2024.08.13
久しぶりに切子のコップを見て,2月のことだったな,翌月には死に逝くとは,まるでそのことがわかっていたような行動でした。
心残りであったことでしょう。先日,息子さんは逞しくなって,竹の会に姿を見せてくれましたよ。
切子のコップ
今は、形見となってしまった切子のグラスが二つ
「先生、お願いします」、お父さんは、頭を下げた。
海外に月に3、4回出張があると聞いてました。そのうち中国に滞在するようになり、月1くらいで帰国して、教室によく面談を求めてきました。子どものことをいつも心配していました。「先生、○○は本当は頭のいい子なんです」、
課題を出さない、塾の日をお休みと勘違いして来ない、などなど電話すると、たいてい中国に繋がって、中国から日本語のわからない奥さんに指示を出して、また私に電話してくる、そういう流れになっていました。
お父さんが、亡くなる1か月前、2月に入ったばかりのこと、教室に来られて、子どもさんのことを相談されたとき、「先生、これ」と言って差し出されたのが、切子でした。2つが箱に入っていました。あの時は、ずいぶんと顔が疲れていて、目にクマがあって、明日は関西の実家に行き、明後日には、中国に出張、と忙しそうに、帰られました。
3月の下旬のことでした。この日は、早くから教室に来て、準備していたのですが、突然電話が鳴り、
○○から、電話がありました。「先生、お父さんが死にました」
「えっ、なんで」、「なんで亡くなったの?」、そんな会話をしたかな、「先生、これから行ってきます。塾はお休みします」、「中国?」そんな会話があったような。
お休みって、もう塾なんかこれないだろ!
一週間ほどして、姿を見せた○○は、いろいろと話してくれました。お父さんの強い意志、都立中高一貫校に行くこと、を果たしたいこと、でもお母さんのパートの収入では塾なんか出せないだろ、夏の指導だってお金がかかるんだ、とりあえず保険のお金とかで凌げるみたいなことを言ったような。
たださすがに講習には出れないだろ、だからわたしは勧めなかった。いつも「月謝、大丈夫か、無理するな」と声をかけた。コロナで全員参加ではなくなり、幸いした。私は、彼の地頭の良さを買っていた。難しい問題を解いて時折り私を喜ばせた。しかし、「わかりません」と白紙で出して、がっかりもさせた。わたしは、「これは難しいからできなくてもいいんだ」とか、「こんな問題、桜修館には出ないよ」とか、言って、心の負担を軽くしようとしたのだろう。今年の指導は、私が元気になり、久しぶりに、レジュメ指導に回帰した。去年は、私の病気で、新しいレジュメを作れなかったので、過去問合格法にシフトしていたのが、久々の塾長復帰だった。
発表の朝、桜修館のサイトはアクセスが、集中し、繋がりにくいことはよくわかっていた。
しかし、今年は、数回目かで開けた。まず女子を、見る。「よし、あった!」わたしは思わず声を出す。次は男子、「まず一人目、あった」、わたしは、次に○○の番号を追った。
ないかも、不安が先走った。「あっ、あった」、思わず声が出た、「よし、3人みな獲った」、わたしは大声で叫んでいた。
着替えて、桜修館に向かった、都立大学駅から何度か通った道、途中発表を見た帰りらしい親子連れに何組かすれ違う。たいてい子どもは青ざめた顔をして下向き加減に力なく歩いているのだが、今日は、受かった3人の番号確認だから、気は楽でした。10時頃到着。人は疎ら。それでも三々五々親子連れがやってくる。女子は7倍超だから、たいていは落ちてる。男子は5倍。それでも5人に4人は落ちてるのだから、落ちて帰る親子が多い。
それにしても、○○はよく受かったな。亡くなったお父さんが助けてくれたのかな。指導日には、竹の会の神様にお参りしてたけど、ずいぶん素直になったよな。わたしは発表前日、竹の会の神様にお願いした、無心にお祈りした。だってそれしかできないから。
無心な気持ちで、無心に発表を見た。
「あった!」
切子のコップ、なぜ、くれたのだろうか、お土産なのかな、と思ったけど、日本のもの、よくわからなかった。
でもいつも○○のお父さんに哀願されているような気がして、コップを見るのが辛かった。
それが今わかった。コップはいつも私に「先生、○○は、頑張ってますか」「先生、お願いします」と訴えていたのかもしれない。なぜって、わたしの心にいつも○○を受からせなければ、お父さんがそう訴えていた。思えば、お父さんは、大変なものをわたしに託したものだ。
「お父さん、○○は受かりましたよ、よかったですね、この切子のコップは、この時のお礼だったんですね。天国に旅立つ前に、前もってお礼を持ってきたのですね」
それで、わかりました。あの時、何でこんなもの、持ってきたのか。
わたしは、初めて寛いで切子のコップを懐かしげに見ることができました。
それまでまともに見れなかった、なにか後ろめたさがあった。
お父さん、よかったですね。あなたの息子さんはあなたの言われた通り頭のいい子でしたよ。
どうか安心して、安らかにお眠りください。
この合格を天国にいる○○のお父さんに捧げる。
合掌