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「伸び止め」の研究 〜小6に襲いくる「伸び止め」の不安‼️

2022.12.05

「伸び止め」の研究 〜小6に襲いくる

伸び止め」の不安‼️  正確には、この「伸び止め」の小6は、この2年で突如として現れたわけではない。早くからそういう小6はいた。もともとの竹の会の受検生の数が少ないため、その数が1人、2人と目立たなかっただけなのだ。確かに、模試が冴えないままに受検を迎えた小6はいたのだ。ただ近年目立つように思えたのは、このところ竹の会にしては、受検生の数が、多い年が波状的にあり、そういう年にそのような小6が目だっただけなのだ。  

 なぜ模試が冴えないのか?  

   春休み、5月連休、夏休み、秋の連休、年末年始を利用して実家帰省、旅行、キャンプなどで「間を空けた」ことが「伸び止め」に関係している、ということは、薄々、いや漠然と思っていた。合格者のことをたまに振り返ることがある。合格者には、「伸び止め」の子が皆無であった。合格者の小5の頃はどういう様子だったのか。確か、九段に合格した女子が、春だったか? 高齢の祖母に会うために帰省したことがあった。3日ほど。小石川に合格した男子はお盆と年末には必ず離れた実家に帰省した。それ以外は思いつかない。総じて合格者は、間を空けない努力の人たちであったように思う。間を空けた人も普段は誰にも負けない努力家であったり、特別に知能が高い子であったり、とそれを補うだけの何かを有していたように思う。またそれ以上に親御さんの熱心さを肌で感じたものだ。  「伸び止め」となる小学生は、小4、小5時代に、きめ細かい勉強ができていない。なにかと落ち着かないで、ソワソワした子たちのような気がする。情緒が不安定というか、何かにつけて私の悪い予感を刺激した。書き殴ったノート、時間がかかる割に低い正解率、小6最初の模試(6月ないし7月に実施の模試)で失速するのではないか、それはわたしには確信に近い懸念として、常にわたしの中に渦巻いていた。案の定、小6から始めた適性のためのレジュメ指導、「単位あたり量を鍛え」で最初から躓いた。私の悪い予測は的中した。これまでここで躓いた子というのをわたしは知らなかった。難なく進めていくのが、これまでの小6であった。しかも全ての小6がこの調子であった。それにしてもこれはどうしたことか。既にして絶望感がわたしに漂った。わたしはこんな小6を初めて見た。私のレジュメができない。使えない。なぜ? 算数が足りないのか。しかし、できないからと悩む様子もない。まるで他人事のようにあっけらかんとしている。深いところで悩むようには見えない。一言で言えば「浅い」のだ。思考の深掘りがない。新型コロナのせいか、小4、小5時代、勉強が手についていない状況に一抹の不安を払拭できなかった。まただからこそ指導時間が足りないことを痛感していたが、親たちの反応は鈍く、季節講習の参加もコロナを口実に消極的なものだった。指導の絶対量の不足がいつもわたしを不安にさせた。指導時間が足りない‼️  この子たちをみすみすわかっているのに、破綻へ追いやるのか。どうしようもできないままに、コロナは蔓延していった。いやそれ以上に才能がなかったのか、もしれない。  神は細部に宿る‼️ 悪魔は細部に宿る‼️  小4、小5に手抜きをしてはいけない。まだ小5だからという考えが、将来自分を隘路に追い込んでいく、ということを知らなければならない。  時間のある時にこそ最大限の時間をかけてあげなければならない。まだ時間の余裕のある時こそ一番時間をかけられるのだ。なのに「まだ小5だから」と手を抜く、親の姿勢が、小6になって子どもを追い込むことになる。   

