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都立中高一貫校受検/都立高校上位校 受験専門 渋谷で創立30年

Simple is best !! /B層が日本を滅ぼす/だからこそ受検、受験のチャンス/都立小石川、都立桜修館の合格を見切る

2020.03.28

第74章 Simple is best !!

  物事は難しく考えようとするから難しくなる。簡単に考えることが、いいアイデアを生むことになるし、思考経済にも資するし、引いては物事をシンプルに考えるスタイルを定着させることになる。
 わたしは、高校受験の指導を通じて数学を解くことに関わってきましたが、数学でも難しく考えると難しい解き方をしてしまうということはよくありました。わたしは教科書だけで解けることを基本ポリシーして、シンプルな解答を作ることを至上としてきましたが、シンプルに解こうとするとき、問題制作者の着眼点を推測したり、複数のアプローチのどれがシンプルな解法に繋がるかを比較考量したりすることになったと思います。いや出題者はもっと簡単な解答を想定していたはずである、なにしろ制限時間50分ないし60分で解けるように作ったはずであるから。一問15分なら、答案を書く時間を考えても、最大で10分で考えられる問題でなければならない。そういう論理から複雑で時間のかかる解法はないと考えていい。だとすれば、出題者もシンプルな解き方を想定しての出題をしたに違いないのである。
 わたしは、平成15年頃から算数の指導に携わり、平成18年頃から本格的に算数の研究に携わることとなった。算数の研究が進むに従って、算数の解法そのものがもともとシンプルなものであることにまず感動したものである。ただ声の教育社の出している解説には当時から惑わされた。シンプルなはずの算数をなにか、難解なもののように思わせてしまう、そういうイライラ感が残った。ある時から、みくに出版の銀本を使うようになった。とにかく詳しい解説がほとんどなく、略解ないし答えのみというのが良かった。声の教育社の過去問は、平成元年前後からよく使ったのは、主として首都圏の過去問を解き尽くすためであった。わたしの専門は数学にあったが、その頃の算数は数学でたいてい解けた。今はそういう問題少ない。近年は、数学では解きにくいように作問されたものばかりである、
 わたしは、みくにの過去問を使って、真っ白な状態で自由に頭を働かせて、算数で解く、そこに醍醐味を感じた。解答しかないから、解法を考える。わたしのオリジナルの解法である。みくにの解答にもたまに誤答はあるが、概ねわたしの解答と一致したので、ミスを防ぐ意味では役に立った。
 算数の難問と言われるものは、まずは、事実関係を正確に意味解釈すると、それだけで解への道が見えてくることが往々にしてある。最近、思うのは、子どもたちが、わからないと言うとき、たいていは問題の意味を正確に読みとれていないことがほとんどである、とうことである。

