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都立日比谷、西への道/逸材なら小石川中等、桜修館、少しの才能とまじめな努力で受かる富士、九段/君はわからない自分に泣いたことがあるか

2017.07.29

 おはようございます。夏期指導が始まり、ようやく過酷な第1週目を終えることができました。体調不良、発熱、帰省、移動教室、合宿、旅行など個々に欠席する者はあるもののしっかりと体力を温存して勉強に専念する姿勢のある小6を見るとほっとします。早稲田進学会模試の結果は全員に提出してもらいました。自宅受検が1名、2科目受検が2名ありましたが、次回は会場受検かつ3科で受けていただければと思います。志望校が2科だからというのはあたりません。そもそも志望校云々の力を診る時期ではなく、今は総合的な力のありようをできるだけたくさんの受検生との比較において知ることに主眼があります。また自宅受検は、制限時間、不正行為に対する担保がない上に、会場受検特有の雰囲気、独特な環境がもたらすストレスもなく、参考にはなりません。

 志望校をどこにするかは自由です。これが高校入試だと後がないということもあり志望校の変更は普通に行われるところです。しかし、小学生は基本親や子が受けたいと言えばそれを認めるしかありません。平成28年には4名が小石川を受検しましたが、1名のみの合格でした。落ちた3名はいずれも合格するだけの力がありました。そのうち1名は適性Ⅱと適性Ⅲは合格点をとりながら作文の時間を勘違いし時間内に仕上げられないというミスをして落ちました。他の子たちも早稲田進学会の成績優良者の常連でした。この子たちがもし両国や桜修館にしていれば確実に合格できたと思います。しかし、親も子も小石川しかない、という信念で動いておりましたから、わたしの容喙できるところではありませんでした。

 都立高校受験ではまず内申点で受験校が絞られてしまいます。特に、共通問題校ではほぼ内申勝負です。独自問題校にしても内申の比重は大きいのです。志望校決定は内申と実力を診てする微妙な判断が求められます。竹の会ではいつもぎりぎりの内申でチャレンジするのでどうしても実力をつけることに力が注がれます。例えば、日比谷高校では推薦試験もオール5の子たちで争われますから、倍率も高い、しかし、推薦を落ちて一般試験となるとオール5の生徒の中には、実力の伴わない生徒もたくさんいますから、結局駒場も行けないということが普通にありうるのです。実力をつければ内申のハンディーを撥ね付けることもできる。だからチャレンジも成功する可能性が大いにありうるわけです。

 前にも申しましたが、早稲田進学会の模試で上位がとれないなら少なくとも小石川や桜修館に合格できる芽はまずないと思います。過去の竹の会の合格者の中で、色分けしますと、早稲田進学会の模試で名前を載せられたか否か、載せられたことがあるとして、それは3科型が2科型か、という基準によりますと、確かに、名前を載せられなかった子が、富士に2名合格しております。逆に複数回名前を載せたけれど落ちたという子が白鷗にいます。この子は補欠リストに載りましたがダメでした。富士のケースで言いますと、1人は作文が非常によくできた、ということがあります。作文だけですと早稲田進学会の模試で確か2番だったと思います、もう1人は名前は載らなかったけれどそんなに悪い成績ではありませんでした。この子はとにかく問題を解くセンスのいい子で、また解くスピードが速かったと思います。白鷗に合格した子は2科型で一度だけ名前を載せていますが、2科型は受検者が極端に少ないので、参考にはなりません。

 合否の可能性の色分けで言いますと、竹の会の指導レジュメ「推論算数」がひとつの試金石になります。この基準で診ると、富士や白鷗の合格者は「推論算数」などエース級のレジュメは全くやっていません。いや正確にはやれなかった。能力ないし時間不足でした。だからこれをやらなくても、作文の才があれば、富士や白鷗なら合格できるということがわかっております。小石川や桜修館、さらに両国となると「推論算数」などのレジュメで合格はんこをとりながら進められなればまず合格は絶望的とみていいでしょう。

 さてそれでは九段はどうか。この学校はまず几帳面でこつこつやるタイプ、真面目に勉強するタイプの子に向いていると思います。能力はやはりそれなりに高くなくては無理です。28年に九段に合格した女子は、努力で能力をカバーした子でした。こつこつととにかく人の何倍も時間がかかりながら努力しました。早稲田進学会の模試では2科型で一度だけ名前を載せています。11月から大原の模試を複数回受けましたが、70%は一度もとれませんでした。平成19年に九段に合格した男子がいますが、これは当時のまだ緩い状況からして参考にはならないと思います。当時の倍率は11倍でした。その子は日能研の模試でAをとっていたと思います。現在東工大生です。

