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中学受験 高校受験 受験相談 渋谷で創立30年

平成19年 千代田区立九段中等教育学校(区分B)・合格(男子)お父様からの寄稿

2015.10.28

【合格体験記】

 

★お父様からの寄稿

 

阿部先生、今回は、本当にお世話になりました。

息子が、九段中学合格となり、改めて先生のHPをゆっくりと拝見しておりました。

思い返せば、ちょうど1年前、「竹の会」HPを土曜日一晩かけて拝読し、翌日の日曜日には先生へ電話を掛けさせていただき、息子の指導をお願いしたことを思い出します。

ここで、中学受験を控えたお子様の保護者のかたのご参考になればと、私が「なぜ、竹の会に決定したか」等について、ご紹介させていただきます。

 

私も中学受験を経験してきており、大手学習塾と、塾長一人のいわゆる私塾の2つに通っておりました。

私の時代(今から約30年前)は、中学受験のはしりのころで、小4の時から「日曜テスト」へ通い、小5からは大手学習塾に週3回、私塾に週2回、それと日曜テストという状況でした。

(しかしながら、私の息子は「竹の会」のみ。)

(しかも、小6の4月からお世話になっただけです。)

私の中学受験は、小4の時の家庭訪問で、「中学受験はされないのですか?」という担任の先生の質問がきっかけで、「医者か弁護士になりたい」という私の当時の夢から、「慶応へ行く」ということへつながり、中学受験の勉強を始めました。

 

3年間の受験勉強を経て、教育大駒場(当時)、慶応普通部、慶応中等部、早実、明大中野の5校を受験しました。

受験時期までには、慶応中等部も合格圏内の学力となり、早実は合格確実という状況でした。結果としては、慶応中等部は合格したものの、「家庭の事情」で辞退。早実受験日は40度の高熱が出てしまい、受験はしたものの、回答が記入できずに不合格。公立中学へ行くのが恥ずかしく、滑り止めだった明大中野へ進学しました。そして、明大中野在学中に、理系の勉強が好きだったことから、明大以外への進学や、明大の理系学部への進学も考えたのですが、親の進言(忠告?)から、明大の政治経済学部へ進み、会社員としての今に至っています。

 

現在の生活に不満がある訳ではないのですが、今、私の学生時代(中学受験以降)を振り返って見ると、

「親が言い過ぎてはいけないのではないか?」(進むべき道は、子供本人が悩んで決めるべきではないか?)

と、考えています。

 

そこで、自分の息子に対しては、「自分で真剣に考えて決める」習慣を持たせるように意識しました。

息子も、小4の時に「中学を受験したい」と言い出しました。公立○○小学校は、学年の約2/3が中学受験をするという環境であることから、

「なぜ、中学受験をしたいのか?」

「みんなが受験するから受験したいのか?」

と、問いかけました。

「みんなが受験するから受験する」というような、中途半端な横並び意識では、受験勉強もいい加減になりますし、「中学受験」が目的となってしまっては、仮に「合格」してしまったら、その後の人生の目標が定まらなくなると考えました。

 

案の定、息子には、中学受験に対する明確な目標はありませんでした。その後、「大人になったら、何をやりたいのか?」を自分で考えさせるようにしました。

当然、息子が興味のあることを探求して行けば、どの様な事柄につながり、それを生業と考えると、どの様な職業があるのか、と言う「アドバイス」は親として続けていきました。小5になった時にも、「受験したい」と言ってきましたが、やはり、具体的な目標はありませんでした。

そして、小6になる時、

「ヒューマノイドロボットを作りたいから、東大へ行く」

「だから、中学受験をして、九段中学へ行きたい」と、言ってきました。

それと同時に、大手学習塾のパンフレットも持ってきて、

「九段中学受験のために、この塾へ行きたい」とも言ってきました。

やっと、「本気」になったのです。

ここまで本人が本気になったのであれば、親は「応援」するのみです。

しかしながら、私の経験から、「大手学習塾」へ通うのは疑問でした。私の中学受験の経験からも、「大手」で学力が伸びたとは思いませんでした。塾長一人の「私塾」でこそ、「学力が伸びた」と感じていました。

一応、息子が調べてきた「大手」の入塾テストを受けさせ、そのテスト結果を聞くために、私が直接「大手」を訪問しました。いわゆる、「塾の面接(テスト)」を、私が実施したのです。

その結果は、言うまでもありません。

そして、今度は私が必死に「塾」を探し、「竹の会」に出会えたのです。

 