 問題に子どもたちが詰まっているとき、見てみると面積図を使うと解決できる場面だったり、それでもだめなときは、これが真の難問ということになろうかと思うのだが、わたしの経験では、最後は、高度な比の利用で解くということであったり、する。
 この「比」というのは、なかなかに意味深いものがあり、奥が深いものである。算数を極めるには、最終的には、この比について、いろいろと研究しておく、生徒の立場からは、練習しておく、ということではないか、と思う。
 要は、比を使いこなす、ことである。「比の達人」になることである。算数指導の究極の、行き着く先はその辺にある、そういう気がします。実は、面積図も実は比の利用である。有名な天秤算ももちろん比で解く類型である。
 あの流水算さえも実は比で解いている。
 竹の会で有名な割合の枠組みも原理は比である。こうして算数とは、比を巧みに使う、科目であるということが、わかってくる。
 比こそシンプル算数の極みである。
 竹の会算数の方向性
 こうして竹の会算数のこれからの方向性は、おそらく「比」というものの研究に向けられる。「比」で解くことに算数の「美」というものが表れる。シンプルさは、当然「美」である。竹の会算数のこれからの姿をもし呼ぶならば、シンプル算数とでも呼ぶことになろうか。
 算数を、解く時思うこと
 算数というのは、難しく解けば難しい解き方になる、シンプルに考えで解けば実にシンプルになる。不思議な科目である。
 市販解答の、解説が難しい。問題が読んでもわからない、そして解説読んでもわからない、これが一つの問題だと思うのです。それなりに算数がわかる、そういう子が読んでもわからないというのは、さらに問題である。
 これは、比の理論が、理論として、説明されてこなかったこと、指導のやりかたが、簡単な比の説明の後、場当たり的に出くわした問題が、比で解けるというような指導をしてきたことに原因があるのではないか。
 比というのは、もちろん実際の量とは違う。比は、例えば、2つの数の関係を表して、大小関係、あるいは倍率関係を表す、といえる。
 例えば、あるクラスの男女の比が、2:3というとき、いろいろなことがわかる。
 女は男の1.5倍いる。これは3÷2でいい。実際の数がわかっていなくても、比の数の計算でいい。
 比の数は、ミクロの数を表す、と言ってもいい。
 実際の数を抽象化した点では、割合の数と同じだからである。割合の数というのは、例えば、25%というとき、全体100%を元にすると、比べられる数が、25%である、ということであるから、100%:25%=4:1
つまり、%というのは、比の別の表現である。
比というのは、比べられる数と元にする数を対置させて、わかるように視覚化した、ということである。だから割合としてみることもできる。
しかし、比として、表すには、それだけの理由がある。比には比で表す意味がある。割合では表せない利点がある。割合の場合は、二つのものの比は、常に、1 : 0.xx (100 : xx)であるが、比は、整数:整数 である。
比の利点は、二つのものの関係をシンプル化して考えることができることである。
さらに、比には、面積図のように、かけて一定になる関係があるときに、使い勝手のいい効能を見せる。例えば、速さ×時間=距離 であるが、この距離が一定の時は、面積図と同じことになる。
例えば、距離が一定として、例えば、1とすると、速さの比が、2:3のとき、時間の比は、1/2 : 1/3、つまり、3:2になる。これを逆比という。天秤算というのも、この逆比の例である。
 比の効用は他にもある。
 比例の関係があれば、解決の糸口としては、価値が高い。
 図形絡みでは、相似というのがある。
 比を利用すれば、実際の数に辿りつける、というのが、比の原理であるが、比の数に意味を発見すること頻りである。
先の速さの比であるが、もし時間が変わらなければ、距離=速さ×時間 だから、距離は、速さに比例する。つまり、速さの比は、そのまま距離の比でもある。もし、距離が一定なら、速さが、2:1なら、時間は、それぞれ1/2 : 1/1だから、1 : 2となる。つまり、距離が同じなら、速さの比がわかれば、時間の比はその逆比となる。その逆もまた真なり。これはなかなか便利な定理であり、実戦で使うことも多い。算数の難問には、ダイヤグラムというのがあるが、これは数学の一次関数が使える問題である。しかし、算数的処理をするのがもちろん正攻法であり、その場合、先ほど述べた逆比の定理のほかに、相似を利用する、つまり図形的なアプローチが功を奏することが多い。算数を磨くという場合、視覚的なアプローチが一つの有力な方法となるのである。

 さて、わたしは、問題を解くとき、難しい解き方をしようとする、自分がいるとき、いつも逆算的な、ある意味戦略的な思考修正をすることがよくある。「こんな解き方をする問題なのか、出題者は、高が算数の問題で果たしてそれほど高度な思考を求めたか、小学生が解ける問題だろ、少なくともそうだろう、いや出題者は大手進学塾の天才たちを念頭において、難しい問題を出したかも知らない。いや本来本校に入学するにふさわしい小学生を念頭に、問題を作ったはずである。偏差値の高いところなら、最低でもここまでは解いて欲しいというラインは引いているはずである。小学生にもわかるシンプルな解法が必ずある、それこそが良問である。
 
 わたしは、まわりくどい話し方、説明が嫌いである。要点を端的に突く、そういう話し方をする。だから私のレジュメの解説はそういうものになっている。
 偉い学者が、前置きを長々と話すのを聞くと、もう本論も聞くのが嫌になる。どうせそんな学者ならたいしたことは言わない、そう思ってしまう。
 わたしが、子どもたちの指導で、最も重視しているのが、やはり Simple is best ! である。説明も、指導も、指示も、すべてシンプルを至上とする。
 計算法にしても、逆算法にしても、割合習得法にしても、とにかくシンプルな説明を心がけてきた。
 難しく考えない。シンプルに考える。今、わたしを支配しているのは、そういう方向性、舵取りであろうか。
 
 

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