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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

都立トップ校への道/九段中等、都立中トップ校への道/渋谷に竹の会あり

2017.01.17

 おはようございます。寒気凄まじきと言えども、「強烈な光と熱を放ち続けている」太陽がある限り、わたしたち人間は「気」の横溢をはかることができよう。江戸の人たちが「お天道様」と言って崇めてきた太陽の恵みを思わざるを得ない。これから2か月ほど寒気を堪え忍ばねばなるまい。3月の声を聞く頃には、寒と暖が交互に訪れるようになり、やがてまた桜の季節がやってくる。それまでの辛抱と思いつつもこの繰り返しに何か真理が暗示されているのかとふと思いにふける。考えてみれば、わたしたちは空気があるのがあたりまえと、空気など意識もしないで生活している。空気の存在を意識するのは高山の登山とか、何か空気の薄い環境に遭遇したときにぐらいであろう。ふと考えた。時間だってそうではないか。わたしたちは普段は時間というものを空気以上に「ない」ものとして、実体的にもそうであるが、生活しているのではないか。もちろん時間の約束をする、試験1週間前、学校、会社に朝8時に出るなど、時計というもので時間を見るということはできるようになった。が、しかし、時間というものが、絶対的に永遠に続くということはあっても、こと個人個人に関する限り、時間は有限なものであるということ、そしてそういうことを実はわたしたち人間は心の奥底で恐れながら人間特有の忘れるという脳の自己保存によって日常から放逐してしまっているのではないか。個人に与えられた時間は生まれた瞬間から刻々と時を刻み所定の、予め予定された時まで刻み続けられる。わたしたちがあたりまえに吸える空気もその時間という目に見えない、普段は意識から遠ざけられたもので遮断される時がくる。歌人の河野裕子さんが死の前日に詠んだという「息が足りない、この世の息が・・」という言葉が頭から離れることはない。

 今年は穏やかな1月です。目覚めると気温は0度前後ではあるけれどとにかくカーテンを引けば真っ青な空が広がり太陽が溢れんばかりの光を放ちそれだけで心にエネルギーが満ちあふれてくる。

 近頃はよく竹の会の小5、小6の子たちが、「わたしも小4のときに竹の会に来たかった」ということを口々に言う。小4の子たちがいなかったときにはそういうことを言う子はいなかったようにも思うけれど、竹の会の指導を半年ほど受けるとたいていは「もっと早く来たかった」ということを言うことは昔からあったけど、小4の子たちが何人か入り、それから着実に力をつけていく、その姿を見て、竹の会に早くから来るということが、どういうことなのか、現実味を帯びて理解したのだろう、と思う。

 親御さんが、入会を決めて実際に入会する時期を都合のいい、あるいは切りのいい時期、小5になって、小6になってとか、遅らせる、それにわたしはなにも注文をつける気など毛頭ありませんが、後々にそのことを後悔される親御さんが少なからず「いる」ということはあります。それは実際に竹の会に入会して実際に指導を受けてみて切実にそのことを悟るという形でしかわかり得ないことなのかなと思っています。小4の早期に竹の会を訪れた親御さんはその意味で賢明な選択をされたと思います。わたしがこのブログでは切実に訴えてきた、小4の8月前後の入会という本音は長く封印してきました。竹の会は小4の2月、つまり小5になる2か月前を募集対象としてきたのです。それはそれ以上に早くから募集しても竹の会には来てくれないからです。それどころか一昨年の2月の募集では小4は0、いや他の学年も0でした。3月になってようやく1人女子がきてくれた。その子が今年受検です。それからも人は散発的には来たけれど入会試験はほとんどが0点という子ばかりがきた。さすがに0点をとる子は断るしかないかった。それで教室はガラガラだった。

 入会試験に落ちた子、あるいは0点の子を入会させることには高いリスクがつきまとう。しかし、生徒が集まらないのでしかたなく入れた時期がありました。一昨年から去年にかけてです。入会試験0点の子はやはり指導は無理と判断したちまち退塾と言うことになってしまいましたが、実は、入会試験に落ちた子を何人か受け入れて、指導の可能性を探ってきました。中には、伸び始めている子も出てきました。これはこれで想定外のできごとで推移を見守りたいと思っていますが、勉強というのは、山あり谷ありでいつどうなるのかわからないとは思っています。一つの目安が課題の消化率、提出率ですが、課題を出せないのが、最近気がついてきたのですが、習い事、稽古事に押されてのことではないか、と懸念している子もいます。28年に落ちた子の中には、能力ではなく、習い事、稽古事ゆえの課題の不完全燃焼ということがあったばかりです。