 九段に受かるには、「推論算数」シリーズをやる必要があるのか、微妙です。もちろんクリアーできればそれにこしたことはないのですが。ちなみに、28年の合格者は「推論算数」まではやりました。しかもかなり解ける、つまり合格はんこをとれるようになっていました。

 都立中合格には、適性検査問題で鍛えるよりも、推論系の算数の問題で鍛えていくのが、かなりいいという感触をもっています。

 渋谷Aの小6の中にはすでに「推論算数」で壁に突き当たっているやに見える子たちも出ております。合格はんこをとりながら積み重ねていけないのは無理ということです。ただ先ほども申しましたように富士、白鷗志望なら、それでも合格の芽はある、九段になると微妙です。まったく手も足も出なければ無理なのはわかっています。都立中の合格レベルというのはそういうことなのです。猫も杓子も受検する、いけるということではないのです。子どもたちの中には学校見学に行って「絶対ここに行きたい」と言う、親もピンクムードで「それなら」と動くけれど。「行きたいと」と憧れるのは勝手ですが、合格できるかは、全く別の話です。

 さて、こうして現実に都立中に合格するために何が当面の目標か、課題か、ということですが、小石川、桜修館をめざすなら、早稲田進学会の模試で上位に名前を載せることがひとつの目安になります。どうしたら載せられるか、簡単です。竹の会の「推論」シリーズを合格はんこをとりながら進めるだけです。

 それから作文です。桜修館や小石川だって、合格線上にある子たちの合否を決めるのは、作文点です。適性点が取れなくても作文点で合格できた人がたくさんいるはずです。作文で点が取れる子は受かる可能性が高いのです。25年に小石川と白鷗にそれぞれ合格していますが、二人とも女子です。二人はとにかく国語ができました。私立難関の読解問題をほぼパーフェクトで解いていました。わたしはこんな人を見たことがありません。もちろん作文もよかった。毎回お互いが合格作文を競い配布されたものです。逆に、適性に優れているけれど作文がまるでダメという子の例なら枚挙に暇がない。作文が下手な子は、直前にいくらやってもダメです。視野が狭い、幼い、偏見といったものが、邪魔をしています。作文の得意な子というのは、そういった軛がない、素直で天然、自然な文を書く、と思います。順接というか、「したがって」でつながる文を無理なくつないでいます。飛躍がないのです。何かを主張すれば必ず理由を書くこともわすれません。作文のダメな子というのは、そもそも書く内容がないのです。同じことを何度も繰り返し、理由もない。論理も粗い。いくらでもツッコミできる文です。素直に述べたいことを明確に書けばいい、ただし、きちんと理由をつけて。さらに、文と文は「つなぐ」ことです。ダメな作文というのはこの「つなぎ」がないのです。それから「問いに答えて」いない作文のいかに多いことか。問題文を全く読んでいないですね。

 ◎いい加減な勉強姿勢は模試で馬脚を顕す~君は泣くほど勉強したことがあるか

 27年に桜修館に合格した女子は、合格するべくして合格した子でした。桜修館に行きたい、その一念で勉強してきた子です。教室では常に勉強に集中し、今の小6のようにやたら休息をとることも一切なかった。今の小6を見ていると、どうも雰囲気に左右されやすく軸がない。勉強と心底突き詰めていない。書き直しも解き直しもほとんどやらない。ただ書き直し、解き直しを熱心にやってもなかなか実を結ばないことはある。あまりにも恵まれた環境、満たされた環境にいる、今の子たちは、悩む、苦しむことがないからである。幼い精神では幼い文しか書けない。精神的成長がなければ作文は書けない。素直に偏りなく世の中を真っ直ぐと見る、そこからさらりと書いてほしい。

 レジュメをたくさんやったことが少しも模試の結果に反映していないのは、思考形成という意味をなさないからである。提出されたレジュメがすべてでたらめなのに、解説読んで、「わかった」ことにして先へ進んでも何の意味もないということです。レジュメは時間をかけて考える、わからなければわかるまで考える、そうして合格はんこをもらう、その積み重ねしかないのです。これは裏から言えば、思考力をとにかく練っていくということなのです。何か知識を覚えてどうかするなどということではない。根本のところは、自分で考えてなんとかする、そういうことなのです。

 平成27年に桜修館に合格した女子は、お決まりの実家帰省、法事、習い事、稽古事、スポーツ、家族行事といったこととは一切無縁でした。ただひたすら勉強をしてきたのです。わからないと言っては夜遅くまで勉強したのです。わからないと言って泣いた、インフルエンザで竹の会を休んだときは、親子で泣いた、竹の会を休むことなど絶対にしないという信念で勉強してきたのです。それだけの覚悟があなたたにありますか。

 

 

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