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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

大手の罠にはまるのは、霊感宗教の勧誘にはまるのと等しい

2022.12.15

 

大手の罠にはまるのは、霊感宗教の勧誘にはまるのと等しい

 試験の極意というものがあるとしたら、その極意とは何か
 最近、思うのは、「広げるな‼️」、「踏み込むな‼️」ということである。試験を分析することは前提である。そこから合格に必要な知識の範囲を画定することがまず先決となる。
 合格範囲の知識だけを勉強する、砕いて言えば、そういうことだが、これが、なかなか難しい作業である。高校受験に関しては、都立高校は、その画定に近年は悩んだことはないが、私立難関中の難関開成高校、さらには日本最難関の筑駒高校については、大いに悩んだ。おそらくかなり踏み込んでしまったのかもしれない。どこまでやれば安心できるのかというラインが引けないのだ。わたしには初の経験だったこともある。だから絶対合格というラインを考えてしまう。それにたとえであっても、上位層合格しなければ意味がないということは指導者なら当然に知っている。下位層合格した者が、ほとんど落ちこぼれ軍団を形成するであろうことは、科学的データで証明されている。現にわたしはそのデータを持っている。日比谷でも下位層で合格した者の成績は上位層ともはや取り返しのつかないレベルにまで広がることがわかっている。日比谷開成などの滑り止め校である。開成などを落ちた連中が日比谷では上位層を形成する。下位層にはギリギリ合格、それも内申に助けられての合格者、さらには推薦による合格者が占める。どこの都立も推薦合格者は、お荷物となる可能性が高いのだ。内申だけ高くて中身は伽藍堂という生徒がほとんどである。もちろん例外も少ないがいるにはいる。どの議論も「ほとんど」というときは、例外(1つ2つ)を前提しての話しだ。
 下位層合格してもそれは落ちこぼれの集団の一員になるだけで意味がない。だからわたしが目したのは、トップ3合格である。できれば1番が理想だが、10番内でいい。わたしの指導の確度を確かめるために、わたしは、駿台模試を利用した。現在の日本で、真の実力を測る模試は駿台模試しかない。それは、サピックスや早稲アカ、Z会の模試のように塾内だけの志望者の順位では使えないからである。開成なら開成を志望するほぼ全員が受ける模試でなければ何もわからない。だからわたしは駿台模試を使った。そこで1番を、とれば、私の範囲画定は間違いでなかったと証明できるではないか。わたしはそう考えた。だから、「1番を取って来い‼️」「全国順位1番を取って来い‼️」と檄を飛ばした。そしてわたしの言葉通りに、1番を取ってきた。わたしは、自分の指導の確度を根拠付けできたし、それまでの指導が間違っていなかったことを確信した。
 範囲画定は、難しくないのに、迷路に入ってきたのが、都立中高一貫校受検であった。これはどうも高校入試のようにはなかなかいかない。やり過ぎて小学生の小さな頭を混乱させてしまったという失敗を2、3度やってしまったようである。小学生は、容量が少ないということをつい忘れてしまう。もちろん容量の高い子もいる。容量の小さい子が、小6前後以降に竹の会に来ても、蓄積量がはるかに少ないため高度な指導は無理である。ましてやそれまで無塾の子の指導は不可能であり、大手から来た子も、蓄積量がないことはいまや常識だ。いったい大手の1年なり2年なりで、何を勉強してきたのだろう? 計算はまともにできないし、割合がらみの中堅私立の算数問題はまず解けない。こういう子を短期間で合格に導くことなどできるわけがないではないか。思考力を培うという勉強をして来なかったのは、公立中学でどうなるか、先が見えているだけに指導も虚しさがつきまとう。
 容量の少ない小学生の指導は、範囲をさらに狭く画定しなければならないのだ。その分、思考力でカバーするほかない。やり過ぎれば毒になる。想い出すのは、平成25年の合格者の指導に使ったレジュメは、「合格答案への道」と「算数をクリアーにする」だけだった。そして平成27年の合格者には、「算数をクリアーにする」のほか、その後に執筆した「推論シリーズ」だった。
後から考えるとかなり少なかった。心配と不安からどうしてもより多くのレジュメを使ってしまいがちであったが、大量に使った年は必ず落ちている。7回解き直しもできないで、消化不良は明らかであった。
 竹の会で惜しくも失敗しても、区立中学で成功する子が多いのは、思考力及び基本学力をしっかりと身につけているからだ。落ちるだろうことは、実は、わたしには、想定内のことであった。わたしが受かると思ったときははっきりそう本人に言う。わたしが何も言わないなら、それは受かる見通しはないということである。ただそういう子も竹の会で基本を徹底して鍛えてきたのは事実であり、区立中学に行けば、伸びることも想定内のことである。
 竹の会で基礎学力がつけられないなら、それは、能力の問題と考えてもらいたい。わたしにどうにもできない問題である。