 さてそれはそれとして、2月から現小5について、適性対策指導が開始する予定です。この指導を成功裏にスタートさせるには、実は前提となる条件があります。「小学思考の素 その他の問題編」を終えていること、しかも最低でも3回の解き直しを終えていること、理想は7回ですが、現在のところそういう子は出そうにもありませんので、3回としました。しかしです、実はこの条件を満たす子は少数です。もしこの条件を満たさないままに、指導を見切り発車したらどうなるか。今の小6がいい例です。まず竹の会では定番の適性レジュメ「第1類」を始めたとしてもまともに合格はんこがとれないままに、「理解済み」はんこでみたされるだけです。小6前後に来た子たちが、割合もわかったことになっているだけの子が、まともに適性問題など解けるはずもないのです。事実「手も足も出ない」、つまり全く解けない、という当然の結果を確認するだけです。小5の1年間を竹の会で過ごしたとしても、遅れは否めません。これは「まだ小5だから」という論理でいくらでも竹の会を犠牲にするからなのですが、こういう親子というのは、小6になっても後手後手を踏むしかないのです。そもそも受検というのは、「もっていく」指導ができなければ成功を確実にはできないのです。早くから先を見越して「手を打つ」指導です。竹の会が、小4の2月からする指導というのは、もう始めたらほかのことなどやっている暇などありえないのです。平成27年に桜修館に合格した女子は小4の2月に入会した時から竹の会一直線で休んだのは2回のみ、それもインフルエンザという不可避の事由でした。彼女は「竹の会を休む」ということをとても悲しんだ人の一人でした。インフルエンザに罹って竹の会を休まなければならなかったときに涙を流して泣いたそうです。そして彼女のお母さんもいっしょに泣いたそうです。もし合格できなかったとしたら、自分の心に問いかけてみればなぜ落ちたか答えはすぐ出てくるでしょう。

 ところでわたしは自分のしたことですが、窮地に立たされてしまうことがあります。入会試験に合格できなかった子を入会させた後、幸運にも伸びていってくれれば胸をなで下ろすのですが、時として、指導がうまく運べない事態も生じます。さて、これが小4ならまだじっと待ってみるということも可能なのですが、小5だとじっと待つことはできない相談です。退塾させるというのは大層エネルギーのいる話しであり、中には、「止めたくない」と号泣した子もいたようですが、そういう話しを聞かされるとわたしはますます窮地に立たされて追い込まれてしまいます。すべてわたしがなしたことなのですが、安易に入会許可を出してはならない、という戒めはこれからはどんなことがあっても譲れない、厳守していかなければならないと自戒しております。

 竹の会では入会の可否を判断する資料として、通知表の「よくできる」8割基準を重視していますが、今のところこの基準を満たさないで伸びているのは、小4が1名だけです。しかもこの小4はすでに何人かの小5を追い抜いて伸びようとしている。だから8割基準も絶対ではない。絶対ではないけれど8割に満たない子の理解をふくめてバランス感覚はよくない。指導に支障が出るギリギリのところで鬩ぎ合っているというのが正直な実感である。問題なのは、もう無理というのは、どの段階で見切るか、である。これも難しい機微に満ちた判断である。ようすを見ていると次第に伸びる芽が見えてくる子もいるからだ。

 入会試験の成績がその後の指導に影響するということはある。1月現在の竹の会の入会試験は、2タイプに限定した。1つは小4限定の「入会試験Ⅰ」で、従来はこれを小6にも用いてきた。小6でこの試験で0点という猛者も何人もいた。の試験には、小4の7月にA合格を取った子が出ている。平成28年受検組は、小4の10月頃に受けてA合格を取った子たちである。

 去年は、小3対象の入会試験Ⅹを製作実施したけれど、逸材発掘には役に立たないことがわかり、本年から小3にも入会試験Ⅰを使用することとした。

 ※入会試験Ⅰについて

  対象 小4。ただし、小3でも合格できれば入会を認める。

  全6問出題。全問正解をS合格。5問正解をA合格とする。4問正解以上を「合格」とする。これまで3問正解も「準合格」として入会を認めてきましたが、今後は、準合格相当の場合は、その他の事情を斟酌した「仮合格」(6か月以内の仮指導契約)として扱われます。制限時間45分。入会試験Ⅰが完成したのは、2013年4月頃ではなかったか、と思います。その後、合格者の追跡等を経て、今では、竹の会では最も優れた能力判定装置として機能しております。仮合格は、最大6か月の指導を通して指導の可否を確定するものです。これまでの経験から6か月経つとだいたいわかりましたので、そうしました。もちろん1か月もしないで無理ということはこれまでにも何度かありました。

 ※入会試験Ⅲの実施

  新作です。100点満点で、全9問。小5、小6を念頭においた内容になっています。合格点は、竹の会の小4、小5に試行実施した結果も参考にこれから合格点を模索していきたいと思います。

