2022.12.06
わたしなら、難関校に合格させられる‼️
才能ある子との出会いをいつも待っていた。こちらが思いもしないときに、そういう子は突如として私の前に現れた。私の指導にすぐ順応した子たち、私の指導に目を輝かし、深い信頼を寄せて、嬉々として塾に通ってきた。そういう子の親は不思議と寡黙で一切何も言わなかった。わたしの指導を信頼してなにかもお任せしている。そういう心が垣間見えた。
できの悪い子ほど、愚かというか、竹の会に居つかない。あっと言う間に消える。親も何かとどうでもいいことを言ってくる。できの悪い子の親ほど私をよく失望させた。
わたしの手腕を信じない、というかわからない親や子は、「竹の会ではだめだ‼️」と去っていった。
わたしの苦手な親! やたら学校説明会、大手塾の説明会などに参加していて、ママ友との交流も盛んで、とにかく受験情報なら感心するほどよく知っていって、それで受験がわかった気になっている。自分の差配で模試を受けたりしていろいろ言ってくる。説明会で傾向と対策なんか聞いてきてわたしにアドバイスする。わたしはこういう手合いが苦手だ。正直そんな情報などわたしには何の参考にもならない。受験情報で受かれば世話はない。わたしには、如何にして実力をつけるか、そこにしか関心はない。
大手の信仰から、呪縛、洗脳から、心を支配された人たちには、竹の会が理解されることはない。
受験とは、覚悟である。一度受験をすると決めたのなら、全力をもって取り組まなければならない。「まだ〜だから」などという甘い態度なら受験など成功するはずがない。季節講習を受けないという選択をした時点で受験の成功はないのだ。習い事、稽古事を小6ギリギリまで続けていたのなら、合格など期待するのがおかしい。どれだけ余裕をもって合格しようと思ったのか。いやどれだけ自分の子が能力が高いと思っているのか。それとも状況が何ものみこめていない、ということか。
すべて受かるために必要なことのみ、それたせけにしぼってやらなければならない。受かるために何が必要か考えて少しでもいいと思ったことは、実行しなければならない。逆に、逆行することは極力避けなければならない。合格に余裕なんてない。限られた時間を勉強以外のことに費やす余力なんてない。もし勉強を何かで中断するならば、それは不合格となっても仕方ないとまで覚悟することである。3日実家帰省すれば、その3日分の勉強、すなわち一日10時間として、30時間の勉強を取り戻すのは不可能である。5日間の旅行なら50時間は勉強できた。習い事、稽古事で、週2回潰すなら、5時間✖︎2で10時間を失う。何かと行事が多ければ、その失う時間は積算すれば天文学的なものになるであろう。
こうして時間に節操がない人は、勉強時間をいくらでも無駄にする。
平成27年桜修館に合格したTさんは、わたしの記憶に遺る、思い出となっていつまでもわたしの脳裏に刻まれている。
彼女は、小4の2月に竹の会にやってきた。竹の会の入会試験に落ちたら受検ば諦めるという約束でお母さんは受検を認めた、という。入会後の彼女は、わたしの記憶では、インフルエンザで2回休んだだけで、小6の1月まで竹の会を決して休むことはなかった。もちろん季節講習には必ず参加しました。彼女は、いつも毎回わたしの作るレジュメに無心に取り組み、できると指導室に正座して、黙って順番を待ちました。軽口を叩く子どもたちとわたしの掛け合いを聞きながら、クスッと笑って、楽しそうでした。いつも分厚い課題の束を出してきました。わたしは、思いました。「この子だけは受からせなければならない」、そう心に誓いました。わたしにそういう気持ちにさせた子は不思議と受かりました。彼女はいつも慎ましやかで敬語をきちんと使い、私を敬う姿勢にわたしはいつも心をうたれました。彼女がいたから、いや絶対合格させたかったから、わたしは、毎日過去問を読み、わたしの琴線に触れる問題を拾い、レジュメ化しました。なんとしても彼女を受からせたかった。いつも彼女を受からせために、どうすればいいか考えていました。身体が自分でも無理をしているなとわかりました。それでも私は彼女のために自分のすべてを捧げても受からせたいと思ったのです。