 小6で伸びるかは、小6になるまでの学習蓄積量次第である。小5だからと手を抜いたら小6で伸び止めになることは近年の小6が証明してきたことである。なぜに小5の夏に夏季講習に参加しなかったのか、その時の親御さんの考えはわからない。小6になっていくら時間をかけてももう遅いのである。蓄積された学習量が、小6の学力に大きく影響する。その影響は、決定的である。しかし、多くの凡庸な親は、小5なら小5の、小4なら小4の、「今」しか見ていない。1年後、2年後のことなんか考えていない。その時はなんとかなるだろうとなぜか楽観的なのである。例年、小5までの学習量の不足による、小6になっての失速は目に余る。最初の早稲田模試で100点未満(300点満点)というのはこれまでの竹の会では見たことがなかった。いきなり名前を載せるのが竹の会の定番だったから正直驚いた。明らかに、才能不足と小5までの学習蓄積量の不十分が原因とわかる。なぜって、過去の合格者の小5までの勉強量、勉強姿勢と比べて明らかに劣るからである。劣化しているのは、勉強に対するパッションである。親のスタンスである。ただのノルマ、こなし仕事と考える傾向が顕著で、小5までの勉強の手の抜き方も目に余る。これで受かるのか、受かるはずがない。ある小5の親はコロナ時期には塾は休み、夏も参加せず、この時は本当にそれでいいのか、と落胆したけれど、小6の最初の模試は、やはり100点にはるかに及ばなかった。それが最後まで続き、流石に「どうしたらいいか」と相談されたが、わたしにはなす術はない。わたしができるのは、高校入試でも全く同じことだが、早期に、つまり低学年のときにどれだけ勉強量を蓄積してきたか、そこから小6の指導を成功裏に構築することだけである。受験、受検に、それまでの勉強量の潰滅的な不足を置いておいて、成功させる策などあるはずがない。そんなものがあったら教えてもらいたい。大手は、それが可能なようなことを言う。まるでどこかの宗教の勧誘そっくりだ。わたしは、大手のやり方を知っている。大手に通わせる親は、小5までは大手の授業についていっていると大安心である。中には、難し過ぎることをやって子どものレベルを超えているのではないか、と竹の会に批判的な親もいた。大手の戦略は、小5までは子どもを引きつけておく。小6になったら特別の講習とオプション講座で、これをすべて受けなければどうなるかわからないと脅す戦略なのだろう。小5まではカリキュラム内容が薄く難易度を低くして較差を可視化、表面化させない作戦だ。授業内容が平易であれば言語力に格差があっても認知されることはない。日々の授業でも自らの学力的な位置を把握できないしくみである。能力差は児童にも、親にも明示されない、潜伏したまま、まるで存在しないかのように振る舞われる。小6になって、いきなり受検レベルの授業になる。するとこれまで潜在化していた能力差が突如として噴出してくるのはわかりきっている。しかし、大手はここでも巧妙である。宗教的勧誘者の真骨頂である。すぐに、そのための特別講座、オプション講座を売り込む。追い詰められた親は迷うことなく申し込むことはわかっているのである。大手の伽藍堂小学生量産はこうして完成へと近づいていく。この時期大手に懐疑的になり、竹の会に来た子たちの学力の低さは、みな小5までの学習蓄積量のあまりにもの低さからくるものである。大手を信じてきた親たちの間抜けさがあからさまになる時期である。低学年時、勉強に消極的な竹の会の親も、小6になって失速はするが、大手との違いは、子どもに最低限の基礎学力をつけてもらったかどうかである。試験直前には冷静さを失って、それまでの消極性を棚に上げて竹の会を非難する親もいたが、基礎学力がしっかりしていることの恩恵を中学で受けることになる頃には少しは竹の会の誠実な対応に気がついてもらえたであろうか。それくらいの余裕はあるだろう。
 最後に、一言、小5までが勝負だ‼️  受検は、既に小5で結論が出ている‼️ 多くの凡庸な親はこのことがわからない。受検は小6になったら真剣に取り組めばいいものだと考えている。しかし、それが大間違いだということは、竹の会の実証データがすべて語っている。
 高校入試では、中2までにほぼ受験の範囲は終えていなければならないということは竹の会では常識、前提である。ひとり中学受検のみ小6からでいいなどという論理は成り立たない。
 小6の7月の早稲田模試で100点未満というのは、不合格の確実な徴表となる。7月の模試から好成績を残すには、それまでにそれなりの研鑽が前提となる。過去の合格者の勉強量はその意味では完璧なものであった。小6になって失速する子たちとの差は歴然としていた。小6になってできないで慌てる親たちは、自分の子が小4、小5の時期にどれだけ熱心に勉強に取り組み、学習量の蓄積をしてきたのか、振り返ってみるといい。それから過去の合格者で、習い事・稽古事、スポーツをやりながら受かった例は一例もないことは知っておいてください。受検に本当に受かりたいなら受検だけに集中することです。

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