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竹の会の真実(1)

2015.11.13

 おはようございます。西から次第に天気が崩れているようです。明日あたりから雨がやってくるようです。朝の気温は13℃あたりで落ち着いているようです。昨日ちょっと人混みの中を歩いたらもう喉がおかしくなりそうでした。だれがウィルスをまき散らしているかわかりません。マスクをしなかったことを反省しました。

 渋谷Bが10月から再開しましたが、ここ2年かなりの量のレジュメを執筆・制作してきてたおかげで、渋谷Bにかける時間も負担にはなっていません。今年は自由な発想で新作レジュメの制作に取り組んでいます。特に、今年は小石川受検者が多く、小石川の過去の問題をにらみながら、構想を練っております。

 さて、今日から「竹の会の真実」という表題で少しく書いてみようかと思いました。 竹の会は昔から小塾のままです。わたしひとりが指導する個人塾です。東京には個人塾が腐るほどあります。そのやりかたはまさに十人十色の如く自由でありそうですが、実はそうではありません。たいていはお仕着せの塾専用テキストを使って授業をやるという安易なものです。塾専用テキストというのは、世の中には、塾だけを対象にテキスト・教材を売る会社が何社もありまして、塾はそういうところから選んで仕入れているということです。テキスト代というのも自由に塾が価格をつけていいことになっていて、仕入れ値の2倍とか、3倍で生徒に買わせているところもあります。つまり、テキストには定価が記入されていないのはその理由です。わたしは、仕入れ値が、1500円とか、かかっても、さらには、送料を800円ほどとられることもあるのですが、そういうものを親に負担させるなどのことは考えたこともありません。竹の会は今ではレジュメ指導なのでテキストというのは普通は使いませんが、中学生の指導には、これはいい、というテキストを生徒のために仕入れることはあります。しかし、だからといってそのために特別にカネをとったことはない。指導して導くことを請け負ったということは、指導のために必要とあれば、そういう費用もこちらが負担するのは当然と思っただけのことです。いや本音はただいちいちそういうことを言い立てるのがめんどうくさいからかもしれません。わたしはめんどうくさいのがいやなんです。

 というか、わたしは決められたおカネをきちんと支払っていただければそれで十分で、今度はそれに見合った指導を自分が果たすことがこれを職業とするものの責任だと思っています。だからいったん子どもを預かった以上その責任を全うするために自己犠牲を厭わないのは当然なのだと思っています。

 お仕着せのテキスト、大手だとオリジナルとか言って特別を強調するけれど、あれは最悪でしょ。あんな塾側の都合で寸法決めたテキストなんか使ってまやかしです。そもそも子どもはみな頭の中身はちがうわけです。中には、言葉だけ聞いてもきょとんとしている子もいるわけです。何回説明してもきょとんとしている。授業やっても、聞いただけでわかる子は少数でほとんどは何もわかっていない。中には、ノートをせっせととっている、周りを意識して、できるふりをしている子もいるけど、なんとも無駄なことをやらせるものです。竹の会が授業はない、というと変な塾だと思う母親が多いけど、どちらがおかしいのか。

 竹の会は今は入会試験をやる。いくらわたしでも教えられない限界児というのはいる。商売やる人間には、どんな子でも成績を伸ばす、などということを謳い文句にする塾も多々あるけれど、そういうウソはつきたくない。第一、6か月、1年も騙せれば、すぐにばれるウソでしょ。わたしなんかは、こりゃ無理だと思ったら、逆に退塾してもらう。だって見込みもないのに騙してカネとることなんかできないでしょ。 ところが、世の中というのは、良心的に動けば恨まれて、逆に、商売熱心な塾が好まれる、ことになっている。騙されても、「お宅のお子さんはやればできる」とか、「足りないのは予習だ」、「いや復習」だとか、とにかく能力の問題を避けて、性格とか努力の問題にして、親もそれにのっかていく。親というのは、自分の子が、能力なし、ということを認めたくないものです。だったら、わたしは商売には向かない。

 そういうわけで入会試験でA合格する子ほどの子なら竹の会に入れば、わたしの指導を受ければ、100%伸びることになっている。あまりにも伸びるものだから、そして早くから入っている者がメチャクチャにできるものだから、ほぼ100%のA合格者が、「もっと早く竹の会にきたかった」と必ず言うことになっている。それは半年前に入会している子というのが、天文学的ともいうべき先の所を勉強しているのを見て、自分だってもっと早く入っていれば・・・と確信するからだと思う。

 竹の会というのは、入会した親子ならわかるのだが、まず子どもの意識が変わる。常に勉強するスタンスを求めるからだ。とにかく自分で考えることを基本とする。だから、準合格程度だと能力の壁に突き当たる子もいる。竹の会ですいすい伸びていくには、やはりA合格以上をとるしかない。他の塾とはコンセプトもポリシーも次元、本質のレベルでちがう。また、巷の商売本位の塾と一緒にしてほしくない。わたしは一個の思考人を作り上げているつもりである。竹の会では最良の受験対策は、「考える」力をつけることだと考えている。 問題集のどの問題が「わからない」から「教える」という発想はない。自分で考えてわからないとしたら、そこまでの思考力がまだないと判断するだけである。 

 19年の九段のとき、1人いて1人合格。倍率は11倍強であった。この年は東大附属に2人いて2人合格もしている。20年は不作。通分もできない小6が集まってわけのわからないままに、1人だけ桜修館に合格したというお粗末。21年受検者事実上なし。22年4人いて2人合格。両国と桜修館。23年3人いて2人合格。小石川と桜修館。24年3人いて1人合格。富士。25年5人いて3人合格。小石川と白鷗と桜修館。26年3人いて0。27年5人いて2人合格。桜修館と富士。27年は入会試験で入会した子のみが合格した。

 高校受験。25年の都立北園に合格の女子は、小5から小6の2年間を竹の会で過ごし、私立に合格した子。中3の秋に突然都立に行きたいとやってきた。26年都立駒場合格の女子は、小4の5月から見てきた子。いわゆる都立中志望ではない。27年の都立戸山の合格者は、3年前、つまり24年に都立中を受けた3人のうちの1人。この3年間、高校受験生は毎年1名のみ。今年10月から本格的にトップ都立高校に限定してではあるが、高校入試指導を再開。 小学生のときから、日比谷、西、戸山に憧れる小学生の夢を叶えたい、との思いがある。

 

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