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都立中高一貫校/都立高校トップ校 受験専門 渋谷で創立30年

都立中高一貫校は本当にお得か

2023.01.02

この問題が解けなかったことの意味‼️
※「この問題」2012都立武蔵簡易化
 下の表は原液5倍にうすめて作った飲み物についてのデータです。

 4人の飲み物を作るために、原液を合計何g使ったのか答えなさい。

 注意 飲み物の体積は、原液と水の体積の和に等しいものとします。

 表1 飲み物の重さ  はるき(258g)  なつよ(265g)   あきお(261g)  ふゆみ(256g)

 表2   100mLあたりの重さ  原液125g  水100g

 

 ○解けた子と解けなかった子との差
 解けた子 受かる見通し
 8倍の難関を戦える有資格者と言える。受験は、特に、都立中高一貫校受検は、有資格者たちの戦いにほかならない。いくら憧れても、無資格者では、戦えない。どんなに努力したからと言って、能力の問題が解決されることはない。初見の、未知の問題に対したとき、対応できるのは、有資格者のみであり、たとえ努力を惜しまない無資格者であっても、戦えないのだ。
 受験というのは、能力前提の戦いである。
 竹の会では、令和4年、高校入試で、筑駒、開成、渋谷幕張などをおそらくトップに近い得点で合格しているが、これも例外なく、能力前提の上での、天才ないし秀才たちとの戦いであり、世の中の天才、秀才が集まる中での戦いである。能力がちょっとだけ周りより優れている子が努力して合格できる試験ではない。筑駒は、定員僅か40人、合格者の水増しはない。受験者には、開成を合格した者のほとんど、もちろん落ちた者もほとんど、そして他の難関高校を受験した者も多数挑戦する、まさに高校入試の最高峰、天王山である。そういうところで、竹の会は、おそらくトップに近い合格を果たした、と推測している。何を根拠にそういうことを言うのか。駿台模試を根拠にしてである。全4回の模試で、竹の会の塾生は、筑駒全志望者中の3番以内をとり続けた。開成でも1番から3番を取った。
 潜在的な、天才をどう指導するか。その能力をどう引き出すか。どう最大限に伸ばすか。これは、わたしの竹の会指導40年の一つの実験であった。駿台模試で、「いい成績を取って来い」ではない。「全国1番を取って来い」である。サピックス、早稲アカ、Z会などの超有名進学塾大手の生徒を敵として、相手として、私は、桶狭間の信長の心境よろしく、先陣を練ったのである。それは、わたしには、とてつもなく楽しいものであった。「国語記述ができない?」。 そこで先陣を練る。その策略をめぐらす時間は、わたしには満ち足りた時であった。戦術が当たる。わたしは嬉しくてしかたなかった。社会が7割ほどしか取れない? そこでまた戦略を練る。一晩考えて策を思いつく。理科を極めたい。そこでまた策を練る。英作文の対策はわたしの閃きが当たった、数学の高度な指導はもともと竹の会のお家芸であった。指導に頭をめぐらすのは、すべてわたしには喜びであった。駿台1番。あの大手の天才たちの頭を軒並み抑えて、牛蒡抜きだった。どうだ! わたしの育てた逸材が、おまえたちの遥か上に立った。
 アルファベット、正負の数から、教えて、雨にも負けず風にも負けず、わたしの戦友は頑張り通した。そうだ。私には共に戦う戦友であった。わたしの竹の会、わたしが40年の間に研鑽を重ね、研ぎ澄ましてきた天才指導の技術であった。何年も何十年も生かす時なく、過ごしてきた。やっと私の思い通りの指導ができる。わたしの思い描いてきた指導ができる。
 渋谷幕張特別特待生合格、開成上位合格、筑駒上位合格、おまけは城北合格。城北は受けることもなかったが、保険だった。
 こうして、竹の会としての仕事を終わりました。
 私はようやくあの取り憑かれたような、緊張した生活から解放されました。
 私の竹の会に、最後に、一つの記録を刻んで、なにかほっとしました。
 
 解けなかった子
 解説を読んでわかる子 解説を読んで理解したからといって、次なる未知の問題を解決できるか、と言えば、それは「ない」。こういう子は、「わからない→解説を読む→わかった」(もしかしたらわかった気になっているだけかもしれない)、この繰り返しで、結局「解決能力」はつかない。教えられたことはわかる、できるという子は、少なくとも難関受験は無理である。特に、8倍という都立中高一貫校の、合格は難しい。高校入試への切り替えが適切である。とは言っても能力的な限界はそのままであり、高校入試に切りかえても、成功するかは保証の限りではない。 高校入試に切り替えるなら、ギリギリまで適性対策に時間を使うのは確実にマイナスとなる。特に、算数の基本が不十分なのに、従って適性合格の見通しはないのに、あえて受検を前提に勉強するのは、落ちた後の高校入試のことを考えると、かなり無茶苦茶な選択を、していると思う。
 解説を理解できない子
 これには、解説を読んでわかったつもりになっている場合も含まれる。
 「教えて」わかるか。わかったとしても、解説、つまりわかりやすい文章を読んでも理解できないという致命的な能力的欠陥はそのままである。
 まず、受験は無理と考えた方がいい。

