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慶應女子、都立戸山、桜修館までの道のり~「要は、…ということだ」という頭の働かせ方

2023.05.14

🟡「要は、…ということだ」という頭の働かせ方
 今日は、勉強の、いや世の中の、諸問題に対処する際の基本姿勢について、私なりに思うところを述べてみたい。
 算数の問題を読む、数学の問題を読む、まず読むということが必要です。つまり、国語に限らずまず読解能力が試される。というか、読解できることが前提、すべての科目の前提なのです。試験というのは、試験そのものの問いの難しさ以前に、問題そのものを構成する文章の意味を正確に読み取ることが前提にあるのです。前提として読解の正解さは備えている、それで初めて試験問題に入ってゆけるのです。
 すべての科目の前提には、読解がある。そういうことです。
 現代文の読解とは、詰まるところ、読み取って、解釈して、翻訳して、自分の言葉で、「要は、こういうことだ❗️」と言い切ることである。
 「要は…」と言い換える。これはとりも直さず現代文の読解とは、すなわち「要約」のことだ、ということです。いや、勉強とは、すべからく要約です。さらに敷衍すれば、世の中の問題も要約という濾過装置を通して、シンプルに認識するのが脳経済に沿うものです。
 国語はすべての科目の前提となる科目です。それは言葉、つまり記号を用いて、言語を整理する力を培うものだからです。
 言語というものは、具体的なものから段階的に抽象的なものまで層を形成するものです。私たちは、要約という言語演習を通して、具体的なものを抽象的なものに、置き換えていく、言語の技を学んでいくのです。言葉の抽象度というのは段階があります。具体的であるほど理解しやすいが、それだけ近視眼的になります。わたしたちは抽象度の高いメガネをかけて、抽象世界の言語を読みとかなければなりません。
 読解とは、要約である。要約とは、文章の核心を一言で、「要はこういことだ」と翻訳することです。翻訳には当然技術が必要です。具体的なものは、抽象的な言葉で言い換えなければなりません。抽象的な言葉は、さらに抽象的な言葉に言い換えることもある。しかし、「要は、こういうことだろ」と言うのは、むしろ抽象的な表現を具体的な一言で要約することで示されることもある。
 数学理論なんかまわりくどい説明がくどくどと書かれていると、要するに、こういうことだろ、と言いたくなることはある。子どもたちに教えるときは、一言で決める、勘所を一言で決めるのが、ベストである。
 ただ数学にしても理科にしても、教科書そのものが要約したものである。これほど簡潔に要約した書物をわたしは知らない。簡にして要を得た記述は感動的ですらある。数学の教科書は、特に、高校の教科書は、そのまま定義bookである。
 物理法則や化学の仮説は、教科書をまとめるとか、その必要もない。何回も読み返す。それが一番。

 新型コロナは「これが正しい」とする諸子百家をたちまち発生させた。諸子百家は、テレビのコメンテーターであり、MCであり、御用学者、御用医師、御用弁護士、芸人、落語家、とにかく百家であった。自分の意見というより、誤情報に依存した偽意見、どこかで誰かが言った意見(それも何処で、誰かが言ったもの)の借り物ばかり。如何にも自分の考えのように言う。政府も議員も官僚も知事もこのパンデミックでなす術はなく、ただただ自分の無能さをあからさまにしただけであった。
 政府とはこの程度だったのか。学者とはこの程度だったのか。なによりも「専門家」と称する人たちが、御用発言ばかりして、政権に阿り、テレビ局に阿り、スポンサーの機嫌を伺う連中ばかりで世の中とはこんな手合いが動かしているのかと思うと暗澹としてしまう。ただし、B層の人気は衰えることなく、B層好みの三面ネタで視聴率を稼ぐから、自民安泰は変わらない。自称国際政治学者のなんとかという女の実際の職業はテレビコメンテーターだったというお粗末なオチもあった。
 多くの人の似而非判断に惑わされたこの3年であった。
 仕組みや道理のごくはっきりしたもの、あるいは説明が簡単にできる事柄を、人々は軽く扱う傾向にある。その反対に、説明が尽くされていないもの、曖昧さや不明瞭さが残る事柄を、人々は重要なものだと受け取る傾向がある。(フリードリヒ・ニーチェ) だからそういうところに諸子百家がここぞとばかりに虚言を弄する。
 大切なことは、すぐ目の前にある。普段私たちがあたりまえだと深く考えもしないことが実は大切なことなのだといつ気づくのか。
 試験でもこの傾向が裏目に出ることがある。当然だと思っていたことよりも、よくわからない、曖昧な考え、選択肢に飛びついてしまうのだ。
 人間は自分のこの傾向を自覚した方がいい。よくわからない、曖昧な問題を曖昧なままに重要だと捉えないことである。
 親しき仲にも礼儀あり‼️
 親友だから、叩いていい❓ 親友は、暴力許可証か、とツッコミたくなる。親友なら相手の気持ちをいつも考えるのでしょ。
土足で入る人とはつきあわない❗️」ニーチェ
 親しくなれば相手の私事に立ち入ってもかまわないと考えているような「種類の人間」がいる。そういう人は、親友と称しながら、結局は相手を自分の支配下と影響下に置きたいだけなのだ。友人関係ならなおさらのこと、互いを混同しないような「気遣いと配慮」が大切だ。そうでなければ友達でいることはできない。

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