 時間があると錯覚しているだけである。時間があるから手を抜くというのは、誤信に基づく暴走である。神は細部に宿る‼️というのは、ここで意味を持つ。  だが、それもこれも子どもに才能があっての話しだ。子どもに才能がないなら、受検は無理だ。しかし、才能がない子が「まだ」の論理を使えば、中学では、基礎も未熟なままに野放しになる。こういう子は、受検よりも、将来の高校入試を見据えて、基礎をこれでもか、というくらいに鍛えることに、方向転換するのが、得策なのに、親はそれでも、太刀打ちできない適性問題の世界に追い込んで、時間を無駄にする。当然落ちるべくして落ちるから、基礎の欠落した中学生が野放しになる構造である。まるで解けない適性問題に無駄な時間を何ヵ月も費やし、やらなければならない割合などの基礎勉強を疎かににしたままに、時を潰す。そうなのだ。いくら周りが受検というモードに包まれても、基本的な割合の問題さえも解けないで、いったい何をやっているのか。私はそういう子をたくさん見てきた。落ちることはわかっているのに、ひたすら理解もできない適性問題を解き直す姿に心を締め付けられてきた。ここは方向転換して、まだ不十分な割合に時間を割いたほうが将来的にはいいに決まっている。中学に上がる前の貴重な時間を受検という大義で、無に過ごす。それが中学生活の方向性を左右するかもしれないのに。才能がないなら高校入試準備に切り替えた方がいい。頑張れば受かるということは、100%「ない」のだから。もしかしたらと期待する、親の気持ちはわからないわけではない。しかし、そのために高校入試をも棒に振ることになる。それは100%そうなる。だからここは冷静に判断してほしい。  

 伸び止めとは、要するに、「失速すること」である。そして、それは、「神は細部に宿る」という真理を蔑ろにしたことに由来することは明らかである。  小5の時の時間のかけ方が、如何に重要なのか、ということをわかってほしい。小5の時にこそ、最大限に指導時間をかけてやらなければならない。割合を深化させ、算数を極める基礎を鍛え上げなければならない。適性問題にも早くから免疫をつけておかなければならない。そうなのだ。免疫をつける指導(※)こそやるべきことなのだ。  小5を高度な充実した思考期間として過ごすためには、遅くとも小2までに、指導を開始しなければならない。小学生3で計算を完璧にする。余裕があれば、割合導入に入れる。この辺は、才能に依存するから、個人差があるが、もし小3を終えるまで計算でウロウロしていたら、受検は諦めたほうがいい。昨今の公立中高一貫校人気は誤解した親子の作り出した幻想である。もはや今の都立中学は、難関私立受験生の併願校であり、都立中学に憧れだけで受検をしようとする牧歌的な親子の入り込む余地ない。難関中受験生に打ち勝つ、競り勝つには、早くから準備をしなければならない。特に、難関中受験生の得意とする算数だけは、彼らを凌ぐほどの力をつけておく必要がある。この時点で、算数能力のない、いわゆるできない児童は受検する資格はない。難関中受験生の弱点、それは彼ら彼女らは、理科、社会にかなりの時間をかけなければならないことだ。この点、都立オンリーの児童は、適性試験の性格上、特別に、理科、社会をやる必要もないくらいである。また、作文についても、都立オンリーの子たちには、十分、練習する時間が取れる。この辺の利を活かして、戦略的に、取り組めば、勝機は、我が方にある、と私は踏んでいる。断っておくが、竹の会の算数は、既に、開成、筑駒、麻布、早稲田中、灘中の第6問(最難問)を30年分解明して、独自の体系を完成させている。その成果は、平成31年桜修館合格者が、巣鴨算数特別枠3名、攻玉社算数特別枠3名に入った(合格)ことでも、分かろうというものである。  解明というのは、わたしが、オリジナルの解答、解説を執筆したということである。竹の会の算数はすべて、私のオリジナルの解答である。ちなみに竹の会の適性問題の解説ももちろんすべて私のオリジナル解説、解答である。  竹の会は、数学が専門である。そのことは、本年の開成、筑駒の合が証明している。しかし、算数についても、早くから独自の体系を完成させていたのであり、人を見た目で判断する輩が闊歩する世間では、竹の会が目に留まることなどないだろうが、本当にごく偶然に竹の会との邂逅を果たした人との縁で竹の会はこの40年を生きながらえてきた。

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