2026.08.08
🟨石の上にも3年❗️竹の会にも三年‼️
割合思考による洗脳‼️
割合がわかればそこから世界が広がる‼️
最近のわたしは、新境地にあるのかもしれない。これまでほぼ諦めていた子たちが、2年余を経て、想定もしなかった「わかり始めたのだ」‼️
いつも変わらなかった。中々理解しない小数の割り算に、こういう子が、割合を理解するなんて、あるのだろうか、ないだろうな❗️そんな疑心がいつも頭を掠めた。でも塾にはきちんとやって来る。いつもまず計算だった。いや計算ばかりだった。割り算ひとつ何も進まない。いつもそうだった。むしろ前へ進むより、後ずさりが普通だった。いつも振り出しの日が続いた。そんな歳月をどれだけ過ごしただろうか。1年経ち,2年経ち,3年目がもうすぐ、そんなある日初めて、兆しが見えた。何か変わるのかな、そんな思いで胸が騒いだ。それから一問解くたびに、自信をつけていく。うそのように目の強さが変わった。もしこれでだめならまた振り出しから、そう思っていた。でも、わかり出したではないか。これまでの3年は間違っていなかった。こんな子でも開眼する日が来るんだ。
こういう子が迷ったとき、できるだけわかりやすい説明を心がけた。処方のレジュメはそれは工夫したものだった。同じレジュメを何度も何度も繰り返した。そう、何度も何度も繰り返したのだ。来る日も来る日も遅々と進まない日も腐らずもくもくと指導してきた。
できない子を指導する手順というのは、これなのかな。子どもたちが、自身で考えるというスタイルを身につけて行くのが、竹の会のスタイルだ。
問題の解き方を教えたことはない。常に思考の枠組み、型を教えた。この型からこう読み解くんだよ、と何度も繰り返した。健気に、わたしの指導についてくる子どもたちがわたしを真剣にさせたのかもしれない。
そうか、わたしはこういう子たちに、感動するのか‼️
いや子どもたちの変化に心を打たれたのだ。
これはダメだ❗️IQが足りない❗️いや、そう思えた子が、嘘だろう❗️ 開花することがある。竹の会の思考訓練の日々が、もたらす想定外の事件だ。思い起こせば、二年余の歳月が流れていた。わたしが、驚くのには、理由がある。かつてIQに問題あり、と判断した子、いわゆる境界知能児だろうと疑った子ども、言葉よりも演習しかできなかった子、2年、3年かかっても変化のなかった子、そういう子を経験して来たから、いつも疑わしく観るくせがついてしまった。
大手の子たちには、かなりの数のできない子がいる。公立小はそういう子たちが集まるところだ。そういう子が塾に行かないとしたらいったいどうなるのだろうか。またそういう子たちが大手に集まったらどうなるのだろうか。
カリキュラムに惑わされた親子の大群。ほんとうはカリキュラムなんかどうでもいい。大手だから信用できるではなくて、大手だから信用できない世の中なのだ。答えは簡単だ。割合の問題一つ解けない子たちが、大手に大量にいて、それが野放しにされ、親もまったくそれに気づかないことだ。なんと愚かな親たちであろうか。自ら少しだけ手をかけてみればすぐわかることなのに。ちょっと気のきいた割合の問題をひとつ与えてみれば、その無知がすぐわかる。その気になれば、すぐわかることなのだ。しかし,大手に預けてしまった親はもう任せきりである。大手という営利優先の企業に「任せて安心?」とかどう考えたらそうなるのか。子どもに任せるのはアウトだが,大手に通わせる子どもに何も聞かない,チェックゼロの時点で,それは子どもに「任せている」のと何も変わらない。おそらく子どもはひとりを全フォローしなければ何もできないのではないか。