 解説を理解できたと言う子
 本当に理解できたか、理解できていなければ、理解できない子と同じである。
 理解できる子は、学習の基本的能力、すなわち「読んでわかる」という能力はあることになる。こういう子は、いわゆる「教えてわかる子」であり、都立中という8倍の試験は無理だが、高校入試はまだ可能性がある。いわゆるトップ都立は無理としても、もしかしたら小山台や新宿までは可能かもしれない。ただそもそもの才能はないと思われ、高校入試でも苦労はするだろう。他人の何倍も努力してどうだ、の話しとなる。
 入試は、才能がまず前提であり、才能があっての指導である。才能がないから塾を転々とするのである。親は自分の子の能力を引き出してもらえないと不満かもしれないが、才能というのは、引き出すというけれど、才能があればそれは自ずと発現されるものである。引き出すというのは、比喩であり、それは単なるきっかけに過ぎない。才能がないなら、どの塾もそもそも対応できないのである。
 才能とは、知能、態度、性格、気質の総称である。親の教育観、家庭などの教育環境が、大きく影響する。子の態度、性格、気質は、親環境の反映である。
 他人を侮る親の子は、他人を侮る。つまり、親の態度が子の態度にそのまま反映される。子は余程優秀でない限り、親を反面教師とすることはない、いやできない。つまり、子は親の悪い面も無意識に倣う。そこからも子の才能の程度を測ることができる。反面教師というのは、知能の高い子のなす芸なのである。
 竹の会のような、小さな個人塾では、逸材に出会うことはそうそうない。それどころか、竹の会の評判がいいとどうしても、才能のない子が集まる傾向がある。竹の会では、内申の「よくできる」が8割以上あることを入会条件としてきたが、ここ何年か、内申基準に遥かに足りない子、入会試験に落ちた子さえも「仮に」指導して指導可能性を探ってきた。しかし、その考えは甘く、結果は惨憺たるものであった。
 どうしても、できない子、能力的に無理な子の親としては、「なんとかしたい」という気持ちが強く、その切なる思いに、心情的に動かされた。
 とにかく入会資格を満たさないことは承知で、やってくる。
 こういう子たちは、受検そのものが実は難しい。また正規の指導さえも困難を極める。基礎を理解するのもなかなか覚束ない。にもかかわらず、なぜか、そういう子たちの受検への気持ちは強い。親御さんの心情もわかる。高校入試は「ない」、授業料も「ない」、教育の内容もいい。だから、できないとわかっている「うちの子」をなんとしても入れたい。そうなのだろう。しかし、最初から無理がある。都立中は、何度も言うように、内申の「よくできる」が8割以上ある、秀才たちの争いである。
 自分の子が、都立中に行けるのか、よくよく考えて見てほしい。
 それから、都立中というところが、実は薄い上位層と厚い下位層の二重構造を形成し、下位層は、落ちこぼれを形成しているのだということはしっかりと認識しておかねばならない。

 公立小すら優秀な子たちが、私立中学へ抜けて、また都立中学へと抜けていく。しかし、その都立中にして、半数以上が下位層を形成し、落ちこぼれとなるのである。とにかく都立中の上位層はおどろくほど薄い。

 カスばかりの区立中と思われるかもしれないが、その1割には優秀な人材がいる。この1割は、都立中に入ったはいいが、落ちこぼれた多数の生徒のはるか上を行くことになる。その中から、難関の筑駒、開成が出るし、日比谷、国立、西、戸山、青山が出る。区立中に進んだ者から日比谷合格者が生まれ、都立中へ進んだはいいが落ちこぼれた者は結局下位層のまませいぜい日東駒専がいいところというのが現実である。

 区立中の優秀な1割の中には、惜しくも小石川を落ちたのような都立中失敗組や私立難関中に失敗した者もいるであろう。またもともと優秀なのに受験はしなかったという子も少ないがいる。そういう子たちが1割組の中身と思われる。
 
※問題のヒント

 飲み物の合計は1040gです。

 この内訳は、原液1に対して水4の割合です。

 水の1㎝3の重さは1gです。

 原液の重さは、水と同体積ならその1.25倍です。 

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