2023.04.15
受験に失敗する親‼️
ここぞ❗️というときに、いわゆる「引く」親は失敗する!!
これは、受験成功のセオリーである。竹の会の38年の歴史は、受験成功者が、指導時間を惜しまなかったから、合格したということを実は赤裸々に証明している。一番時間をかけなければならない直前期に「引く」というのは、落ちる確率の高い選択をしたということである。多くは経済的な判断からなのであろうが、それで都立落ちたら少なくとも3年間は私立高校に通うはめになるわけだからそちらの方が悲劇に思えるのだが、わたしには親の気持ちがわからない。また、都立というのは、内申が高いだけではだめで、それに見合う実力があってこそなのであるから、内申が高いから独自校クラスを受けると決めるのは勝手だが、実力もないのに、さらに、だからといって塾の指導時間は最小限に抑える、というのはここでも最初から不合格ありきの選択をしていることに気づかないのは奇異なことである。わたしがこういうことを書くのは、ここ何年かの都立不合格者について、正直もっと時間をかけていればなんとかなったのに、という思いが強いからである。もっとも部活や本人・親の秘匿主義に阻まれればこれも瓦解するのではあるが。だからわたしは去年と今年の高校受験に際しては、とにかく「手をかけて」指導することに心を砕いた。時間をかけることにこだわった。「手をかければ」受かったのにという思いが強い。都立はなぜかここ何年かに起きた。都立小山台、都立青山(?)、都立新宿に不合格。理由はそれぞれ違うけれど、共通しているのは、内申はいいけれど実力が伴わなかったことである。部活・指導時間の極端な不足、指導そのものが成立していないことなど敗者の選択である。さらに、母親が過去問を家庭でやらせる危険(過去問で弱点を補強するはずが、本番の前日に天体のしくみを理解していないことが発覚など)が現実となったり、情報(模試のデータ・通知表・定期試験の報告など)一切なしかつ指導関係不成立(何かをひとりでやっている)など。しかし、都立新宿はわたしの判断が甘かった。模試と内申が合格を示していたのに幻惑されてしまった。同時に受けた私立は難関ばかりであり、これはわたしのあずかり知らぬことであり、本人等が決めたことである。
指導時間を必要最小限に抑えようとする親、それどころか、明らかに時間が足りていない、それでもそのまま済まそうとする、そのまま本番に突入すれば、受かるわけがない。最初から結果は出ている。落ちなければ、わからないというのはいかにも悲惨である。
一貫して「引く」姿勢を貫かれると、合格から遠のくばかりで、わたしはそれを知りながらそのまま本番を迎えることになる。
受験というのは、カネのかかることなのである。これは、私立中学受験の親たちには当然のこととして昔からそういう人たちだけが受験をしてきたのである。つまり、経済的に余裕のある人たちが私立受験をしてきたということです。だから昔は四谷大塚準拠塾や日能研などに通いながら、さらに補習塾に通ったり、家庭教師を雇ったりする家庭が多かった。わたしもびっくりするほどカネをかける親がいた。それが受験の常識でした。都立中はそれまで経済的に受験に関心のなかった層が一挙になだれ込んできたことです。だから「塾に行かなくても受かる」などいう人や本が出てきた。その程度だったのです。だからそのために塾に行くとしても小6になってからという家庭ばかりでした。ところが、都立中人気が高まり、開成中などの難関中からの併願が増えるに及んで、それまでの素朴な都立中志望者は閉め出されることになってきた。私立中受験者は小4あたりから週4回は塾に通い、明日のために勉強してきた子たちです。それは親も同じです。つまり、カネをかけてきた人たちです。小6になってできるだけカネをかけないようにしてきた人たちには勝ち目はなかったのです。わたしができるだけ低学年からスタートさせなければと言うのはそうした事情からであることはもちろんですが、それよりも将来の高校入試を踏まえて小学低学年から基礎学力をしっかり身につけておかなければ満足な高校受験はできないと危惧するからです。受験しないから勉強しない、というのは、明らかに誤解です。都立中受検にしても、そのために基礎学力をつけておくことは、どちみち必要なことだからです。
公立志望の親は、受験でカネを使うことに抵抗が強く、どうしても私立中学受験の親に比べて、「引く」傾向が顕著で、最初から失敗の要因を抱えての受検となるのである。竹の会の都立中に失敗した人たちはたいていがこのような空気に支配されていたと思います。私立を知っている、受験を知っている親と知らない親の差です。
だからわたしはそういう状況を踏まえて、指導してきたものです。ただわたしがどうしても合格をと思えば、春から夏にかけて、これまでのような公立志望の親に気を遣った「控え目」なカリキュラムでは、確実に失敗すると思うのです。最大希望する人には希望するだけの時間を用意する、真に合格を望む人には、そういう配慮だけはしておきたい、と思ったのです。