彼女が1月28日だったか、「38度の熱を出した}とお母さんからメールをいただいたときは、どれだけ心配したことでしょう。彼女の努力している姿を思い出して、どれだけ心を痛めたたことでしょうか。2月1日、熱が下がったとメールがあったときはほんとうに喜んだ。安心したら今度ば2日にまた熱が出たとメール。本番の日は、37度超の熱があり、タクシーでふらつく身体で試験を受けたと連絡がありました。わたしは、竹の会の神様にひたすらお祈りをしました。わたしは知っていました。指導が終わると彼女は、竹の会の神様に、五円玉を入れて、手を合わせいたことを。私がどれだけ彼女の合格を願ったことか。私は雨の日も風の日も決して竹の会を休むことなく、遅刻することもなく竹の会に通ってきてくれた彼女の必死な姿を思い出しました。必ず受からせなければならない。どんなことがあっても彼女だけは受からなければならない。合格発表の人、彼女の番号を確かめて、わたしは、流れる涙をそのままに、桜修館からの帰り道、雪を踏みながら、無意気で歩いていました。「終わった」、その安心感だけが、私を包んでいました。「よかった。神様ありがとうございます」。わたしは、「よかった」とそれだけ繰り返していたと思います。
わたしをその気にさせたら、受かるのだと思います。そう思います。そういう人はそんなにいません。私は健気にひたすら頑張る、礼儀正しく、きちんと敬語を使い、心から私の身体のことを心配してくれ、私を敬愛してくれていることを肌で感じた、そういうとき、わたしは思うのです。この子は合格させなければ、そう思ったら、私は居ても立ってもいられない。いつもどうしたら受かるだろうか、いつも考えて、わたしの全生活はそのことのためだけにあったのだと思うのです。
近頃は、なかなかそういう子には出会いません。
平成27年桜修館合格のTさんの体験記
★合格直後の私信
阿部先生へ
2年間、ご指導ありがとうございました。
先生と、竹の会の神様のおかげで合格することができました(注釈:竹の会の神様とは、教室内にある神棚を指します)。
本当にありがとうございました!
先生が毎回出すレジュメ、課題に全力で取り組むことが、合格への道だと思い、とにかくがんばりました。私は先生が出すレジュメを毎日楽しみにしていました。
考えることが好きなので、どんなに難しくても、なかなか丸がもらえなくても、常に自分で答えを出すようにしていました。開成や麻布の問題を解くようになった前、例えば割合や計算の練習のときも、自分で考えてちゃんと理解したかったので、夜遅くなっても泣きながら(分からない、というくやし泣きだったと思います…)考えこんでいました。
大手の塾だったら知識を教え込まれるだけだと思うので、こんな経験はなかったと思います。
”自分で考える”ということを大切にしてくださった竹の会だからこそのことだと考えています。「合格」という結果だけでなく、大きな思考を養ってくださったことにも心より感謝いたします。
また、私は冬期講習のときからは、ほぼ毎回おさい銭箱に五円玉を入れていました(注釈:創立15年ほどした頃から竹の会の神棚に設置。いつからか受検直前に受検生がおさい銭を入れるようになる。塾生が入れたおさい銭は、設置時から今でもそのままです)。
本番は竹の会のTシャツを着て、先生からいただいたお守りをポケットの中に入れていきました。少し体がだるかったけれど、「合格する人は体調なんか関係ない!それに自分には竹の会の神様がついているから大丈夫!」と自分に言いきかせ、気合いと根性で乗り切りました。
発表の日は、なかなか自分の番号が見つからず、かなり焦りました。
しかし、お母さんが先に見つけてくれて、番号があったときは本当にうれしかったです。番号を見つけたときは「受かってる!」と大声を出してしまいました。その後、うれし涙があふれてきました。(わたしの学校には、自分を含め5人ほど桜修館を受けた人がいましたが、4人落ちてしまいました。その4人はみんな栄光ゼミナールだったそうです)。
私は竹の会塾生として2年間過ごせたことを、とても誇りに思っています。
竹の会で身につけた大きな力を、これからも思う存分発揮していきます。本当にありがとうございました!いつまでも お元気で。
塾長・追記
彼女は、微熱の身体で受検したのです。
