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教科書が読めない子たちの氾濫

2022.10.01

 

 

教科書が読めない子たちの氾濫

  「日本の中高生の多くは、詰め込み教育の成果で英語の単語や世界史の年表、数学の計算などの表層的な知識は豊富かもしれませんが、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないということがわかった」(新井紀子著「AIvs.教科書が読めない子どもたち」

 
 中学生、高校生の50%が、ろくに教科書を読めないのだという(前掲書)。このデータを読んで、ここ何年か、算数は解けるのに、適性問題がまともに読み取れないという子たちの存在に慌てたこと思い出す。どうもおかしいさ首を傾げてきた。前掲書は2018年の刊で竹の会の書架から見つけ出した。以下には、この書の見解を引用しながら、私見を述べてみたいと思う。
 中高生に読解力がないと言っても、問題はそれほど単純ではない。彼らが教科書も、いや教科書さえも読めない、という話だからである。丸山眞男の文章を読解できないという話しではないのである。ほかでもない、学校の教科書が読み取れないのである。教科書といっても教科書一般に論じていいものか、疑問もあろう。国語の教科書が読み取れないというのと、理科や社会の教科書が読み取れないというのでは少し事情が違うような気がするからである。理科や社会の教科書の文章は誰でも読めばわかる文章で書かれている。それが読み取れないというのである。そもそも教科書は学ぶ者が読んで理解できなければ意味をなさない。だから教科書というのは誰が読んでもわかるように書かれているのが前提なのである。実は、数学の教科書だって、読めばわかる文章で書かれてるのが前提である。それが教科書というものだからである。国語の教科書だってそれが教科書という本質は何ら変わらないはずである。ただ読んで理解する訓練という性格はある。
 前掲書の調査によると高校生の半数以上が教科書の意味が理解できていない、ということだ。前掲書の見解の要点はこうだ。
 読むのは苦ではないのに、中身はほとんど理解できていないという現象が実際に起きているのだ。
 最近の子はデジタルに強い。漢字などデジタルドリルを繰り返せば、テストでいい点をとる。するとそれが成功体験となり、中学でもデジタルドリルを繰り返し、そこそこの成績はとるようになる。こういう子らはいずれある壁に突き当たる。学校の先生の言っていることがわからない、教科書を読んでもわからない、ということに。デジタルの癖をつけた子は、決まったフレームの中でだけ発揮できるスキルを、身につける。だから問題を見ると「当てよう」とする。クイズ感覚である。
 今求められるのは教科書程度の文章の意味を理解する能力である。
 読解力の処方箋
  読解のための処方箋は残念ながらない。読めない人は、それまでの勉強のありかたに問題があったことは間違いない。ドリルに頼り過ぎる昨今の風潮もある。本屋にはドリルばかりだ。反復繰り返す、ことがコンセプトだ。読むのではない。ただひたすら同じことを繰り返すだけだ。これはまさしくデジタル人間の養成だ。あるいはわからないところがあると飛ばし読みしてしまうのもデジタルに慣れた人の特徴である。わからなくても気にしないのだ。というかわからないということに負の意識がない。記述に矛盾があっても「活字信仰」絶対で信じて疑わない。まるで新興宗教の洗脳された信者の如し。要するに、偏りのある勉強をしてきたつけが今の結果だ。例えば、数学の教科書を読めない人は、読めない部分を飛ばして、なんとなく全体をわかったつもりになっているのだと思う。とにかく曖昧な読み方をしてしまうのだ。曖昧にして曖昧な理解のままに考える。これが今デジタル小学生だ。
 そもそも自分でもない赤の他人が何年もかけて書いた本を理解するためには、著者が書くのに要した時間の倍はかかって当たり前です(前掲書)。
 本は多読では読解力はつかない。精読、深く読むこと、なのではないか(前掲書の提案)。
 そもそも数学ができないのか、そもそも教科書の文章を、理解していないのではないか? 考えてみる必要がある。
 教科書を読み取れない子たちというのは、例えば、助詞を読み飛ばす、あるいはその文法ルールがわからないのです。
 ランダム率について
 例えば、四択なら25%、三択なら33%です。これをランダム率と言います。もし受検した学校で、ランダム並みの生徒は、全くできない生徒と考えていい。み障害を抱えた子たちです。
 教室で習っている生徒の半分はサイコロ並みの読み障害を抱えています。
 私たちは、推論を使うから大量の知識を覚えなくて済ますことができるのです。一を聞いて十を知るとは、推論の力を定義したものです(前掲書)。
 基礎的読解力は人生を左右する!
 偏差値の高い高校に入るから基礎読解力が上がるのか、基礎読解力が高いと偏差値の高い高校に入れるのか、もちろん前者ではあり得ない。基礎読解力が低いから偏差値の高い学校には入れないのだ。基礎読解力がなければ、教科書も試験問題文も速く正確に読めない。
 御三家と呼ばれるような超有名私立中高一貫校の教育方法なんて知ってもあなたたちにはなんの役にも立たないことを。そのような学校では、12歳の段階で、公立進学校の高校3年生程度の読解能力値がある生徒を入試でふるいにかけています。実際にそのような中学の入試問題を見ればわかります。文を正確に、しかも集中してすらすら読めなければ、スタート地点にもつけない問題ばかりです。もともとそういう子たちが選ばれる試験なんです(前掲書)。

 今私が述べてきたことは、実は、科学的データによって裏付けられたものです。
 あなたたちが、今やらなければならないことは、もうおわかりでしょう。
 年に一冊の読書でもいい。小学生のときから、じっくりと精読する、つまり文章を読み取る理解する読み方、それはわからないところを解決しながら読み進める時間のかかる読み方なんですが、をしなければならない、ということです。子どもたちの中には小説を読んで、次の本ということ、つまり乱読をやっているのが多い。しかし、読むのは、教科書でいい。何度もわかるまで精読する、これだけでいい。私は高校生には高校倫理の教科書を基礎読解力を鍛えるのに薦めています。
 適性問題の文を読んでも、読み取れないという子が増えています。これはデジタルに慣れた子たちの超えがたい試練かも知れません。わからないところを読み飛ばす、つまり意味をとることに意味を感じていない。助詞などはもう最初から飛ばしています。文の意味が取れないから問題を解く入口にも入れてないのです。
 今やるべきことは、もうお分かりでしょう。一冊の本、文を飛ばし読みしないで、精読することです。それからデジタル環境の中にいないことです。

 今適性問題に取り組み苦しんでいる小5がいますが、ここはじっくりと精読することです。助詞の一つも飛ばしてはならない。一字一句を大切に丁寧に意味取りすることである。

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