  入会試験Ⅲは、入会試験Ⅰに代わる、より正確な将来予測を可能にするべく、開発された試験です。Ⅰと違い、問題数を多くし、点数制にして、能力のデジタル化を図っています。

  制限時間は75分を予定しています。

 今後は、入会試験に不合格の判定が機械的に出ましたら、その時点で、入会できないこととます。不合格なのに入会ということはありません。これは、そういうケースを認めると、早晩指導が壁に突き当たることがかなりの蓋然性をもって明らかのためです。

 ◎竹の会これからの募集情報

  現在竹の会には、2コースあります。1つは「渋谷A」で、もう1つが「渋谷B」です。「渋谷A」が本来唯一のコースでした。「渋谷A」は、日曜(13時~20時)と水曜(16時~20時)、月8回保証のコースです。定員は、18名までとなります。「渋谷A」は、今後は入会試験合格者のみとなります。

 「渋谷B」は、2月から、指導日が増えます。祭日を除く月・木・金の16時30分から20時までです。ただし、「渋谷A」も含めて指導開始30分前から入室可能となります。「渋谷B」は決して月12回を保証するものではありません。年間を通して合格に必要な時間数を確保するという趣旨であり、まず祭日は除かれますし、7月、12月、1月などの月には、9回ということも当然あります。また「渋谷B」はもともと1回2時間のコースでしたから、それが4時間超となっても、それは回数不足の解消の趣旨を含めてのことであり、基本的には1回2時間基準は生きているとご理解ください。

 「渋谷B」は、指導回数が増えたことが、絶対のメリットかもしれません。それは、その分のわたしの指導の目が行き届くことを可能にするからです。「渋谷A」では、どうしても課題を出さない、よく休む、早退するなどの子は伸びていかない傾向があります。「渋谷A」は子どもの自主的対応に期待しているところが大です。しかし、指導回数の多い「渋谷B」では、指導の目がはたらき間断なく子どもたちをコントロールできることになります。

 これからの募集情報ですが、「渋谷B」について、定員(15人)に満ちるまで、新小4を募集することになるかと思います。

 「渋谷A」については、今のところ募集の予定はありませんが、3月に、1、2空席が出るかもしれません。

 ◎親の塾観と竹の会との齟齬 

 竹の会は巷の塾とはかなり異なります。まず授業がない、講師という者がいない、カリキュラム教材というものがない、など他塾とは根幹から異なります。そもそも竹の会では「教える」という言葉をあまり使わない。親御さんにも最近は浸透してきましたが、「指導」という言葉を使います。そしてその指導の概念には竹の会特有のさまざまな内容が込められています。こういうと「わからない問題があっても教えてもらえないのですか」という親が必ずいますから、少しコメントしておきますと、まず「わからない」にもよります。わたしが問題を説明するときは指導の一環としてです。新出の思考枠組みなどは問題を通して説明するしかないと思っています。しかし、「わからない」のが、理解のステージを段階的に踏んで到達したのではなく、そもそものステージの問題であるのならば、わからないという子に問題の説明をしても意味のないことで、それよりも理解の障害の元凶となっている理解ステージまでレベルを下げてそこから訓練していきレベルを上げていくほかないのです。

 親御さんの中には、竹の会に入れてみて、親が子を教える、という負担から解放された、と誤解される方もいましたが、それはない。小学生というのは親が熱心に見てやらないと勉強なんかしないでしょ。子どもたち任せにできるのは相当に知能の高い場合に限られると思います。

 親御さんの中には、「まだ小5だから」とかいうことで、よく他の行事を優先させるということがありますが、それは将来受検失敗に確実につながっているということだけは言っておきます。小6の2月合格発表の時にわたしのこの言葉を思いだしてくださればと思います。それ以上にわたしから言うことはもちろんありません。

 不合格で泣けるのは、竹の会最優先で勉強してきたと言い切れる人のみです。

 鍔迫り合いというのがあります。剣と剣が鍔元で鎬を削る場合です。あれは力負けして鍔を外した方が斬られるということになっております。それで鍔を外せば斬られる、つまり死ぬということがわかっていますから、全力で押し返すわけです。死をかけた戦いです。「一点にどれだけ力を集められるか」で生死が決まってしまうのです。ところが、多くの親御さんというのは、この鍔迫り合いという感覚がない。全くないのです。ですから、受検直前までも習い事、稽古事だけは欠かさず続けさせている。中には、1つにしぼってという親御さんもいますけど、その1つに時間をかけるのであれば同じことです。こういう人が落ちたとしてもそれはしかたのないことです。「一点にどれだけ力を集中したか」、試験というのは、難関になればなるほど、そこのところが問われます。

 

 

 

 

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