阿部先生の教育方針と指導方法が、HPに溢れんばかりに書き記され、明け方まで眠気を忘れて読みこまさせていただいたのを覚えております。

そして、家庭での学習習慣は「親」が導く責任があることや、入塾後、3ヶ月経っても学校の成績が伸びないのは、家庭での学習習慣が無い現れであり、退塾を勧告することなど、先生の「厳しさ」に感動したことを覚えています。

やはり、家庭での学習習慣という「躾」は、親が担うべき責任であり、親が担いきれない「知識」や「スキル」を教育していただくのが、「塾」である「竹の会」にお願いすることであると思います。当然ながら、「塾」における学習態度という「躾」も、親が担うべき責任だと考えています。このように、「親(家庭)」と「塾」の両輪が揃ってこそ、真の学習成果が現れると、私も考えています。

 

去年の4月から「竹の会」でご指導いただき、夏季指導のpassportコースが終了してから、息子の「中弛み」とも言える、「家庭での学習」が見られなくなりました。

そこで、一般私立中学受験向けの「公開模試」をあえて受けさせました。

ご指導いただいていた内容は、一般私立中学受験対策とはまったく違うことも承知していましたので、予想どおり(期待とおり?)の惨憺たる結果でした。そこで、「何だこの結果は!」「やる気が無い証拠だ!」「合格するつもりが無いのなら、直ぐに竹の会を辞めろ!」と、捲し立てました。

ここで誤解があるといけないのですが、息子の性格は、「悔しければ、歯を食いしばってでも頑張る」という性格だと言うことを、「親」として理解しているからこその「暴言」だと言うことです。

そして、阿部部先生の指導方針も理解させていただいていたつもりでしたから、「父親から竹の会を辞めろと言われたことを、阿部先生へ自分で説明しなさい」とも付け加えました。

そして、阿部先生へ息子が報告させていただき、先生からも「来月から来なくていいですよ」と、期待とおりのお言葉を息子は言われました。

これで、息子は大きく変わりました!

竹の会に行かない日も家庭で学習し、竹の会から帰っても学習するようになったのです。そして、「受験に向けて竹の会を続けたいのであれば、自分で阿部先生に許可をもらいなさい」と、追い討ちもかけたのです。実際に阿部先生へどの様な態度でお話させていただいたかはわかりませんが、私も阿部先生と電話でお話をさせていただき、息子が自らお願いしたことがわかりましたので、あとは何も言わずに、黙って見守るだけにしました。

そして、2月3日の受験を終え、13問中の3問が未回答だったことを聞き、「これは無理かな?」との思いから、発表後に息子がショックを受けないよう、「受かる訳が無い」「区立中学で頑張れ」と、「不合格」を前提にしておきました。

ところが、2月9日の合格発表の日、なかなか繋がらない九段中学のHPにイライラしながらも、「合格発表」のサイトをやっと開き、息子と同時に受験番号を見つけた瞬間、親子揃って「あったーーー!受かったーーー!」と叫んでしまいました。

 

以上のことから、難関と言われている九段中学(千代田区立九段中等教育学校)に、わずか10ヶ月間の受験準備期間で息子が合格できたのは、素晴らしい指導者である阿部先生とめぐり合えたことと、先生の指導方針を家庭でも実践できたからこそだと確信しています。

阿部先生とは、電話で3回お話させていただいただけで、合格のお礼にお伺いさせていただいた時に、初めてお顔を拝顔させていただくという失礼をさせていただいておりました。しかしながら、「文明の利器」である「竹の会HP」を通して、先生のお考えは十二分に理解させていただいておりましたので、ご挨拶させていただいた時も「初めまして」という感がありませんでした。

 

これから、「竹の会」でお子様をご指導いただくお考えの保護者のかたがたも、まずは「竹の会HP」を熟読されることをお勧めいたします。

これほど、指導者自らのお考えや方針等を発信されていらっしゃるかたも稀有ですし、そのお考えや方針等を良く理解し、ご家庭でも実践されることで、驚愕の「指導結果」を体験されることとなるでしょう。

大変長くなってしまいましたが、阿部先生、今回は、本当にありがとうございました。

この10ヶ月間は、これからの息子の人生において、「貴重な10ヶ月間」となることでしょう。また、息子(長男)とはまったく性格の異なる次男も4月からお世話になる予定ですが、何卒、宜しくお願いいたします。

 

※本合格者については、

竹の会回顧録(平成19年)~中高一貫校を「とる」、真の闘いの始まり~

竹の会回顧録~初めての公立中高一貫校の指導のこと

もぜひご覧ください。

 

※その他のカテゴリ :「竹の会回顧録」 「思い出の声」

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