試験場に行くときは、ふらつき、タクシーで行ったと言います。試験中、頭がぼーっとしたとき、心の中で祈ったそうです。
「わたしには竹の会の神様がついてくれる」「竹の会の神様が助けてくれる」と。竹の会の神様のお守りを身につけて臨んだ試験です。試験が終わると、そのままタクシーで帰りようやく体を横にしました。母子は「試験を受けられただけでもいい」と泣いたそうです。
発表の日、遅れて掲示板に行った母子の気持ちがよくわかります。たくさんいた人は、ほとんどいなくなっていた。
無心で見た掲示板に自分の番号を見つけたときは、どんなにか嬉しかったでしょう。
「あった!」とさけんだそうです。
そして母子は泣いたそうです。
神様は、この純粋な母子に、人の為し得ぬ努力をしたきたこの子に、微笑んでくれたのです。
人は「神様なんかいるものか」「神に頼るなんて」などと言うのかもしれません。
しかも「なにが竹の会の神様だ」などと。
わたしも、神など信じておりません。無神論者です。
でも、最後の最後に人間というものは「祈る」ものなのです。
それは人間というものが、大自然の力に比べると、いかにも、あまりにも弱い存在だということがわかっているからです。
最後の最後には祈るものです。その心は、やるだけやったという、そういう心です。人の為し得ぬ努力を重ねた者が、最後にできるのは「祈る」ことです。
すべてのやるべきことを尽くした、もうこれ以上は自分の力の及ばないことと達観した、そのときに、できること、それは「祈る」ことなのではないでしょうか。
宗教では、万能なる創造主、悟りを啓いて仏となった何か、そういうものに祈るけれど、わたしは祈る対象なんかどうでもいいと思います。人間の弱さ、小ささ、そういうものを認めて、静かに何かに向かって頭を垂れる、祈る姿、祈るという心そのものに人間の強い意志、なにものにも負けないという強い意志を感じます。
「祈る」ことこそが力である。
竹の会の神様とは、そのような存在である。
いつも指導の日は、上からみなを見ている、それだけの存在である。
でも最後の最後に「祈る」ときは、竹の会の神様でいいのである。
★入学後の私信
阿部先生、こんにちは、お久しぶりです。Tです。
お元気ですか?私はとても元気です。
桜修館では、毎日楽しい日々を送っています。
入学してからすぐに友達ができ、沢山の友達と仲良く過ごせています。先生や先輩も面白い方ばかりです。学校に行くのが本当に楽しいです。
クラスの友達はすごく明るくて、みんなを笑わせてくれる友達も多く、4クラスある中の一番笑顔が溢れているクラスだと思います。授業中も先生がすごく盛り上げてくださるので、楽しく学べます。
こういう生活を送れるのも、私が桜修館に受かるように指導してくださった阿部先生のおかげです。
本当に有難うございました。竹の会にいれたことは、私にとって一生の宝物です。心から感謝しています。
(中略)
私がここまで頑張れたのも、ここまで点数がとれたのも、全部阿部先生の支えと、レジュメのおかげです。
受検日に風邪をひきながらもやり切れたのも、竹の会の神様がそばにいてくださったからだと思います。本当にありがとうございました。
それから、よければ6年生に伝えてもらえますか。
受検に合格する秘訣は、ただ先生を信じて、出してもらえるレジュメをやりきる、ただそれだけです。
2月といえばまだまだ先のように思いますが、意外とすぐきます。毎日コツコツと頑張ってください。あとは、風邪を受験の時にひかないようにしてください。かなりつらいです。
そして竹の会の神様を信じてください。
以上です。長くなりました。それでは、いつまでもお元気で。
塾長・追記
彼女は、模試は5回全回上位でした。彼女は日々の時間を勉強以外にはほとんど使わなかった子でした。
彼女のお母さんは、そのためにのみ彼女を支えてきたという印象をもっています。
彼女がインフルエンザで竹の会を休んだ日、彼女が竹の会に行けないことを嘆いて泣いたとき、お母さんも悲しくなって一緒に泣いたと聞きました。
すばらしいお母さんだと思いました。
塾長・追記
令和4年2月、Tさんは早稲田大学に指定校推薦で合格しております。去年久しぶりに竹の会を訪ねてくれてしばし談笑したことはわたしには望外の幸せでした。