画像
中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

都立日比谷、西、戸山への道~夢を実現することのできる者が確かにいる

2016.03.29

 おはようございます。午前7の気温は10℃でした。本日は晴れ、いよいよ桜の花芽が一斉に花開く予感です。

 今日は、中学生のみなさんが日比谷なら日比谷という夢を持ち続けることの難しさということについて少しお話ししてみたいと思います。

 都立中を落ちた人ならその悔しさから猛勉強して日比谷に行ってやる、などと思っているかもしれない。しかし、現実にその意欲を中学の3年間持ち続けることのできる人は少ない。特に、中学に慣れてくる中2の1学期あたりだろうか、中だるみから勉強しなくなる生徒が多くなるのは。当然成績は下がり、ますます勉強しなくなる。特に、部活をやっている生徒というのは疲れて塾で居眠りをする、そういう生徒しか知らない。親は「週2回だけですから」など脳天気なことを言っているけれど現実はそんなに甘くない。塾で部活のある日に居眠りをするほどの生徒はすでに勉強から脱落しているのである。中学というのは勉強しなければたちまち定期テストの結果に表れるからすぐに親は慌てるのが落ちであり、しかし、自分の判断の誤りには一向に気づくことはない。中学で勉強しない生徒はもはや救いようがないのである。わたしはそんなアホを相手にしたくない。中学生には小学生とちがってすぐ退塾を通告してきたのはそのためである。

 小学生でも中学生でも勉強しなくなった子どもほど手に余るものはいない。親は腫れ物にさわるように神経を病む。小学生だとまだ親のコントロールがきくからなんとか子どもの気持ちを尊重していい方向へと導くということも可能かもしれない。しかし、中学生はもう親の意見など耳に入らない。どんなに愚かな選択も親には止められない。そしてその選択は社会に出たらもはや這い上がることのほとんど不可能な世界で生きるという選択にほかならない。人生を転がるように落ちていくのが実は中学なのかもしれない。どんなときにもひたすら勉強だけは止めなかった、そういう人のみが生き残る、それが中学というところである。

 平成20年に都立西に一般受験で合格した女子生徒は、中学に入った時から西へ行きたいと思い続けてきた。まさに雨の日も風の日も勉強だけに生きてきた。今の高校受験のための竹の会のレジュメは、彼女の成長とともに作られてきたものばかりである。それまで竹の会では、数学については、わたしが執筆した単元ごとのテキストを使い、英語については、旧「英語指導案」(3分冊)を使い、最後は、過去問をひたすらやるというものであった。わたしはこれを「過去問合格法」と呼んでいた。彼女が中1になった年に、わたしはこれまでのテキストをすべてレジュメ化することを考えた。それで指導の度にテキストをレジュメ化して配付してきた。英語についても、「新英語指導案」1冊にまとめなおした。さらに竹の会では私立対策の切り札とされてきた「英語ポイント集」を「入試英語指導案」として書き直した。今の竹の会のシステムは彼女の成長に合わせて完成していったものであった。

 彼女は一度もブレることなく勉強を貫き通した。どんな時にも彼女は竹の会の彼女の席で黙々と勉強していた。暑い夏も寒い冬も、かつての竹の会の夏の予定がお盆にかかっても、彼女はいた。これは早稲田に受かった鈴木君も同じだった。どんなことがあっても竹の会の予定にしたがった。時として中1、中2あたりになると、親の意向がはたらき10日間とか実家に帰るなどという楽しい計画が勉強を遮断するというのが普通の家庭である。そこが戸山と西の分かれ目である。戸山と日比谷の分かれ目である。竹の会ではたとえそういう遮断が持ち込まれてもわたしはなんとか戸山へとつないできた。しかし、日比谷、西はもはやない。

 さて新中1のみなさんにそれだけの覚悟があるか、ということである。中学はいったん勉強から離れればもはや都立日比谷はない。勉強を継続した者が残るしくみである。中学というのは、これから3年と思うと長いようだが、なにすぐ3年は経つ。今年の年の瀬を越せばもう中2である。日比谷なら中2の夏までに数学なら中2までに履修する事項を、英語なら中3で学ぶ事項を終わらせていなければならない。遅くても入試のための勉強は中2の夏にスタートさせなければ間に合わない。中3になってからでは間に合わない。中3の8月末のVもぎで長文をすらすらと読み下せるほどになっていなければならないのである。中3になって、そろそろ塾を探そうかなどという脳天気な親は相手にしない。中2まで塾に行かなくても学年1番という、たいてい女子なのだが、そういう生徒が中3になって塾に行き始めて、もはや手遅れということに気がつくのは時間の問題で、日比谷、西と本人も内心には想い描いていたけれど現実は広尾あたりであったというオチのある話しならいくらでも知っている。

 竹の会は、数学と英語を最速で受験レベルにもっていく体系を完成させている。27年、28年戸山合格者はいずれも解いた数学の問題は200題もないのではないか。二人ともわたしのレジュメをやっただけである。中2までには高校入試の数学、共通問題なら90点はとれる仕上がりであったろうか。繰り返すが、二人ともやったレジュメは200枚もない。それから竹の会の中学生というのは、英語で苦労することはない。これは数学脳がない生徒にも言える。英語は指導の方法さえ正しければだれだって100点とれる科目である。ただしサボる生徒につけるクスリはない。

 竹の会の中学生は、ひたすらわたしの指示にしたがい、実行することである。それだけでいい。それだけで日比谷、西という目標地点に着地できる。自分の運命、将来を規定するのは、ほかならない、自分の心である。心が夢を持ち続ける限り、勉強するという強い、緊張を持ち続ける限り、あなたたちの夢は必ずかなう。

 小学とちがって、高校入試は、努力に見合った結果が出せるところがちがう。小学のときは努力しても天才には勝てない真理がある。だから短期間で合格する天才小学生だっている。小学生は、たいてい1年間か、2年間の短期勝負である。それに精神的にも幼い小学生の指導の難しさもある。しかし、中学生はちがう。もう大人として扱わなければならない。いや勉強するほどの精神的熟成度に関してのことである。そして中学は準備期間が長くとれる。だから脳天気な親や塾に行かなくてもできる優等生が失敗する。塾だってそのへんのところをわきまえた塾でないとやはり失敗する。高校入試というものを知り尽くした塾でなければ必ず後悔する。

ページトップへ