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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

竹の会回顧録(平成8年)~英語の申し子~

2015.10.28

★日大櫻丘高等学校・合格(男子)

※当時の英語指導の実例としても語ります。

 

F君は、竹の会で中3の1年間を過ごしました。

彼は、日大櫻丘に進学後も、英語で常に学年1番をとり続けた生徒です(風の噂で、早稲田大に進学したと聞いています)。

彼のすごいところは、中学のころから特に英語塾に行ったということもなく、竹の会が初めての英語で指導を受けた塾であったということです。

当時、近隣には評判の英語塾がありました。

たいていの子たちはそういった英語塾に通い、竹の会には数学を習うためにやってくるという子も多かった時代です。

しかし、その後は竹の会の受験英語が次第に評判になるにつれて、竹の会もそうした英語塾の生徒の入会は断ることとしたこともあって、そういう生徒もいなくなりました。

彼は、私が特に指導をするまでもなく、入会時、既に英語90点以上をとる実力者だったのです。

ただ、彼は数学を最大の苦手としていました。この数学も結局2学期には80点をクリアするまでに成績をあげていたのですが、ここでは英語の話に絞りたいと思います。

私は、彼の英語指導の目標を高い水準に設定しました。1回30枚以上に及ぶ私のオリジナル・プリントを課しました。

※この話は平成9年当時の話ですので、正直、当時私がどのような英語プリントを配布したのか、覚えていません。現在のような体系的に完成された英語レジュメはなかった時代の話です。

リーダー(※)の完全なる暗記も義務としました。抜き打ち的に、リーダーの穴埋めテストをよくやりました。

※リーダ―の暗記というのは、竹の会第1期生の3人娘(注釈:昭和62年の回顧録をご覧ください)がよくやっていたもので、良質な文を暗記してしまうことです。当時は竹の会のメニューのひとつになっていました。文は私が選りすぐり、もしかしたらワープロ専用機で作っていたかもしれません。当時は、パソコンもなく、私は何台もワープロ専用機を使っていました。

彼は、常にパーフェクトでした。

英文解釈の指導では、高校用初級テキスト(※)を用いました。

※「高校用英文解釈初級テキスト」は日栄社のロング・ランを続けている薄い小冊子です。現在では使っていませんが、竹の会創立時からこの時まで使っていた定番テキストです。

予習が義務でした。予習の内容は、英文を訳してくることです。そのためには、辞書を何時間もかけて引かなければなりません。他のほとんどの生徒が怠けるなか、彼ともうひとりの生徒が必ず予習をやってきたました。

もうひとりの生徒も実に優秀な生徒で、中3時、数学で連続3回100点をとった生徒です。彼には東大の学生が家庭教師としてつけられていました。

 

竹の会創立時の3人娘(注釈:昭和62年の回顧録をご覧ください)にこのテキストを使ったときは、母親たちから「難し過ぎる」と苦情がきた代物です。結局、彼女たちはこのテキストに慣れてゆき、実力もついていったのです。後に母親たちに謝られ、感謝もされました。

この2人の英語の実力の推移は、私の英語指導の経験の中でも、実に対照的なものとなりました。
F君がパーフェクトに仕上がっていく中で、家庭教師もついている別の生徒のほうが伸び悩み、早稲田を英語で失敗することになるのです。
家庭教師と週2回以上にわたり英語をみてもらっていた生徒と、ただひたすらに己の力のみで努力したF君の違いは、竹の会の指導の場でもはっきりとした差となって現れました。

F君の予習ノートは、びっしりと丹念に単語が調べられ、解釈された訳も実に緻密で英語の骨格を正確に理解したものでした。字は決して上手くはないですが、特徴のあるやや斜めで揃った字を書き、ノートは見事に美しい読みやすいノートと化していました。

 

これに対して、もう一人の生徒は乱雑に書き殴られた訳文がノートを席巻し、一目で「雑」な感じでした。言葉の意味調べも粗いものでした。

「雑」というのは、実は勉強には致命的です。雑なノートは、雑な思考から生まれます。

英語の勉強の本質を見極めたF君は、類稀なる努力の人でありました。総合模試では、英語で全国1万人以上の受験者中300番内に入りAランクをとりました。ちなみにもう一人の生徒は数学でAランクをとりました。

F君は竹の会で100通以上の入試過去問年度版を、実際の入試と同じ条件で練習しました。

竹の会でその才能をぐんぐんと伸ばしていった、まさに英語の申し子でした。しかし、数学の苦手なF君には、当時の日大櫻丘の合格は奇跡として受けとめられました。入試では、数学はそこそこしかとれなかったが、英語はほぼ99%とったというものでした。彼は数学は苦手でしたが、英語が伸びてゆくのに比例して数学もそれなりの実力はつけていました。

F君は日大櫻丘に入学後、英語では学年トップをとり続けているという話を人づてに聞いて、私はとても誇らしく思いました。その彼が早稲田大に進んだという話を聞いたのは、もう随分経ってからのことです。

思い出すのは、彼の家に電話すると、必ずなにやら英語の音声が流れていたことです。聞くところによると、四六時中英語が流れていたということらしいのですが、家中が英語漬けの状態だったのでしょうか。

以上の回顧から、英語の勉強の何たるかを感じとってもらえれば幸いです。

追記

私は常々英語は努力の科目だと言い続けてきました。

多くの中学生が、「怠ける」というただそのことだけで、英語を不得手としてゆく姿を見てきました。英語は怠け者にはきつい科目です。
翻って考えてみれば、学問というものは、実行力のある人が結局成功することになるということではないかと思うのです。努力の継続とは、いいかえれば実行力ということです。

そして、学問というものは、緻密な丁寧さというものがその前提となると思うのです。「雑」な人は大成しないとおもうのです。こつこつと、丁寧なノートをつくりあげてほしいと願います。

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