課題の準備、添削の時間もばかにならない。正直わたしの体が持つのかさえわからない。当初渋谷Bは1年で止めよう、と思って始めたけれど、渋谷Bにかける子たちがいつしか増えてこれも無理そうである。ただ来期は中学1年は「とらない」ということは次第にわたしの中で固まりつつある。現小6のみなさんが、中学に進んでも竹の会で勉強したいと望んでも、それは受けることはできない。言われる前に言っておかねばならないと気になっていた。わたしにはもうそこまでの体力に自信がないからです。いや現中1のみなさんも成績が悪ければ指導は止めることにしている。悪い成績とは、少なくとも80点もとれない、5がない、60点をとる、などである。わたしはこういう生徒は不勉強なのだと思う。不勉強な生徒は竹の会では来ても意味がない。カネの無駄である。わたしは塾をやっているからカネはとる、しかし意味のないカネはとれない。わたしの信条に合わない。だからバカでもなんでもとにかくカネにさえなれば入れてしまう大手を信用していないし、生徒や親に阿り、本音を曲げる地元塾も嫌いである。今は学校に大声出してクレームをつける親ばかりである。そういう親が塾でもなんやかやとクレームを言ってくるであろうことは予想に難くない。確かに頭のおかしい親はいくらでもいた。わたしはそういう親にはきっぱりと退塾を告知してきたけれど、今はネット社会でそういう輩がネットで竹の会の悪口を書くであろうことも想定しておかなければならない。とにかくそういう親にはわたしも喧嘩をしないようにやんわりと退塾させるしかない。

 とにかく時間に追われながらも今また分厚い過去問集をめくりながら、思考の機微を刺激するような名作問題を探す日々に戻った。ページをめくり琴線に触れる問題を見つけると、早速解いてみる、それでこれはよくできている、そう思ったときの喜びはなんともいえないものがある。そうだ、26年のあのときも毎日がそういう生活だった。カバンの中に灘中の過去問集をいつも入れて暇さえあれば解いていた。いつか来た道にまた戻ってきた、この道はいつか来た道、そして結局はこの道しかわたしにはなかった。思い返せばもう20年以上も前のこと、わたしは首都圏の高校入試問題を解き尽くすまでと解く日々を送っていた。過去問集は何百冊にもなった。元代々木教室の書棚は過去問集で埋め尽くされた。わたしには学校説明会でどうのこうのと聞くよりは、どういう問題が出されたのか、とにかく解いてみれば、すぐにわかった。問題がすべてを語ってくれた。だから学校説明会には行かない。ただ合格最低点というのはさすがに必要で、これだけは知る意味がある。生徒を実際に過去問で試して、どのくらい取れれば合格かという微妙な判定をするときにそういう情報は役に立つ。

 勉強とは、いや受験勉強とは、直前にどうのこうので決まるものではない。高校受験なら3年前からやるべき手順は始まっている。都立中の受検も変わらない。小4期に基本訓練をして、小5に固める、小6期に思考をはたらかせる訓練をする、の積み重ねが、すべてであり、勉強を先送りしてきたものが、直前に特効薬的なものを求めて右往左往するのはどうせ失敗するに決まっているのだから無駄なあがきというだけのことだ。

 最後に、坂岡真の小説から引用します。

 「余計なことを考えてはならぬ」

 「心の定まらぬ者が勝てるわけはない」

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